19.校外学習 三

 先生たちの誘導で、駐車場から芝生広場に集まり待機。しばらくそのまま雑談していると、ボーイスカウトのような茶褐色の制服を着た女性が現れた。マイクを手に持ち、そのスイッチを押し上げる。


「雁ヶ原アドベンチャーパークへようこそ! 私はこの施設の管理人兼広報官、フォレストレンジャー小早川こばやかわですっ! 本日はこの通り、晴天に恵まれまして絶好のアドベンチャー日和となりました。これも皆様の日頃の行いが良いからでしょうねっ。今日は一日遊びつくしましょう!」


 自らをフォレストレンジャーと名乗る女性は手慣れた様子で自己紹介をする。フォレストレンジャーがなにか知らないけれど、まぁこの手の施設ではよくある称号なのだろう。フォレストレンジャー小早川、さん? は話を聞く生徒たちの様子を見回すと、施設紹介へと話を移していく。


「今から二十年ほど前、この施設はスキー場として皆様に愛される場所でした。平地に近く、標高も低いことからファミリー向けの初級・中級者向けコースで親しまれ、最盛期には一シーズン二十万人のスキーヤーが訪れ、皆様がすいすいとやってきたここまでの道も、それはそれは長い渋滞ができ、途中にドライブスルーが出来るほどです」


 フォレストレンジャー小早川さんの話は続く。ドライブスルーは今のファーストフード店に併設されているようなそれではなくて、本当にそれ単体の飲食店だったらしい。想像するしかないが、当時の写真は管理棟に展示されているそうで、興味があれば休憩がてら見に来てくださいと話を締めた。


 なるほど。遊びつくしましょう、とフォレストレンジャー小早川さんは言っていたが、なるほど、確かにこれは校外学習だ。自然と学びのていになっている。


「なぁ祐司、お前ここが元スキー場って知ってたか?」


「いや、全然……、二十年前って生まれる前のことだしね」


「だよなぁ。ってか、それよりも前にスキー場としてはすたれてた、ってことだろ? そりゃ余計に俺たちが知るわけないよな……」


 緑に覆われた山を見上げる。一部、山の上の方まで芝生のコースが見えるけれど、それがスキー場だった頃の名残だろうか。


「私の背中側にあるリフトは、その当時からある由緒ある設備です。スキー場からアドベンチャーパークへと変わりましたが、今も山の頂上と麓を結ぶ立派な交通手段です。設備としては古いのですが、しっかりメンテナンスしていますので、みなさん安心して乗ってくださいね!」


「……あとで管理棟だっけ、見に行ってみようぜ?」


 座学が嫌いな須藤も、この解説を受けてスキー場だった頃のこの場所に興味を惹かれているらしい。

 フォレストレンジャーと聞いたときは少しふざけた名前だと思ったけれど、腕は確かだった。

 当のフォレストレンジャー小早川さんは小休止とばかりに俺たちに背中を向け、雄大な山々を見上げている。


「あぁ、あの頃は良かったなぁ。煌めく白銀、白の世界で聞こえてくるのは風切り音とスキー板が噛む雪の声……」


 彼女の背中には、引退したスポーツ選手がみせる哀愁が漂っているように見えた。


「なんかあの人、ヤバくね?」


「あぁ、かなりキてるな」


 なにがとまでは言わないけれど。

 くるりとこちらに振り向くと、一度話していたマイクを口元に戻す。


「ォホン、失礼しました。そうして賑わっておりましたが、昨今の暖冬の影響をモロに受け、雪が積もらなくなり泣く泣く休業、三シーズン踏ん張りましたが、営業することができないまま倒産しました……」


 どんよりと肩を落とす女性の姿はあまりにもあんまりで。その気まずい静寂に、それまで割とフランクに聞いていた生徒たちの間にどよめきが広がった。


「おおぅ、なんとも言えんなぁ」


 話の落差がありすぎる。須藤も言葉を失っていた。


「これ聞かされたらお客さんもテンションだだ下がりだよね……。大丈夫なのかな」


 他人事だけれど心配してしてまうほど、その肩には深い哀しみを背負っているように見えた。


「っしかし!」


 けれどフォレストレンジャー小早川さんを上を向く。背筋を伸ばし、ぐっと前を向いて声を張る。


「この場所のファンは多かった! 地元住民の方々や、例年遊びにきてくださった皆様の要望が自治体を動かし、その心意気に賛同した正芝アドベンチャーグループが数年の時と億単位の金をかけ、総合自然体験施設群としてこの地を復活させたのです!」


 マイクを持つのとは反対の腕をばっと広げ、その先にあるのであろうアトラクション群へと生徒の目を向けさせた。


「頂上から滑空するメガジップライン、木々の間に張られた空中回廊を渡るスカイウォーク、ドキドキワクワクの体験が皆様を今か今かと待ちわびています! どうぞ心ゆくまでこの雁ヶ原アドベンチャーパークをお楽しみください!」


 熱のこもるマイクパフォーマンスは熱すぎて、クラウチングスタートのような姿勢をつくり、一番に駆け出してやろうとする生徒の姿もなかには見られた。


「また、間伐材を利用した大型遊具も多数あり、そちらは小さなお子さま達にも安心して遊べるスポットとなっております。この他、芝スキーなどの体験ができ、またキャンプエリアもありますので、一日を通して濃密な自然を体感できると皆様から大変ご好評をいただいています。市内からのアクセスの良さもあり、連泊して楽しむキャンパーも多いです」


 待ちきれずそわそわしている周りの姿を横目に見ながら、遠目にぽつぽつと張られているテントを目に映す。あそこがキャンプエリアだろうか。

 全く来たこともなかった場所だけど、それなりに楽しいところらしいのは確かなようだ。


「それではみなさん、この辺りで解説は終わらせていただきます。お昼にはバーベキューも用意しております、見て触れ遊び、どうぞ雁ヶ原アドベンチャーパークを五感で堪能し尽くしてください!」

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