20.校外学習 四

 挨拶が終わり、先生から二、三注意事項が加えられたあと、それぞれの班ごとに解散となった。事前に決めたプランに従い、各自の目的地へと移動を開始するが、その八割方はリフトで上を目指すようだ。

 自分たちもその例に漏れず、まずはリフトで頂上を目指し、メガジップラインから回っていく予定になっていた。

 しかし、リフトを降りてメガジップライン乗り場へ向かうとすでにすこには長蛇の列ができていた。


「こりゃ何時間待ちなんだ……」


 列を見た須藤も嘆息を吐く。


「一人ずつ、向こう岸に着いたことを確認してから次の方が乗る形ですね。ラインが二本ありますので……この行列では二時間はかかるかと」


「えぇー、そんなに待ってんなきゃいけないの? それだけで半分終わっちゃうじゃん!」


 待ち時間の予測を口にする千佳に、小湊さんが嫌そうな声を上げた。いくら目玉のアトラクションとはいえ、流石にという思いもあるのだろう。


「祐司、俺もちょっとこれは待ってられねぇよ」


 小湊さんの様子に須藤もどうやらメガジップラインはパスする構えのようだ。


「どうされますか、祐司さん? 乗らないのであれば、あちらにいる先生のところでチェックだけしていただいて、別のところに向かうこともできますけれど」


 ハンコを持っているのだろう、千佳が指差す先にいる先生の先には用紙を差し出す生徒の姿が集まっていた。

 チェックポイントは四か所用意されており、そのうち最低二つを通らなければならないことになっていた。


「乗らなくても大丈夫なのかな」


「大丈夫ですよ。混み合うことも想定されて、乗るかどうかのチェックまではしないそうですから。現実問題としてそこまでチェックしきれない、ということもあるのだと思います。チェックポイントはここと、頂上展望台、ふもとに降りて管理棟、それからキャンプエリアの隅にあるスカイウォークにあります」


 この班のチェックポイント用紙は千佳に持ってもらっていた。……もしかするとこれはいいチャンスになるんじゃないだろうか?


「それじゃ、ハンコだけ貰ってきてくれないかな。その間にこっちは次のこと考えておくから」


「では」


 千佳が先生の下へ、ハンコをもらう順番待ちに加わるため離れていく。ハンコだけとはいえ、今集まっている班の数が数だ。五分、十分は戻ってくるまでにかかってしまうことだろう。

 逆を言えば、小湊さんと須藤、それに二人の事情を知る僕が自然とこの場に残されたとも取れるわけだ。

 小湊さんの目的は、告白のやり直しを須藤にさせること。

 須藤の目的は、告白の失敗から続いている気まずい雰囲気を解消すること。

 目的の大小はあれ、同じ方向を向いているのだからなにかきっかけさえあればそちらに歩き出せるはずだ。

 とはいえ、ここから先そのきっかけとやらはどうすれば生まれるだろうか? ……自分もなんだかんだと理由をつけて、二人きりにさせた方が良かったのかもしれない。今更だけど、千佳と一緒にハンコを貰いに行けばよかっただろうか。いや、それはそれで不自然か? それに、須藤と小湊さんをいきなり二人きりにするのもそれはそれで固まってしまうかもしれない。これまでこういう橋渡しみたいな役回りになったことがないし、さじ加減が分からない。


「っそ、それにしてもどうする?! こ、小湊さんは行きたいところとか……」


 一人ごちていると、沈黙の空気に耐え切れなかったのか須藤が声を張り上げた。声が裏返り、その緊張っぷりがありありと伝わってくるけれど、それでも行動に出た須藤に心のなかで拍手を送る。


「そ、そうね……?! え、っと、えぇっと、どどどうしましょうか篠森君!?」


「えぇ……」


 せっかく須藤が奮い立って話しかけてくれたのに。小湊さんも切羽せっぱ詰まっているのか、キョドキョドとして落ち着きがない。百戦錬磨というか、僕のことを引き込んできた? 小湊さんらしくない姿だ。


「な、なによ?」


 いけない、思わずジト目で小湊さんを見てしまっていたらしい。


「なんでもないよ」


 理想は僕を挟まずに二人で話をして欲しかったのが本音だけれど、この調子だとそれは厳しいように見える。


「ならいいけど。なにかいいとこあった?」


「ちょっとまって、今パンフレット出す」


 須藤と小湊さんにも見えるようにパンフレットを広げ、そのマップからちょうどよさそうなルートを手繰たぐる。


「せっかく上ってきたんだし、このまま頂上に向かうのはどうだろう」


 もともと決めていたルートだと、このメガジップラインを体験したあと麓のスカイウォーク体験へ進むことになっていた。どちらも人気が集まるアトラクションだと思ったし、待ち時間も考えたうえでこの二つに絞って計画を立てた。

 けれど、まさかここまで人が集まるとは計算外で。このままでは両アトラクションとも、行列に並んだままタイムリミットが来てしまう。それでは来た意味がないし、須藤と小湊さんの為にもならない。予定を大幅に変更してでも、なにかしらのアトラクションには行っておきたいところだ。


「頂上か、俺は別にいいけど。なにがあるんだ、展望台か?」


「あたりが一望できるって書いてあるね。それからチェックポイントにもなってるから、ハンコ集めにもなるんじゃないかな」


 ハンコは一日を通して、最低二個集めればいいことになっている。多く集めた班には景品が出されるらしいけれど、僕たちはもとからそれを目指してはいない。ただ、午前中にハンコを集め終えてしまうことで、午後からフリーになるというメリットを手に入れられる。自由度が高められるのだから、これは無視できないだろう。


「ねぇ、この頂上までの道に描いてあるのって?」


 横からマップをのぞき込む小湊さんが、指でコースに描いてあるイラストに指をさす。それにつられて須藤も首を傾げた。


「なんだろうな、見た感じ三つコースが分かれてるみたいだけど」


 マップには⑤と番号が振られており、マップの端にある説明書きに目を向ける。


「三種のアスレチックコース、A、B、Cコースにはそれぞれ大型遊具が設置されており、大人から子供まで幅広い世代の皆様に楽しんでいただけるコースとなっております。だってさ」


「ふーん」


「どんなコースかは……、描いてねぇか」


 パンフレットには簡単なイラストがあるだけだ。もうすこしちゃんとしたパンフレットならよかったのだけど、一枚の紙を四つ折りにしたような持ち運び重視のパンフレットにそれを求めるのはこくというものだろう。


「でもこれ、対象年齢5才からって書いてあるし、そんな険しい道とか激しいアトラクションでもないとは思う」


 三つのコース分け自体もそうで、どこが難しいとか簡単とかはないようだ。設置されている大型遊具の種類が違うだけのようだ。


「まぁ、そんな大変なコースだったら誰も上がれないわよね。私は行ってみてもいいかなって思う、けど……」


 小湊さんは須藤の方をチラと見た。


「ん? お、俺もいいぜ! チェックポイントもあるんだよな、だったら先にノルマ終わらせちゃうのも手だからな!」


 小湊さんからの視線にまた声が裏返っているが、徐々に良くなるだろう。というか、良くなっていってもらいたい。

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