8.秘めたる想い 一

「……」


 無言で見つめあうことしばし。


「……ぷっ」


 小湊さんの唇が戦慄わなないて、


「だぁっはっはっはっ、ひぃー、くるしぃ、そんな、ひぃ~、あーはっはっは」


 大笑いが噴き出した。


「っく、くるひ、ぃ、ぃきが、息が、あはははははゲホっぐ」


 信じたくない。信じたくはないが小湊さんのこのリアクション……。


「勘違い、だったのか?」


 涙を浮かべてよろける小湊さんは腹を抱えてしゃがみ込む。笑いが止まらないのか恨みがましい目で首を縦に振り首肯した。


「……」


 やっちまった。この先ずっといじられるであろう最大級の黒歴史を生み出してしまった。しかも相手は小湊さんだ、絶対千佳に言うだろう。

 そして明日朝一番で、


『祐司さん。そんな祐司さんも好きですよ』


 ……終わった。俺の高校生活はここまでだ、もうここにはいられない。そうだ、出家しゅっけしよう。坊主になって俗世にサヨナラだ。


「はぁ~、おっかしかったっ」


 ニッコニコの小湊さんが恨めしい。


「なぁに、そんな目をして?」


 そもそもそっちがあんな紛らわしい言い方するのが悪いんじゃないか?


「勘違い野郎の篠森クン?」


 ぐはっ。


「ふっふーん。言葉もないみたいね。そりゃそうよね、だってあんなふふ、恥ずかしィヒヒ、だめ、アナタまた私を笑い殺す気ね、その手には乗らないんだからっ!?」


 勝手に笑いころげてるだけだろう……まぁもうどうだっていい。幸か不幸か今は七月、テストも終わって残り授業は消化試合だ、一人くらい先に休みに入っても許されるハズ。


「まさかねぇ~。私が篠森に? ないない、ありえない。……篠森に手を出したら千佳が恐いし」


 しかし仏門なんて叩いたことがない。きっと宗派とかいろいろあるんだろうな、ただの高校生でしかない俺でも入れさせてくれるだろうか?


「しっかしイイネタ出来たわ。ねぇちょっと聞いてる篠森クン?」


「あ、あぁまだ用か? 俺はこれから悟りを開きに行く準備で忙しいんだ、早く済ませてくれ」


「悟り? まぁいいけど……。私ね、このこと黙っててあげてもいいの」


「ほんとうか⁉」


 願ってもない提案だ。


「そのかわり」


「あぁ任せろ、いや、任してくれ!」


「まだなにも言ってませんけれど⁉」


 なにがなんでもここで黒歴史をくい止めなければ俺の学校生活は終止符を打つ。

 小湊さんの思惑はどこにあるのかまだ分からない。それでも俺には誘いにのらないという選択肢はなかった。

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