6.他人(ヒト)の告白 二

 小湊さんの半歩後ろについて行く。

 廊下に出て階段を上る。また上る。目的地は屋上に出る手前の踊り場だった。


「須藤からはもう聞いたでしょ?」


 なにが、とは言わない。ここは須藤が玉砕した場所だ。


「聞いた、というか聞かされた」


 けどそれはそれ、どうして俺が呼び出されたのか見当もつかない。


「篠森はさ、千佳と付き合ってないんだよね?」


 どちらかと言えば確認のニュアンスだ。


「ないない、ただの幼なじみだ」


 考えが読めない以上、ここは素直に話した方が賢明だろう。

 じぃっと目を覗き込んでくる。


「ほんとうに?」


「嘘をついてどうする……」


「それもそうね。さっきだってふつーに千佳のこと送りだしてたし」


 ぱっと離れて階段に座る小湊さんはやれやれと、手を突いた。

 尋問は終わったらしい。


「こんなとこまで連れてきて聞きたいことはそれだけか? それに送り出す、ってなんのことだよ」


「あれ、もしかして気づいてない系?」


 千佳になにかあったのか?


「うわ、マジか。こんなことでからかってもつまんないから教えるけどさ、アレ、男子からの呼び出しだよ」


 呼び出し、ってまさか。


「ぁ、流石に分かる? そう、今ごろ千佳は熱い告白をされてるでしょうねー」


 いや、でも。


「そんな訳ないとか思ってる? 千佳は誰から見ても美人でいい女だけど俺にべったりだからその気はないだろうし、周りもそのくっつきっぷりを知ってるだろう、って? だから誰もアタックしないとか考えてたの?」


 ……。


「あはは、なにそれ、持つ者の余裕ってやつ?」


「だけど俺にはなにも」


「話さなかったんじゃなくて、篠森が聞かなかっただけじゃないの?」


 いや、でもそれはそれで付き合ってもいないのに踏み込みすぎだろう。


「彼氏でもないのに彼氏ヅラできないって?」


 小湊さんが鋭すぎて反論の余地すら掴めない。どうしてここまで分かるのだろう。そんなに顔に出てるのか俺?


「そう、まさにそこなんだよ」


「……どういうことだ?」


 やっと問い返すことが出来た。けど小湊さんの本意はさっぱり分からない。


「相楽千佳と篠森祐司。二人あんなにべったりなのに付き合ってない。めちゃくちゃ疑わしいが本人達も否定してる。まてまてまてよ? もしかしてもしかして? 幼馴染の期間が長すぎてマジのマジでカレカノっつか恋愛対象に見られないんじゃないか?」


 誰の真似だよその口調? 少し、いや、かなりカチンと来る。


「だったら遠慮いらねぇーな。もし万が一、あの相楽千佳さんと付きあえたなら今の幼馴染のポジションが俺になるわけで、としたら超々ハッピーじゃん!」


 ……落ち着け、ここで感情に任せたら負けだ。

 別の視点から物事を見なければ。


「でもなんで今なんだ? その男といい……ありすぎだ」


 かなりギリギリだったが、フッた本人の前で須藤の名前を出さなかったのは褒めてほしい。

 小湊さんも気にしてないようだ。


「そりゃーもうすぐ夏休みだからでしょ。いい? 七月に入ったばかりだけど、テストも終わって後の授業は消化試合みたいなもんじゃん。今付き合えたらちょうどいいタイミングで夏休みが始まって、夏祭りとかプールとか、最高の夏が過ごせるの」


「だったら終業式でいいだろ」


「馬鹿ね。付き合ってすぐ休みに入っちゃったら、誘うハードル爆上がりでしょ。こういうのはね、学校があるうちにツンツンと触れ合ってみて、そこからキャッキャうふふが順当なのよ」


「意外とロマンチストなんだな」


 ってかキャッキャうふふとか使うのか、小湊さん。


「悪い?」


「ごめん、なんというか小湊さんはそういうことに無頓着ってイメージだった」


 段階を踏むとか、それこそしっかりとしてて驚きだ。


「それが恋愛の醍醐味じゃない。ってかなり話は逸れちゃったけど……本当に付き合ってないのよね、千佳と?」


 どう聞かれたところで残念ながら付き合ってない。頷くと、小湊さんは俯いて。


「だったら、さ」


 いくばくかの逡巡しゅんじゅんの後、上目遣いを向けてきた。


「……てよ」


「なんだって?」


「だ、だからっ」


 頬は赤く染まり、熱を帯びたかのように小湊さんの目は潤んでいる。威嚇するような、けれど気まずそうにもとれるその顔は、勝気な小湊さんが初めて見せた余裕のない表情だった。


「付きあってよ……」

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