4.新月の花 三

「あ、てなんだよ聞いてるか俺の話……」


 後ろに千佳がいることに気づいていない須藤は、まだ情けない顔を浮かべていた。


「どうしたの、なにかあった?」


「っ?!」


 ガタガタガタ、須藤は周りの机を倒しながらおののいた。


「っさ、相楽さん?!」


「だ、大丈夫ですかっ、怪我は⁉」


 ビビりすぎだ須藤、千佳が引いてるぞ。


「な、なんでもないなんでもない、こいつがあんまり眠そうだったから夜なにしてたんだって話してたんだ、な!」


 まて須藤、そんなまくし立てたら何かあったと言ってるようなものだろ気づけ。


「そう、なの?」


 千佳は須藤と俺を順繰りに見て首を傾げる。


「そ、そうだよな、祐司ゆうじっ」


 だから挙動不審なんだって。必死すぎ。

 ……千佳の反応を見るに、こっちの話は向こうまで聞こえていなかったようだ。

 須藤にしてみれば、フられた話はもとより八つ当たりでやっかんでいたことも知られたくないのだろう。


 とはいえ話したところで『あの須藤だし』で終わりそうな気もするが……、ま、ここは顔を立ててやるか。


「朝、千佳にも言っただろ? 夢見が悪かったって。その話だよ」


 千佳には朝からぼんやりしてると言われてたから、須藤にもそのことを聞かれていたことにする。


「今もふらふらします?」


「あー、マシになったかな」


 頭痛も引いてきた。まだ頭が重い気がするが、もう大丈夫だろう。しかし千佳はまだ心配そうに顔を覗き込んできた。


「やっぱり今からでも保健室行きましょう? 肩貸しますよ」


「そこまでじゃないから」


「ダメですよ? 寝不足舐めちゃ痛い目見るかもしれません。そうだ、膝枕ならより眠れるかもしれません。ぁ、子守唄もいいですね。善は急げです、そうと決まれば行きましょう?」


「だいぶ良くなったし、今さら行ったところで、だろ? 弁当もちゃんと食べれたし、そんなに気にしなくて大丈夫だから」 


 千佳の申し出は普通の男子にとっては魅力的な提案かも知れない。けれど俺にとってはそうとも言えない事情がある。

 俺のこと……特に体調面に関して千佳はことさら気にかける節がある。それもすべてはあの事故からきた罪悪感が始まりだった。


「食欲はあるんですね? よかったです。あ、今のうちにお弁当箱貰っちゃいますね」


 この弁当も毎朝千佳に手渡されるものだ。


「あぁ、ごちそうさま」


「どういたしまして」


 机の脇に掛けられていた巾着袋を手に取ると千佳は自分のカバンにしまう。


「それから須藤くん、祐司さんのこと見ててくれてありがとう」


「あ、あぁ、俺は祐司の親友だからな、当然さ!」


「頼もしいね須藤くん。私、ちょっとまたあちらに戻りますけど、祐司さんのことよろしくです」


「あぁ、任せとけ!」


 だから気張りすぎって……。

 千佳が向こうに戻ると、またどっと声が上がった。

 あっちはあっちで盛り上がっているらしい。


「なぁ祐司ぃ。登下校いつも一緒で毎日弁当作ってくれて……、あれか、お前らって事実婚のカップルかあ?」


「はは、ほっといてくれ」


 言いたいことは分かるけど、頷くことはできない。


「にしてもよ、祐司」


「……どうした?」


「相楽さんっ、いい匂いしたなぁ~~」


 ……須藤拓海よ。そんなんだから小湊さんにフられたんじゃないか?


「で、祐司。夢見が悪かったんだって? 眠れてなかったのか、どんな夢だったんだ?」


「……忘れた」


「なんだそれ。なんかあるだろ空飛んだとか……誰か知り合いが出てきたりとか。そんなんもないの?」


 どんな夢だったか。誰が出てきたのか。


「千佳がいた、かな」


「お、それだけでいい夢じゃねぇか。俺だったら一生覚めないで! なんて思うけどな。それでそれで?」


「……それだけだよ、これ以上は覚えてない」


「まじかよ。ま、夢なんてそんなもんだよな、起きたときはくっきりと覚えてんのによ、すっぽり抜け落ちちまう」


 本当に抜け落ちてくれていたら良かったんだけどな。


「俺でよければいつでも話聞くからさ、遠慮すんなよ? それでさ、次の英語の課題って――――」


 くっきり覚えてる。むしろ忘れられるわけがない。

 子供の頃の俺らに起こった本当の出来事で、千佳がの千佳になってしまった原因なんだから。

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