第28話 作戦決行
「今日は一人なのか? 珍しい」
「陽毬はちょっと居残りで」
翌日学校が終わった後、着替えをしてすぐにお堂へやって来た。
陽毬がいないから、長十郎の姿は見えない。
だけど、声はちゃんと聞こえるから心配することなんて一つもないんだぜ。
不思議と落ち着く低い声を聞くのも今日で最後になるかもしれないと思ったら、感慨深い。
「長十郎さん、俺に憑依して頂けますか?」
「もちろんだとも。聞かずともそれがしはいつでも構わぬぞ」
腕を組みカッコよく頷いているんだろうなと自然と彼の姿が想像できた。
手を伸ばすと、冷たい感覚が指先から入り込んでくる。
『長十郎さん、移動しますよ』
『ほう。今日はどんなものを見せてくれるのか楽しみじゃな』
正直、ここまであからさまに怪しいと長十郎だって俺たちが何をやろうとしているのかを察しているかもしれない。
だけど、彼の想像の上を行ってやろうじゃないか。
『ほおほお。お主の企みが成就するのを待つとしよう。ここは何も聞かぬぞ』
『は、ははは……』
時折長十郎と会話するために目を閉じつつも、葛城駅までやって来た。
さあて、陽毬はうまくやっているかなあ。
そいつは愚問ってもんだろう。俺ができているんだ、彼女に対して心配することなんて何もないさ。
◇◇◇
葛城城正門から右手に道を折れ、お堀沿いに進んで行くと城の反対側に出る。
そこから城と反対方向の道は――。
両側に満開の桜が並ぶ、桜並木があるんだ。
時折強い風が吹くと桜の花が舞い落ち、淡いピンク色がとても美しい。
「陽翔!」
「陽毬!」
手を振る陽毬の姿が見える。
すぐに彼女の方へ駆け寄った。すると彼女から俺の手を握ってくる。
うう、俺から握ろうと思っていたのに。
「じゃあ行くわよ。せえの」
「おう!」
二人同時に目を瞑った。
『長十郎さん、変わってください』
切り株に腰かける長十郎へ手を伸ばす。
『相分かった。どんな光景を魅せてくれるのか』
ニヤリと口角を上げ、長十郎が俺の手を取る。
目を閉じたままだが、長十郎が俺の体を通して見える風景が俺の瞼の裏に浮かんできた。
目の前にいるのは、もちろん陽毬だ。
だけど、どこか雰囲気が異なる。いつもの陽毬じゃあない。
どこか儚げで消え入りそうな雰囲気を彼女から感じることができた。
「陽毬?」
「陽翔様?」
お互いにお互いの名を呼ぶが、二人ともそれだけで何かを察したようだ。
桜の花びらが陽毬のふわっふわの茶色い髪の上に落ちる。
桜の花びらを落とそうと、長十郎が俺の手を動かし彼女の髪の毛に触れた。
その時、冷たい何かが俺の体を駆け抜けたんだ。
「牡丹、牡丹なのか」
「長十郎様! あなた様は長十郎様だったのですね!」
「牡丹、ああ、牡丹。その黒い艶やかな長い髪、間違いない。それに、小柄をずっと持っていてくれたのだな」
「はい。もちろんです。長十郎様。ずっと、ずっとお待ちしておりました」
抱きしめ合う二人。
よ、陽毬の体の感触が俺の全身に伝わってくる。
俺には陽毬にしか見えないけど、長十郎からは牡丹の姿が見えているようだった。
体を離し、長十郎が真っ直ぐに陽毬……牡丹の顔を見つめる。
引き寄せられるように牡丹が再び長十郎の胸へ飛び込もうとするが、長十郎が優しくそれを制する。
「少し、歩こうぞ。牡丹。これほどの桜。なかなか見られるものではないからの」
「そうでございますね。この世のものとは思えぬほど……美しいです」
「そうでござるな」
桜並木を歩く二人。
道半ばまで来たところで、二人は道から桜の木の下へ移動する。
桜の木を見上げれば、舞い散る淡いピンク色と枝が揺れ小さく震える桜の花びらが目に映った。
「本当に美しい。夢にまで見た。ずっと夢に見てきた」
「私もです。長十郎様」
そっと長十郎へ寄りかかり、牡丹も彼の言葉に同意する。
「すまぬな。牡丹。某は伝令の帰りで事故に遭い、そのまま亡霊となってしまったのだ」
「いいんです。理由なんて……。あなた様と今ここで再び出会えた。それだけで牡丹はもう……」
「そうか。ならばそれがしも聞かぬ。今ここでそなたに出会えたこと。それが全てだ」
ギュッと抱きしめ合い。
お互いに息がかかるほどの距離で見つめ合う。本当に優しい笑顔だった。
きっと今の俺も彼女と同じような慈愛溢れる笑みを浮かべているのだろう。
牡丹の顔が更に近づき、お互いの唇が触れる。
ぎゅううっと牡丹を抱きしめる長十郎。
短いようで長い口づけが終わると、二人は顔を離す。
「陽翔。そなたの『企て』、見事というより他はない。陽毬。何故そなたが、憑依していた霊の扱い方を知っていたのか疑問は全て晴れた」
俺の口から長十郎は中にいる俺と陽毬に向けて呟く。
このまま喋っているのは、陽毬にも聞こえるようにだろう。
「長年の夢が叶った。もうそれがしには思い残すことなどありはせぬ。亡霊と成りたその日から、ずっとこの身はこの日のためにあったのだろう」
「陽翔様、陽毬様。私も同じ気持ちです。本当にありがとうございました」
そういってほほ笑む牡丹からは、儚さを微塵も感じさせなかった。
心からの笑顔、ひまわりのような。暖かで朗らかな。そんな笑顔だった。
牡丹の笑顔に感動していると、ふっと俺の中から何かが消えた。
驚いて目を開けて閉じるが、真っ暗で何も見えない。
先ほどまで確かにあった切り株も長十郎も、何も……無かった。
「成仏したのよ」
陽毬は俺の胸に顔をうずめ、俺の背中に回したままだった腕に力を込める。
「そっか、彼らは昇れたんだな」
「そうね。やったのよ。私たち」
「そうだな。喜ばしいことだけど、何だか少し寂しいな……」
「うん……だからもうちょっとこのままでいさせて」
嗚咽をあげる陽毬に俺も胸が締め付けられる思いだった。
嬉しいことなのに、どうしてこう物悲しいんだ。
「長十郎さん、牡丹さん。言い方が変かもしれませんが、どうか天国でもお幸せに」
天に向かって、一人呟く。
◇◇◇
何だか心にぽっかりと穴が開いた気持ちのまま、自宅に帰り着いた。
すぐに食事をする気にもならず、自室のベッドに寝転がる。
「あああ。どっと力が抜けた感じだなあ」
ぼーっと天井を眺めていたら、ある事に気が付いて頬が真っ赤になってしまった。
「そ、そういや、中身は牡丹さんだったとは言え……うわあ、うわあ」
抱きしめただけじゃなく、そ、その陽毬とチューして、そればかりでなく……し、舌まで……。
「あ、あああああああ」
「ちょっと、お兄ちゃん、音量落としてー」
隣の部屋から壁越しに妹の声。
う、うわああ。
聞かれてた。
そのままベッドでゴロゴロ悶えていたら、ベッドから落ちた。
「痛てて」
頭を押さえつつ、立ち上がる。
こんなんでどんな顔して陽毬に会えばいいんだよお。
明日、必ず学校で会うってのに。いや、その前に駅前で会うじゃないか。
初日からそのまま彼女と駅前で待ち合わせして、一緒に学校へ通っているのだもの。
しかし、時の流れとは残酷だ。
寝て起きたら、すぐに登校時間となる。
「行ってきます」
家の入口扉を開け、いつものように家を出た。
事ここに至ってもうんうん唸りながら、ついに駅前まで来てしまう。
いた。
小柄なふわりとした茶色の髪の制服姿の女の子が。
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