第3話 死能力

 誠人は言葉が出なかった。彼女の口から出た言葉、それは「死」という生物にとっては全て1度きり訪れるものであった。


「1回死んだ?でも…生きてるよね?」


「そうよ。正確には臨死体験をしたってのが正しいわね」


 臨死体験。それは文字通りに言えば“臨死”、すなわち死に臨んでの体験である。

 例えば、体外離脱や既に亡くなったものと出会い、走馬灯を見るといったことである。


「私は臨死体験のうち自分の過去の出来事が走馬灯のように振り返っていったわ」


「私は意思が戻り、生きることができた。その時におかしな事が起きたの」


 彩歌の話を頷きながら聞いていた誠人はゴクッと生唾を飲み込んだ。


「周りの人達の目を合わせる度に口に発せられる言葉とは異なる違う言葉が聞こえたの」


「違う言葉?」


「私を心配している人の本心が視覚情報で見えてしまったの私を罵倒している姿が…」


 彼女の顔はどこか哀しげな顔をしていた。彼女にとっては嫌な過去であるに違いない。


「もういいよ、辛いでしょ?」


「え?」


 彼女は驚いた顔をしていた。そして彼女を顔を見て誠人は気づいたことを伝えた。


「だって泣いてるじゃないか…」


 彼女の目から涙がツーっと流れ出ていた。それほどまで彼女が死から戻った後に起きた出来事は辛かったのだと分かった。

 だからもう彼女にそれ以上のことは話させないようにした。


「はは…。本当、君は正直だね…。この眼で見てもあなたは同じこと言ってる姿だわ…」


 涙を拭いつつ笑顔を見せた。

 すると彩歌は誠人にいきなり抱きついた。


「この能力ちからのせいで誰も信じられなかったけど、あなたのことは信じられるわ…」


 抱きつかれて思わず目が点になった。

 しかも、誠人は上半身裸で彩歌はジャージを着ているものの、下着を着てないため感触が伝わってきた。


「彩歌さん…!!ちょっと!!?」


 彩歌は普通に美人であり、スタイルもいい方である。男であるなら変な欲望を抱くはずである。

 でも彼女からすれば、それもお見通しである。


「ふふ。緊張してるね…誠人くん?」


 意地悪そうな笑み浮かべて楽しそうであった。しかし、彼女が危機感を感じていないのは恐らく、誠人がそういうような人間ではないこと知っているからである。

 そんな恋人のような行動をやっていた2人だったが、とあることで現実に戻された。

 それはリビングのドアが開いたのである。


「誠人ー帰ってきてるの?」


「ね、姉さん…」

 既に遅かった。その姿をバッチリと姉に見られてしまったのである。

 第三者から見れば、上裸の男とジャージの女が抱きついているのだ。しかも自分の弟がそんなことをしていたらと思うと、姉には複雑である。


「あっ…。ごゆっくり…」


 姉はゆっくりとドアを閉めた。


「待って姉さん閉めないで!!」


 誠人は彩歌から身体を離して出ていことする姉を必死に引き留めた。


 ◇◇◇

 太陽が黄金色に輝き地平線へと沈み始めている夕刻。街の路地裏を息を切らしながら必死に走っている少女がいた。


「はぁ…!!はぁ…!!はぁ…!!」


 何かから逃げるようにただ無心に走続けていた。彼女の顔には恐れが見えていた。その恐れというものはなんなのか、それは可視化されていない。

 しかし、彼女には分かっていた。

 追われていると言う事実それだけである。


「誰か助けて…!!」


 そう言って走っているが、人には誰も合わなかった。

 いやそれだけではなく、そもそも誰が少女を追っているのかも分からない。


「嫌だ…嫌だ…嫌だ!!!!!」


 彼女には見えないという恐怖が襲ってきていた。確実狙っている者がいるはずなのに、見えない。

 それは人の五感の優先順位1番の視覚というものが無にされている状態なのだ。

 それは人がもっとも不安になる状態とも言える。


「あっ…。そんな…!!」


 いつの間にか少女は行き止まりへと来ていた。必死に逃げ回っていたにも関わらず、何故かここにたどり着いたのである。

 いやもっといえば、少女は本来人通りの多いところ逃げていた筈であった。しかし気づけば人がいない通りに来て、そして行き止まりへとたどり着いた。


「くっくっくっく…!!!やぁ、お嬢さん?」


 行き止まりの道を見ていた少女の背後に突然現れた。

 黒いタキシードに黒いハットを被りそして黒い杖を持った英国紳士かぶれのファッションのした20代後半くらいの男の姿だった。


「あ、あなたは一体何者なの!!!???」


 少女は震えた声で尋ねた。


「私が何者かって?そうですね…くっくっ…。魔術師とでも言っておきましょうか?」


 独特な笑い方で少女の質問に答えた。

 男の顔は脳裏に焼き付くような薄気味悪い笑顔をしていた。


「私はね…それはそれは有名な魔術師でしたよ…あの事故が起こるまでは…。でもね」


 男は杖を地面に突いた。すると建物の影が写り道は薄暗かったものからだんだん濃ゆく漆黒色へと変わっていった。


「代わりに素晴らしい力を手に入れたのさ!」


 影は平面から立体へと形態を変化させていった。その形はまるで蛇のようであった。


影蛇シャドースネークとでも呼んでもらいましょうか?まぁ…それも最初で最後でしれませんけどね?」


 その瞬間黒い影でできた蛇は少女へと襲いかかった。

 身体に巻き付き縛り上げて離れなかった。


「いや!!やめて!!離してぇぇぇ!!!!!」


 少女の叫び声は誰にも届かない。無意味なものであった。

 やがて彼女の周りに黒いこれまた影が変化した黒い水溜まりが出来ていた。

 水溜まりは彼女をまるで底なし沼のように段々と引きずり込もうとしていた。



「お願い!!やめて!!やめてぇぇぇぇ!!誰か!!助けてぇぇぇぇ!!!!!」


「くっくっく!!無駄ですよ。誰も助けになんて来ません。この空間は影で支配されていますから…」


 男は楽しそうに笑っていた。彼女の必死の助命懇願も全く意に返さず、ただ状況を楽しんでいた。


「さてフィナーレの時間ですね…思う存分、"絶望"を楽しみください??くっくっく!!!!」


「いやぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 少女は悲痛な叫びとともに暗い影の奈落へと引きずり込まれていった。

 そして黒い水溜まりは小さくなっていきやがて消えていったのだった。


「人の絶望した顔というのは、どんな高級なワインよりも美味ですね?」


 ハットを深く被り、抑えきれない笑いを天に向かい広げていた。


「くく…くっくっくっく!!!!!!いいものですねぇぇ!!」




「死能力ってやつは……」


 男の後ろには影が立体化したおぞましい怪物のようなものが紅い目を光らせて控えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る