異世界転生した僕が同じく転生した初恋相手に惚れるのは当然だけど色々厳しい
小石原淳
第1話 もう一人の同姓同名文字違い
目が覚めるとベッドの上だったのでびっくりした。
何故って、僕は普段、布団を敷いて寝ている。そもそも自宅であるアパートにベッドはない。
これだけでも焦る要素だ。普通なら「どこか知り合いの家に泊めてもらったんだっけ?」とか思うものかもしれないが、それをさせない別の要素があった。
頭から耳に掛けて布か紙でも乗っかっているのかと手で払ってみると、それは何と髪の毛で、しかも自分の頭から生えている。こんなロングかつウェーブの掛かった髪にしたことはないが、引っ張ると地肌が痛い。誰かのいたずらで、かつらを頭に接着されたのかとすら考えたが、この痛みの感覚は違う。本物の髪の毛だ。少なくともウィッグなんかではない。まさか、植毛?
とにかくこの目でよく見てみようと目を凝らすが、時間帯はまだ夜明けには早いらしく、部屋は暗い。指先の感触ばかりで、さっぱり見えない。
上半身だけ起き上がって明かりを点けようと、それらしき器具を目で探すが、室内もよく見通せないせいもあり、見付けられない。時計も置いてないようだ。ベッドの軋む音が断続的にする。
僕は携帯電話を持たない人なので腕時計をしているのだが、就寝時には外す。外した時計は枕元に置くのが常なんだけれども、昨晩は環境が違ったためだろうか、これまたない。
まあ時刻が分からないのは今はいいとして、髪の毛が気になる。指で頭皮を少し掻いてみると、僕自身の肌がそこにあると実感した。
ここまで髪が伸びるまでずーっと眠っていたなんてばかな話はないだろう。何かあったはず……と記憶を手繰ろうとすると、頭を突き抜けるような痛みが走った。痛みそのものはきつくはない。シャープペンシルの先か何かで素早く突かれたみたいな感覚が、びゅんと走り抜けたイメージ。
後頭部をさすってみると、こぶができていると気付いた。ただ、最前の痛みはこれが原因ではない。こぶは脈打つようなうずきとともに鈍痛が弱くじわーっと続いている。気にし始めると、首筋も何だか痛い。打ち身に近い気がするし、絞められたような押さえつけられたような感触もある。これらは一体何なんだ? 髪の毛が長くなっているのと関係あるのか。
落ち着こうと深呼吸した。それからまず、昨日何をしていたのか、どうしてこんな場所で寝ていたのかを考えてみる。
が、再び痛みが走った。昔を思い出そうとすると、脳内をこの痛みが走る。妙な酒か薬でも盛られたんじゃあるまいな。本格的に心配になってきた。お椀型にカーブさせた手のひらに自らの息を吐きかけ、鼻を近づけてみる。酒臭くはない。歯磨きも済ませていたようで、さほど臭わない。
先にも記した通り脳内を走る痛みは強さ自体は大したことない。昨日一日の出来事を思い出すことにしてもいいのだが、徐々に腹が立っても来た。こんなことをしてくれたのは僕の同僚か友人か? 誰なのか具体的な名前は浮かばないが、とにかくまずはそいつを突き止めてやろうと考えた。きっと、今いるこの建物の中にいるに違いない。
ベッドを降りようとして、また違和感に触れた。
僕は何を着ているんだ?
やけにだぼっと、ふわっとした服のようだ。サイズ違いと言い切るには、袖口や襟周りはぴったりフィットしている気もするが。僕がこんな服を持っていないことだけは言い切れる。
太ももに両手を置くと、下はタイツみたいだ。祖父がよく着ている股引を連想する。ただ、色は茶色系統ではなく、白っぽいように映った。
より問題が大きいのは上着だ。どうもふわふわする。胸の前のボタン周りにはひらひらが付いている。色はやはり白。これって……ネグリジェ?
長い髪にネグリジェと来れば、女装させられているのかと考えたが、それならズボンは余計だろう。意味が分からない。いたずらで女装させるにしても、髪を地肌に植毛するのはやり過ぎかつ金が掛かり過ぎじゃないか。
ベッドから離れ、改めて枕元の方から意識を集中し、じっと目を凝らす。暗さに目が慣れてきたのか、ぼんやりとだが徐々に見えてきた。
まず、ろうそくと燭台らしき物を発見。妙に太いがマッチっぽい物も小箱に収まっている。さらに少し離れたテーブルにはランプがあった。本体はガラス製で傘付き、持ち手があり、斜めから隙間を除くと中に見えるのは黒く焦げた芯か?
テーブル上には他に、水差しとコップが一つのお盆にのっていた。喉の渇きを自覚したものの、この状況で目の前の水に口を付ける気にはなれない。そもそも、水差しの中身がただの水なのかも確かじゃない。
目が疲れてきた。軽く閉じ、まぶたの上から揉む。おかしな事態に巻き込まれている。それは認めなければいけないようだ。
こういうときに大切なのは……自分をしっかりと保つことか。現状で絶対確実な事柄から確かめていこう。
最初に僕の名前。
僕の名は……思い出せない!
例の痛みに遮られた。漢字四文字、字面は浮かぶんだが、もやもやと濃い霧の向こうに置かれている雰囲気だった。
初めての感覚に「何だこりゃ」とつぶやく。その声にまで違和感を覚えた。自分の声が違って聞こえる。喉に痛みはないし、鼻が詰まっているわけでもない。つまりは風邪なんかじゃないだろうに、何で?
本当に一体全体何なんだっ。――叫びたいところを、さっきの声をまた聞くのが怖くて、口の中だけにとどめておく。頭を掻きむしりかけて、長い髪の感触にも気味悪さを覚える。
今度は恐怖心から叫びそうになった。
そのとき。壁の向こうからざわざわした雰囲気が伝わってきた。部屋の外、多分通路があって、そこを複数の人が走っているような?
わけが分からないまま、身構える。形だけ知っている空手のポーズを取ったが、心許ないので何か武器になりそうな物はと、また暗がりに目を凝らそうとした。
そこへドアを叩く音が響く。間違いなく、この部屋のドアだ。ノックは激しいが乱れ打ちではなく、二度続けてココンと叩くのを等間隔に三回繰り返した。
僕がどうしたらいいのか迷っている間に、ノックの主は声を発した。若そうな男の声だった。
「お休みのところを失礼します。緊急事態発生にて、お目覚め願います。ロード・マンナイト様」
ロード・マンナイト?
何それ。人の名前、もしかして僕を呼んだの?
と、ロード・マンナイトを人名じゃないかと推測した途端に、自分の中に何かが降りてきた。
そうして名前を思い出した。
僕の名前は、
つづく
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