第14話 不穏も霞む同行者

 午前十時前の空は黒く、満天の星々が瞬いていた。普段街明かりで見ることの叶わない星も視認できる。圧巻の空の下、月宮湊は心の準備をしていた。身体の調子は万全だが、心が縛られてしまえば身体もまた身動きがとれなくなる。過度な緊張は大敵だ。緊張のレベルを調整していく。


「これはまた、くだんねえことしてんなあ」


 充垣がつまらなさそうに空を見上げていた。


「いつの空だ、こりゃあ」


「いつだっていい」


 琴音が返答する。


「ただこの空が相手の魔術師にとって都合のいい空だということは間違いない」


 この空は魔術によって出現したものだ。琴音の推測ではドーム状の魔術空間を、姫ノ宮学園を包み込むかたちで発動しているらしい。簡単にいえば、巨大なプラネタリウムである。


 月宮は与えられたペナルティの同行者に琴音と充垣を選んだ。理想では琴音と咎波だったのだが、残念ながら咎波は別件があるようで断られてしまった。咎波と充垣の戦力を比較すれば圧倒的に咎波の方が上だ。心強いことこの上ない。相手がどんな魔術師であろうと優れたサポートをしてくれそうだった。


 しかし咎波は言う。


「僕でも染矢くんでも変わらないよ。琴音くんさえいれば、僕たちがいてもいなくても、魔術師を相手にするのは簡単なことだ」


 咎波の評価は正しいのだろう。月宮も琴音の強さを、身を持って体験している。だからこそ琴音一人いれば充分という結論に至っても不思議ではないのだが、いかんせん琴音は人の頼みを簡単に引き受けてくれる性格をしていない。


「しっかし、琴音がついてくるとは思わなかったなあ」


 充垣は空に飽きたのか、話題を変えた。


「そう?」


「月宮になんて頼まれたんだ」


「ペナルティに付き合って欲しいって言われた」


「それだけ?」


「うん」


 充垣は納得がいかないのか、考える素振りを見せた。


「もしかして条件付きか?」


「正解。一週間ご飯を奢ってもらえる」


「咎波さんの次は月宮かよ」


 充垣は笑う。


「それなりに給料もらってるんだから、それくらい自分でどうにかして別のもの頼めよ」


「充垣は? 教育係だから?」


「そうそう。本当なら非番なのに、まったく厄介事もちこんでくれるわ」


 冷たい風が学園側から吹き、琴音の被っていたフードが外れ、三人の髪が揺れた。あまり心地の良い風ではなかった。纏わりつくような、不気味な風だ。


 あの日に似ている、と月宮は思っていた。


 空模様に違いはあるが、葉の擦れ合う音や野鳥の声がまるであの日を再現しているかのように聞こえていた。


 姫ノ宮学園の正門には、立ち入り禁止と書かれた黄色のテープが何重にも貼られていた。もともと備え付けてあった門は、月宮が前回――つまり日神を奪還する際に粉々にしてしまっていた。出入りが楽になった、とアリスが言っていたことを思い出す。


 琴音は正面をじっと見つめ、次に右正面、そのあとに左正面と順番に視線を向けた。最後にまた正面。


 月宮がペナルティを科せられているとはいえ、魔術師との戦闘は初心者もいいところだ。あの“忌々しい魔術師”との一戦も相手が引かなければ、月宮は今ここにこうしていることができなかったかもしれない。


 ここは一番の熟練者たる琴音の判断、そして指示に従うべきだ――というのが月宮の判断だった。そしてそれは充垣も思っていることだった。


「四人くらいいるわね」


「それも経験か?」


 月宮が訊いた。


「まあ、そんなところ。とりあえず私は左、充垣は右、月宮は正面ね。まともなのは正面の奴くらいだから、たぶんそいつが目的の魔術師。あとは雇われかな」


「ま、当然だな」


 充垣は肩を回した。


「あと一人はどうする」


「奥にいるから面倒だし、近づいてきたら排除しとく。月宮は気にせず、目標を始末すればいい」


「頼もしいかぎりだ……」


 つまり琴音が言いたいのは、早く終わらせて飯を奢れ、ということだ。ペナルティでもなくただの仕事だった場合、問答無用で学園内にいる目標とその仲間を排除していたのだろう。役割分担も考えず、早く仕事を終わらせたいという一心で動く。これ以上に頼もしいことが他にあるだろうか。


 相変わらず、彼女の強さの底は見えない。


 横にいるだけではただの女の子でしかないのだが。


 考えてみれば、月宮は琴音の「武器」を知らない。充垣がハルバードであるように、咎波が銃であるように、魔術師が魔術であるように、《欠片持ち》がその能力であるように、月宮が「神の力」であるように、なにかしらの武器を持っているはずだ。しかし見たことも聞いたこともなかった。ナイフは月宮が貸した。


(まさか輪ゴムじゃないよな……)


 魔術師であるのかも、《欠片持ち》なのかも知らない。事務所内で知っていそうなのはアイリス、アリス、咎波くらいだろうか。充垣はよくわからない。琴音は一人での仕事がほとんどのため同行したことがあれば、と可能性を浮上させてみるが、そう簡単に自分の手の内を明かすとも思えないのが本心だった。


「じゃあ、またあとで」


 琴音が誰を見ることもなく歩き出した。それを皮切りに充垣も動く。


「死ぬなよ」


 充垣は月宮に言った。


「お前が死んだら、オレの責任になる。それだけは勘弁したい」


「死なないように守ってくれればいいだろ」


「はっ! 守るくらいならオレが殺す」


 ひらひらと手を振って、充垣も学園構内に消えていった。


 一人残った月宮は、静かに深呼吸をした。


 姫ノ宮学園には苦い記憶が刻み込まれている。


 水無月ジュンに圧倒され、


 星咲夜空に踊らされた。


 どちらも勝敗こそ着いていないが、勝てなかったのも事実だ。


 それは敗北と同じ。


 敗北は死だ。


 あのときは運がよかっただけ。


 水無月は本気でなかった。


 星咲は月宮の力量を測りにきた。


 どちらも勝利を目指していない。


 月宮が一人、必死になっていたに過ぎない。


 今回は違う。


 生き残れても勝利ではない。


 月宮以外が目標の魔術師を倒した場合、日神たちの命はない。


 今では彼女たちも、月宮の守りたいものだ。


 日神たちは、「彼女」の大切な友達だから失わせてはいけない。


 心を万全にした月宮は、日常を守る戦いのために駆け出した。

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