第3章
第16話 星下の開戦
月宮湊が姫ノ宮学園の正門前に着いたのは、日が完全に暮れてしまったあとのことだった。一番星だけでなく、すでに数十、数百の星が夜空で瞬いている。外部との関わりを遮断していることもあってか、街灯などは「親切」と呼べるほど設置されていない。そのおかげか、市街地よりも星が綺麗に見ることができた。
駅前からここまで来るのに数時間かかった。途中まではバスが出ていたのだが、それからは徒歩以外の移動手段はなかった。
山を一つ越えたときの疲労度を感じつつ、月宮は姫ノ宮学園の正門の大きさに目を奪われていた。高さにして十数メートル、幅はその半分程度。人間の力で門を開閉することが不可能なのは明らかだった。監視カメラが二つ設置されているが、あれはブラフだろうと月宮は判断した。目に見える形で置いてあるのが不自然すぎる。特に、姫ノ宮学園のような組織の場合は、こんな警備の仕方をするはずがない。
そう疑っても、邪魔なものは邪魔だ。月宮はダガーナイフを投げ、監視カメラを破壊した。これで向こうから誰か来てくれれば、それはそれで儲けものだからだ。
門が開かれるか、あるいは他の方法が露わになるかもしれない。たとえ内側からでも月宮を迎撃する手段があるのなら、それはそれで見てみたかった。
が、姫ノ宮学園からの応答はなかった。
月宮は、左右を確認した。
門の他に見えるものは、門を超える高さを誇る壁だけだ。月宮の得ている情報によると、この学園の敷地はかなり広いとのことだった。地図からでもはっきりとわかるらしい。そう考えると壁伝いに歩いて別の入り口を探すのは、無謀とも言える行為だ。時間があれば、無謀ではないのだが、今の月宮には時間がない。ここでこうしている時間でさえ惜しいくらいだ。
「こんなところにいましたか」
ふと、背後から声をかけられた。
振り向かずとも、その声の主が誰かわかる。
「長月か。今、ちょうどお前のような奴に会いたかったところだ」
「奇遇ですね。私もあなたに会いたいと思っていたところです」
「それは気が合うな。いい友達になれそうだ」
「そうですね。いい友達になれたでしょう。だから」
長月の声が一瞬だけ途切れた。
「死んでくれませんか?」
月宮は振り返り、長月を視界に入れる。彼女は身の丈以上あるハンマーを持って、月宮に飛びかかってきていた。腕の動きから、横払いが来るであろうと月宮は判断し、範囲外へと逃れるために少し後方へ動いた。
月宮の思惑通り、横払いを回避することができた。しかし、月宮は長月の攻撃を完全に見切ったわけではなかった。巨大なハンマーが勢いよく前方を通過したと同時に、月宮に見えない鈍器が襲いかかったのだ。
月宮はそれを腹部にまともに受け、声を漏らした。
体が後方へと吹き飛ばされる。
なんとか倒れずに済んだものの、相当な痛手を受けてしまった。月宮はそれでも長月を視界から外すことはなかった。一時でもそれを許せば、月宮の体が無残に破壊されるだろうということをわかっているからだ。
それが、戦いの基礎を学んだときに、習得するのが一番困難だった技術であった。
月宮の持っている武器は、ナイフのみである。星咲に投げかけたダガーナイフがホルスターにしまってある。しかしそれで、どうにかなるとは思えない。投げたところで弾かれるだけだ。
今は、攻撃より回避を優先すべきだ。
月宮の脳が、そう答えを出した。攻撃して長月を倒すことを考えるより、長月の攻撃の射程範囲を調べた方がいい。あの見えない鈍器――風圧による攻撃が、本体の攻撃よりも数倍も危険だった。間合いを測り間違えれば、一撃でやられる可能性だってある。今の一撃でやられなかったのは、回避運動の途中であるが故の結果だ。
それだけは、運が良かったとしか言いようがない。
当然、長月は容赦なく、月宮に二回目の攻撃を仕掛けてくる。ハンマーを持ったまま飛び上がり、落下の勢いで威力を加算してきた。
長月の攻撃は一直線、一点と単調なものばかりだ。受け手からすれば一手一手が読みやすい。しかし、だからといって油断できないというのも現実だ。単調な攻撃を仕掛けてくるのは、一撃に絶対の自信があるからだ。ゴールを考え、そこに辿り着くために策を練って攻撃するのではなく、その過程がゴールなのである。
一手目さえ決まれば勝ち。
単純にして明快だからこそ強い。
月宮は、先ほどよりも大きく後退し、長月の着地地点から離れる。天野川高校で同じ攻撃をしてきたが、あれは今よりももっと高く飛んでいた。威力としては、あのときの半分にも満たないだろう。しかし、半分でも充分に脅威だ。直撃すれば即死するだろうし、少し回避したくらいでは、風圧や抉った地面の破片などが容赦なく襲いかかってくる。
後方に下がりながら、ホルスターからナイフを取り出す。小さな破片であれば、ナイフの面を使って弾くことができる。攻撃用ではなく、あくまで防御用として。
長月のハンマーが着地し、地面を抉り、爆散させた。欠片と言っても、一つ一つは小さい。けれど、その飛散する速さが威力を底上げしていた。そして数が多い。
月宮はナイフで受け切ろうとするが、止めどなく向かってくる欠片を防ぎきるのは、骨が折れる行為だった。それに、長月の次の行動も視野に入れなければならない。地面を抉ってそれで終わりならば、防御も現状よりはいくらか楽になる。が、当然、長月はそこでは終わらない。
鈍器と化す風圧。
銃弾のように飛ぶ土石。
直撃すれば即死のハンマー。
長月はハンマーを振れば、月宮は三つの凶器を防がなければならなくなる。それに今の長月の手に握られているハンマーは一つだ。天野川高校のときとは違って、移動力を重視しているのだろう。
そう思った月宮を裏切るように、長月は魔術で二本目のハンマーを召喚した。攻め方を変えるのだろうか、と月宮は身構えた。しかし、長月はそれを造作もなく月宮に向かって投擲した。槍を投げるかのような手軽さだ。それに速さもかなりのものだ。
月宮は防御を止め、迫りくるハンマーを避けるために左へと身をよじらせた。緊急回避を余儀なくされ、ハンマーを避けることしかできなかった月宮を、風圧が襲いかかる。
斬撃に近い打撃。
打撃に近い斬撃。
どちらとも呼べる代物が、月宮の体を吹き飛ばした。吹き飛ばされ方が異様だったため、まともな受け身を取ることはできない。月宮は、体を地面に打ち付けた。吹き飛んだ先になにもなかったのは、不幸中の幸いだと言える。鋭利なものがあれば、月宮は成す術もなく身を貫かれていたかもしれなかった。
投擲されたハンマーは勢いを抑えることなく、そのまま姫ノ宮学園の門へと激突した。金属と金属のぶつかり合う音。けれど、鈍い音だった。その音は体の内部にまで響き渡り、学園の周りに生息する鳥たちが飛び立っていった。
「ゴキブリ並みにしぶといですね」
長月が新たにハンマーを召喚しながら言う。
「さっさと死んでしまえば、痛みに耐えることもなくなるというのに」
「……ふざけんな」
月宮は膝立ちをし、口内の血を吐きだす。
「死んじまったらそれで終わりだろ。やるべきことをやらずに死んでたまるか」
「そうです」
長月はあっさり頷いた。
「死んでしまえばすべてが終わる。しかし、死んでしまわなくても、生きながらにして死んでいる者はどうすればいいのでしょう? 決まったレールしか走ることしかできず、望まずとも終着点が決まってしまっている者はなにを思って、なにを願って生きればいいのでしょう。このような人間を生きていると呼べるのでしょうか」
「それは誰のことだ?」
「いえ、気にしないでください。ただの独り言です。終わりへと向かう者の、ただの独白にしかすぎません」
「まあ、なんでもいいさ」
月宮は立ち上がり、ナイフをホルスターに戻す。
「なんの真似ですか?」
長月は目を細め、月宮を睨む。
「あなたの唯一とも呼べる武器をしまうとは、愚かな行為ですよ」
「そこまで調べたのか。凄いな、如月は」
だが、と月宮は手を前に出す。
そして、なにもなかった空間から出現したナイフを握った。ホルスターに戻したダガーナイフと同じ形状をしたものだ。
「あなた、何者ですか? 今のは魔術でありません。魔力反応が一切ありませんでした。しかし、能力者――いえ、《欠片持ち》でもない。彼らの特徴があなたには現れていない。」
長月の目付きが鋭くなる。
「あなたは、何者ですか」
風が吹き、木々が揺れ、葉の擦れ合う音が月宮たちを包んだ。
長月は、左手に持っていたハンマーを投擲したと同時に、月宮に向かって走り出した。その目には迷いがない。月宮に負けるなど微塵も思っていないのだろう。ナイフでハンマーを受け止めることはできない。月宮は投擲されるハンマーに対して回避するという動作しかできないのだ。
そこを狙っているのだろう。
回避を終えた月宮を叩き、勝利する。
間違いなく、長月ならば辿り着くことのできる終着点だ。
単純にして明快であるからこそできる技。
しかし、それは月宮の力量を測り間違えなければの話だ。長月の持っている月宮の情報が事実とは異なっていれば、それは根底から覆される。単純にして明快だからこそ、基盤となっている部分がなくなれば、その全体が崩れさることになる。
けれど、長月は脚を止めることはできない。たとえ目の前でありえない光景を見たとしても、自分の策が潰れてしまったとしても、長月にできるのは、その単純な攻撃だけなのだから。
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