第11話 語られる序章

 月宮たちが入ったのは、有名なファストフードの店だ。一階にはカウンター席しかないため、二階の隅のテーブル席に着いている。昼時を過ぎているおかげか、店内に客は少なかった。月宮たちを含め、四組。制服を着ているところから、全員が学生であることがわかった。どこの学生であるかは、制服に詳しくない月宮にはわからない。


 テーブルには同じセットメニューが三つ並んでいた。ハンバーガー、ポテト、ドリンク(月宮が選んだのはコーラ)のお得な五百円のセットである。月宮はすでに食べ終えており、星咲はポテトを、日神はほとんどをまだ残していた。


「ハンバーガーは美味しいね」


 星咲が満足そうに言った。


「考えた人はきっとハンバーガーって名前の人だよ。ハンバーガー侯爵じゃないかな」


「サンドイッチと同じかよ」


 月宮は呆れながら言う。


「その考えだと、そのうちホットドック伯爵とか言いそうだな」


「いや、それはさすがにないよ」


「わかってるから」


「まあ、でも、あれだよね」


 星咲はポテトを摘まみながら言う。


「持つべき者は友だよね。本当にありがとう」


「奢るなんて言ってないからな」


 月宮は言った。


「友でもねえよ」


 実は、このテーブルに並んだハンバーガーたちの代金を払ったのは月宮だった。日神はともかく、あんなことを言うものだから、星咲はお金を持っているのだと月宮は思っていた。しかし、いざ店に着いて注文を終えると「僕、お金持ってないよ」と、どうして持っていると思っていたのかわからないといった顔をして告げた。その結果、仕方なく月宮が払うことになったのだった。


「じゃあ、この借りはいつか返すよ」


「当たり前だ」


「出世払いでいいかな?」


「それは、借りを返す気がない奴が言うセリフだ」


 店内には、おとなしめな音楽が流れている。こういった店では、今流行っている曲、あるいは注目されているアーティストの曲を流すのが定番だが、ここの店長はそういう曲が嫌いなようで、いつもおとなしい音楽が流れている。ファストフードの店というよりは、喫茶店のような雰囲気である。そのおかげかわからないが、店内が騒がしくなることはない。これが店長の狙いだとしたら素直に尊敬できる、と月宮は思った。


「それで?」


 月宮は星咲に問いを投げかける。


「お前は何者なんだ?」


「それはこっちのセリフでもあるよ」


 星咲は言う。


「きみが言いたいことをそのまま返すけど、あれは一般人の動きじゃないよ。だからといって都市警察のようでもない。あれは人を殺すための動きだ」


「同業者……でもなさそうだな」


「当ててごらん」


 星咲は微笑んだ。


 日神は黙々と目の前の食事を済ませようとしている。月宮たちの話を聞いていないと行動で訴えかけているようだった。


「まあ、いいさ」


 月宮は背もたれに寄りかかった。


「お前が何者なのかは、日神に同行した理由でわかるだろ」


「それは鋭い見解だね」


「とりあえずは日神だ。お前は、日神からなにも聞いてないんだよな?」


「そうだよ」


 星咲は頷く。


「お互いに話す必要はないと思っているからだね。日神ちゃんは利口だよ。まあでも、話してもらいたいんだけどね、こっちは」


 それから月宮と星咲は、日神が食事を終えるまで、一言も話さなかった。これ以上話していても、お互いにはぐらし合うだけだ。無意味な腹の探り合いが横行するのみである。


 星咲がそこらにいる一般人とは違うことはわかっている。能力者である可能性もあるが、そうだとするなら、月宮がこれまでに出会った能力者とは違う分類の能力者だ。能力者である自分を過信していない。それどころか身の危険を感じても、能力を使っていない。使ったのは一度。月宮の後ろを取ったときだけだ。


 その能力も不明である。いくら能力者の情報が管理されているとはいえ、月宮がおいそれと見られるものではない。振るいにかけ、ある程度の可能性を見出しても、あまりにも数が多過ぎる。振るいにかけないのと状況は変わらない。


「ごちそうさまでした」


 日神がそう言ったのは、月宮たちが黙ってから十分後くらいのことだった。時刻はもうすぐ十五時を回ろうとしている。


「いきなりで悪いが、話してもらうぞ」


 月宮は言う。


「姫ノ宮学園でなにがあったのかを、どうして逃げ出さなければならなかったのかを」


「えっと……」


 日神は星咲を見た。


「ん? ああ」


 星咲は日神の視線に気付いた。


「僕のことは気にしなくてもいいよ。僕は日神ちゃんじゃなくて、きみの学校の方に興味があるだけだから」


「学園に……ですか?」


「正確に言うのなら、学園の上層部かな。まあこれ以上は、きみの話を聞かないとなにも言えないよ。僕は秘密主義者なんだ」


「それでは」


 日神は一度深呼吸をした。


「私がなにを見て、姫ノ宮学園を抜け出さなければならなかったのかをお話しします


     ※


 昨日の朝のことです。


 姫ノ宮学園は、学園としては大き過ぎる規模の組織であり、それ単体で街としての機能を持っています。一生を学園内で過ごせるようになっているんです。必要だと判断されたものは、すべて取り入れる。住宅街もありますし、商店街、企業などのそこで居住するためのもの。山や、森といった自然のものもあります。私もその全貌を知っているわけではありませんが、おそらく海もあるんだと思います。


 だから、私が森にいたとしても不思議ではないんです。月宮さんたちにはおかしな話でしょうけれど、私たちにとってはそれが当たり前だったんです。


 森林浴のつもりでした。よくするんですよ、あそこの生徒は。毎日散歩をしても飽きませんからね。


 森といっても管理はされているので、きちんと遊歩道はあります。下手すれば遭難する可能性もあるといえば、その森の広さなどを簡単に想像していただけると思います。


 よくすると言いましたが、もちろん大抵の場合、友達と一緒に行くんですよ。男性の方にはわからないと思いますが、女子は集団で行動するんです。単独での行動を嫌っているのかもしれませんね。


 私はそのとき一人でした。朝の早い時間でしたから、友達を無理に起こすのは悪いと思ってのことです。それに、一人で歩いてみたかったんです。


 森の中はとても静かでした。ときどき、風のそよぐ音が聞こえるくらいです。それと薄暗さがあって、少し怖かったのを憶えています。


 遊歩道を歩いて行くと、その先に小屋があるんです。小さな休憩用に作られた小屋です。その隣、と言っても少し離れたところにも小屋があるんです。そっちの小屋はずいぶん前から休憩用の小屋として使わずに、森を管理するために必要な道具をしまう倉庫として使っているんです。詳しい道具は知りませんが、遊歩道を綺麗にする掃除道具などがあったと思います。


 私は、その詳しい道具が見たいという好奇心で小屋に近づきました。休憩用の小屋からそんなに離れていないはずなのに、なんだか別の空間に近づいているような気がしました。思えば、そのときに引き返したら――いえ、そこで引き返さなかったからこそ、私は生きていられたのかもしれない。


 小屋に着き、ドアを引こうとしたとき気付いたんです。


 鍵がかかっているんじゃないか、と。


 当然ですよね。


 私は、鍵がかかっているのかを確認しませんでした。そのときの私には鍵が絶対にかかっているという根拠のない自信があったんですね。


 それでも、どうしても私は小屋の中を見たかった。だから扉から入るのではなく、窓から覗き見ることにしたんです。


 窓は入り口から見て、左側の壁にだけあります。位置は、ちょうど私の背で、背伸びをすることなく中を窺える高さです。


 窓に近づいている途中で、小屋から音が聞こえました。なにかが倒れたような音でした。誰もいないと思っていましたから、驚いて尻もちをついてしまいました。


 誰かがいるとなると、なぜだかこっそりと覗きたくなりますよね? 私もそんな気持ちになって、声を殺して窓の端から小屋の中を覗きました。窓は少し曇っていましたが、まったく見えないというほどではなかったです。


 小屋の中には、大きな棚がいくつかあり、そこには掃除道具や木を切るための道具などがありました。細かいものはわかりませんが、私が見て憶えていたのはそれくらいです。小屋の中は薄暗かったですから、見えないものは本当に見えません。形で判断するしかなかったんです。


 そして、やはり中には人がいました。


 姫ノ宮学園の制服を着た生徒が二人。


 一人は立っていて、もう一人は倒れていました。


 最初は演劇の練習だと思いました。誰にも見られない場所で、ひっそりと練習する子はよくいるんです。演劇部は特にそういう子が多かったです。


 だから、こんな時間に二人で練習しているんだな、と思いました。


 ところが、私が練習を見なかったことにして、立ち去ろうと思っていたときです……。


     ※


 月宮は、淡々と話す日神を見て落ち着いていると思っていたが、彼女はそこで初めて話すのを止めた。それどころか、顔は青ざめ、体は震えていた。自分の体をその両腕でしっかりと抱きかかえながら、震えを制御しようとしている。


「大丈夫か?」


 月宮は訊いた。


「だ、大丈夫です……」


 日神は微笑んだ。それは明らかに無理に作った笑顔だった。


「助けてもらうんですから、話さなくてはいけません。どんなに思い出したくなくても、それが私にできること、私がやらなくてはいけないこと。それができないのなら、助けてもらう資格なんてないんです」


「……そうか。そうだな、続けてくれ」


 体を震えさせ、自分の思いを話す日神を見て、月宮は春のことを思い出していた。


 死に場所を求めていたあの少女を、


 死ぬ方法を探していたあの少女を、


 自分を殺してくれる誰かを待ち望んでいた、あの少女を思い出さざるをえなかった。


 生きようとしている日神とは逆位置にいる少女だったが、体を震えさせ、自分の思いを語り、泣き叫んだ彼女と日神は同じ。ただ求めている未来が違うだけ。


 二人とも、救ってもらいたかったのだ。


 自分のいる現実から、救い出して欲しかった。


 救われた先に望んだ未来が、日神は生で、あの少女は死だ。


 日神を救うことはできるのだろうか?


 死を求めた少女を救うことができたとは思っていない。彼女の問題はいつまでも纏わりつく。彼女が生きている限り、それが消えることはない。今は、蓋をしているだけ。いつかその蓋が開けられたときに、救うことが……。


 月宮は考えを振り払った。今は、日神のことを考えるべきだ。日神を助けることが、今の月宮がやるべきこと。それができなくて、誰を救うことができるというのか。


 日神は再び、話し出す。

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