第15話

 翌日。クリスマスイブが今年もやってくる。

 今日はパイロット陣は出撃時刻まで基地内で待機となっている。その間大忙しなのは民間人の職員達である。

 まずは管轄地区内に住む小学生以下の子供全員が望んだプレゼントが用意できているかの最終チェックを、職員総出で行う。それが済んだら地区毎に分けられたプレゼントを、更に各パイロット毎に分けて袋に詰める。勿論入れ間違えが無いよう念入りにチェックする。

 整備士達はサンタロボや橇の最終メンテナンス。一つでも不備が見つかれば、それがパイロットの死に直結するのである。

 そして夜十時過ぎ、パイロット達はサンタロボへと乗り込んだ。一年間の訓練の総決算とも言うべきクリスマスミッションが、いよいよ開幕する。

 サンタロボはプレゼント袋と共に橇に搭乗し、カタパルトからクリスマスイブの空へと次々に発進してゆく。

「いよいよですね! 皆さん!」

 コックピットで身構える真琴は、嬉しすぎて落ち着かない様子だった。

「何度やってもこの瞬間は緊張するのよねー」

 いつも割と余裕のある態度の美咲が珍しく弱音を吐き、深呼吸する。

「今年も頑張って生きて帰んないと……」

 和樹はパスケースに入れた彼女の写真を見つめる。イブに会えない分、昨日存分にイチャついてきたところである。

「そろそろ俺達の番だ。準備はできてるか」

 修二は出撃で緊張した経験が無い。今日もそれまでと同じく落ち着いているように見えた。だが、内心では普段とはまるで違う感情が渦巻いていた。

 未だ消えぬトラウマと懸念。こんなにも辛い出撃は未だかつて無かった。

(大丈夫だ……何も起こらない……)

 拳を強く握って、強引に感情を押さえ込む。

「隊長、顔が怖いです!」

 真琴の指摘に、修二ははっとした。

「どうしたんスか隊長、そんな強張って」

「もしかして隊長、緊張してます?」

「大丈夫ですよ隊長、私達は死にませんから」

 三人に声をかけられ、修二は一旦目を閉じて心を落ち着かせる。

「……すまないな。もう大丈夫だ。では行くぞ」

「はい!」

 三人揃って、元気の良い返事。

「荒巻隊、発進!」

 カタパルトにセットされた橇が、一気に加速して飛び立つ。

 満点の星空。冬の星座の数々が、空に浮かんでいる。一見すると今日も晴天で、仕事のし易い日のように見える。だがこのように星の多い日は、パイロットにとってはかえって不吉な日なのである。

 本来であれば、地上の灯りが多い東京の空でこんなに星が見えることはない。即ち地上の灯りを遮るものがあるということだ。

 目線を下に向ければ、そこには切れ間無く一面に広がる分厚い雲。今日の東京は雪、ホワイトクリスマスなのである。

 わざわざそんな名称が付いていることからもわかるとおり、人間達にとってクリスマスに振る雪はロマンチックで特別な価値を持つものとされている。だがサンタロボのパイロットにとって、それは恐怖と絶望の雪だった。

 サンタロボに搭載されたカメラは非常に優れた暗視能力を持つため、暗さに関しては何も問題は無い。しかし雪は、物理的に視界を遮ってくる。

 サンタロボは冬の夜に活動することを前提に作られているため、ある程度は防雪装備が備わっている。しかし所詮は東京で使用する機体であり、雪国仕様ほど完璧ではないのである。

 事故の危険性の上昇に加えて、ある程度配達にも遅れが出ることは避けられない。

 暫く雲の上を飛んだ後、担当地区が近づいた辺りで高度を下げる。

「これより雲に突入する。総員、覚悟はできているな」

「はい!」

 防雪機能をオンにすると、サンタロボの表面から熱が放たれた。

「行くぞ、突入!」

 分厚い灰色の雲の中に、四機の橇が突っ込む。辺り一面灰色の世界。表面の熱で雲内の氷を融かしながら、下へ向かって突き進む。

 雲の中を抜けたら、放熱を弱めながら高度を下げてゆく。やはり雲の下では雪が降っていた。

「これでサンタ狩りが家に篭ってくれたらいいんスけどねー」

「それは期待しない方がよさそうだな」

 雪といっても所詮は東京の雪。大して強くもなく、人々は普通に街を出歩いている。この程度ではサンタ狩りを中止することもなく、元気に涌いて出てくることだろう。

「ここからは各自分かれて配達を行う。天宮軍曹は俺と来い。俺はお前の監督もすることになっているからな」

「了解!」

 美咲機と和樹機は両サイドにカーブして分かれる。真琴機はそのまま修二機の後ろについている。

(さて、ここが俺と天宮の担当地区になるわけだが……)

 見事なまでに、以前真琴が住んでいたという町である。

(あのヒゲジジイめ、わざとやりやがったな)

 田中将軍とはそういうことをする男である。

「天宮軍曹、配達コースはわかっているな」

「はい、大丈夫です。特にこの辺りの地理に関してはとても詳しいですから!」

「よし、では行くぞ」

 二人は最初の届け先へと橇を向かわせる。

 到着したら屋根に降り、訓練通りに煙突を設置して子供部屋へと入った。

「いよいよ私、サンタさんデビューです!」

 真琴機が袋からプレゼントを取り出すと、自動で縮小が解除される。モニターの情報と照らし合わせてこのプレゼントで合ってることを確認した後、寝息を立てる子供の枕元に置いて任務完了。

「やりました! やりましたよ隊長!」

「そのくらいやれて当然だ。早く戻ってこい」

「了解!」

 真琴機はスラスターを吹かして上昇。再び屋根の上に立つと、光の煙突を回収した。

「私ついに子供にプレゼントをあげたんですよ! 感動ですよ!」

「そうか。よかったな。俺の届け先は隣の家だ。次はお前が屋根で待っていろ」

 そう言って修二は素早く隣の家に移動すると、手際よく家に入り、プレゼントを置いてすぐに出てきた。

「流石隊長、早いですね」

「今日は雪だからな、このくらいのペースでやっていかないと間に合わないぞ。ところで何か変わったことはなかったか」

「それが、あれ……」

 真琴はこの家近くの道路からこちらを見る一人の男にカメラを向ける。ニット帽を被り、スノーゴーグルをかけ、マフラーで口元を隠した怪しい男。それがこちらをじっと見ているのである。

「十中八九、サンタ狩りだな。こちらから手を出すんじゃないぞ、天宮軍曹」

「勿論です」

 二人は男を無視しつつ、橇に乗って次の届け先へと向かう。

 プレゼント配達は順調そのもの。サンタ狩りの妨害に遭うこともなく、一つ一つプレゼントを届けてゆく。時々サンタ狩りらしき人間がこちらを見ていることもあったが、高い位置を維持していれば大抵あちらからは手出しできないのである。

「天宮軍曹、どうだ調子は」

 橇で飛びながら、修二は真琴に尋ねた。

「はい、最高です! 私今凄くサンタさんやってるって実感してます!」

「そうか。よし、次の届け先が見えてきたぞ。ここはお前の担当だったな」

「そうですね。あれ、この家……」

 急に真琴の表情が変わったのを、修二は見逃さなかった。

「知り合いの家か?」

「あ、はい。人間だった頃の友達です。四つ下の妹がいて、届け先はその子になってます」

 遂に来てしまった、真琴と人間の友人とのニアミス。修二に電撃が走った。

 自分が代わればとも思ったが、そうもいかない。彼女が東京でサンタクロースを続ける以上、これは避けて通れないこと。だからこそ、最初にそれを経験させるため田中将軍はこの町の担当を真琴に任せたのだ。

 これは彼女がサンタクロースを続けられるか否かの試練。修二はただ見守ることしかできない。

「行ってこい、天宮」

 修二は簡潔かつ静かに言う。

「了解です、隊長」

 真琴は橇の高度を下げ、友人の家へと近づく。子供部屋の窓からは、僅かに灯りが漏れていた。

 橇の音に気付いたのか、カーテンが開く。三年経ってもはっきりとわかる、真琴のよく知る顔だ。

(静菜……)

 永森ながもり静菜しずな、真琴にとっては幼稚園の頃からの友達である。懐かしい顔に、真琴の涙腺が潤む。

「サンタさーん、こっちこっち」

 静菜が真琴に向けて手を振る。真琴は橇を屋根に停めて、煙突で子供部屋に入った。昔何度も来たことがある、あの静菜の部屋である。

「サンタさん、妹はこちらに」

 静菜の手の先では、二段ベッドの下側で女の子が寝ていた。静菜の妹、由香ゆかである。

(由香ちゃん、大きくなったなぁ……)

 最後に会ったのは彼女が小二の時。三年という時の流れを、強く感じさせた。真琴はプレゼントを由香のベッド脇に置くと、ざっと部屋の中を眺める。

 由香が寝ていることもあって、部屋の灯りは机のスタンドだけである。机の上にはやりかけの問題集が置かれている。

(そっか、今こっちではみんな受験生なんだよね)

 小人の教育制度では、入学卒業が人間と半年ずれる。この時期真琴の同級生だった者達は、中三の冬という受験を間近に控えた日々を過ごしているのである。

 自分の受験は実技だけ見せて特例合格だったこともあり、今の真琴にとっては未知の世界であった。

(がんばれ、静菜)

 真琴機は静菜の肩に手を置いた後、ガッツポーズをしてみせる。

「応援してくれるの? ありがとうサンタさん」

 言葉を伝えられない分、身振りで応援の意思を示す。

「なんか、死んじゃった友達思い出すなあ……その子、サンタさんになりたいって言ってる変わった子なんだけどね」

 急にそんなことを言われ、真琴はドキリとする。

「あ、ごめんなさいサンタさん、まだ沢山配達があるのに引き止めちゃって」

 真琴は機体に首を振らせる。

「それじゃサンタさん、配達がんばってください。私も勉強がんばりますから」

 真琴機は頷くと、静菜に手を振りながら天井の煙突へと飛んでいった。

「随分と時間がかかったな」

 戻ってきた真琴を見て、修二が一言。理由はわかっていたが、修二はあえてそれを聞く。

「申し訳ありません!」

 真琴は一度涙を拭い、きりっとした顔で敬礼。

 と、そこで美咲から通信が入った。

「こちら梶村、サンタ狩りと交戦を開始します」

「先輩!」

「敵は倒しました。これより配達に戻ります」

 交戦開始を宣言した直後にこれである。

「加勢に行く必要は無かったようだな。よし、次の家に行くぞ……っと、この家は警戒が必要だな」

 モニターに表示された情報を、真琴は修二に言われて確認する。

 次に行く家は二世帯六人家族で暮らしている。届け先である五歳の男の子とその両親、父方の祖父母、そして男の子の伯父にあたる独身男性。

 そう、問題はこの独身男性である。この男性は以前は一人暮らしをしていたが、今年から両親及び弟夫婦と同居を始めている。そして、去年サンタ狩りに参加していた経歴があるのである。

「家族の手前サンタ狩りをするかどうかはわからないが、一度でも参加している以上警戒しない選択肢は無い。気を引き締めて行けよ」

「了解です」


 橇を対象の家の屋根横に停め、真琴はレーダー画面を注視する。家族六人の中に一つ、敵意を示す赤い点。やはりこの男はサンタ狩り。真琴は慎重に家に入る。二階の部屋を抜けて、一階の寝室へ。修二は二階に残ったまま、真琴の動きを見張る。

 子供用のベッドでは、対象の子供が頭まで布団に潜って眠っていた。両親はリビングにおり、寝ているのは子供一人だけである。

 真琴は神経を研ぎ澄ませながら、機体の手を袋の中に入れる。

 その時だった。子供の眠るベッドの下から、鋸を持った男が飛び出し襲い掛かってきたのだ。左手は袋を掴み、右手は袋の中。ハンマーを抜けないこの状態を狙っての奇襲であった。

 この男が寝室内にいることはレーダーでわかっていた。真琴機は袋の中に手を入れたまま鋸の一撃を避ける。プレゼントを掴まずに袋から手を抜き、ハンマーを掴む。あとはこれで叩くだけ。

 そう思った矢先に、想定外の出来事が起こった。布団の中からもう一人、先程まで寝ていたはずの子供が武器を手に飛び出したのである。

 真琴は初め、物音に驚いて飛び起きたのだと思った。だがその格好を見て、そうではないと察した。

「こらー! サンタさんをいじめるなー!」

 人間の子供から大人気のヒーロー、サイキョーマンのお面を被り、手に持ったDXサイキョーマンブレードでサンタ狩りをポカポカと叩く。伯父がサンタを狙っていることを知り、それを阻止するために寝たふりをして身構えていたのである。

「ちっ、このガキ……」

 サンタ狩りの手には鋸。このままでは子供に危害が及ぶ危険性がある。真琴は一瞬動揺したが瞬時に判断し、鋸を持つ手をハンマーで叩いた。落ちた鋸はすぐさまハンマーで叩き、安全な位置まで飛ばす。眠らされたサンタ狩りは横向きに床に倒れた。

 丁度一戦終えたところで、物音に気付いた子供の両親と祖父母が部屋に入ってきた。

「こ、これは一体……」

「おじさんがサンタさんいじめてた!」

 子供がお面を上げて素顔を見せ、両親と祖父母に訴える。

「兄さん……まさか!?」

 倒れているサンタ狩りと落ちている鋸を見て、両親と祖父母は察する。

「こんなことのために同居を望んでいただなんて……」

 息子の凶行に、祖父母は青い顔。

「申し訳ありませんサンタさん、兄がこんなことを……」

 深々と頭を下げて謝る両親に、真琴はこちらからも頭を下げる。

「ぼくがサンタさんまもったんだよ!」

 鼻息荒くして自慢げに言う子供。真琴ははっとして袋の中からプレゼントを取り出した。子供はぶんどるようにそれを受け取ると、包み紙をびりびりに破いて中を見る。プレゼントはロボットの玩具である。

「サイキョーマンロボだ! ありがとうサンタさん!」

 子供は目を輝かせてサンタに礼を言う。真琴はコックピットの中で、小さなサイキョーマンに敬礼。

「遊ぶのは朝になってからよ。今日は早く寝なさい」

「うん!」

 子供はそう言うと、DXサイキョーマンロボの箱を抱えたまま布団に入った。

 父親と祖父が二人でサンタ狩りを持ち上げて、寝室から出す。

「こいつはもう勘当だ。明日にもここを出て行ってもらおう」

 母親と祖母は、改めて何度も頭を下げていた。

 無事に危機を乗り切った真琴は、煙突から二階へ。

「上出来だ、天宮軍曹」

 修二はハンマーを手にしており、いざとなったらすぐにでも加勢に入れるようにしていた。

「はい、初めてのサンタ狩り戦、無事に勝利しました!」

 狭い部屋で、子供に危害が加えられないようにやらなければならない難しい戦い。にも関わらず、完璧な勝ち方を決めてきた。尤も今まで共に訓練をしてきた修二からしてみれば、彼女ならこんなことやれて当然という感覚であった。

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