第14話

 結局また二人は行く当ても無く歩き、広い公園があったのでとりあえずそこで休むことにした。

 自販機でホットドリンクを二本買った修二が、一本を真琴に手渡す。

「ほら、俺の奢りだ」

「ありがとうございます、隊長」

 修二はベンチに腰掛けて缶を開ける。

「いよいよ明日は本番なんですねー隊長」

「ああ、そうだな」

「今までずっと訓練を続けてきましたけど、明日ようやく私は子供達にプレゼントを届けられるんですね」

「ああ」

 そうやって話していると、真琴の足下にボールが転がってきた。

「すみませーん」

 少し離れた位置でボール遊びをしていた子供達が、こちらに手を振ってくる。

「はいはーい」

 真琴は立ち上がると、大きく脚を上げてボールを蹴った。ボールは大きく弧を描き、抜群のコントロールで子供達の場所に返る。

「おい天宮、また下着が……」

「あ、すみません。ついうっかり」

 真琴はスカートを押さえてベンチに腰掛けた。だがその後、急に真琴は遠い目をする。

「どうした、天宮」

「あ、実はボールを見て、死んだ時のこと思い出しちゃいまして。小さな女の子がボールを追いかけて公園から車道に飛び出して、それを見た私は……」

「やっぱり死ぬ時ってのは痛いのか?」

「そりゃ車に撥ねられたんですから、死ぬほど痛かったですよ」

「そうか……」

 ならばサンタロボの爆発で死ぬ際の痛みはどれほどのものだったろうかと、修二は高志の最期に思いを馳せた。

「一度死の痛みを経験したお前が、再び死の危険がある仕事に就いたということは自覚しているのか」

「勿論ですよ。軍人は常に死と隣り合わせだって、軍学校で嫌というほど聞かされましたから。それでも私はサンタさんになるのが夢だったので」

「……人間として生きることに未練は無いのか」

「うーん、ちょっとはありますけど……」

「本当は人間に戻りたいんじゃないのか」

 矢継ぎ早に質問を繰り返す修二。その勢いに真琴は少したじろいでいた。

「なんか、さっきから質問ばっかですね隊長」

「それで、どうなんだ」

「人間に戻るつもりなんてありませんよ! 私、お婆ちゃんになってもサンタさんやるつもりなので!」

「流石に年を取ったら引退しろ。というか上から引退を勧告される。サンタロボは老人の姿だが、現実のサンタやサンタロボパイロットは若者ばかりだ」

「そうですかー。それは残念です」

「まあ、お前がそこまで覚悟決まっていることには少し安心した。なら次はその覚悟を実力で見せてみろ」

 修二は不意に立ち上がる。

「丁度行きたい所が決まった。基地に戻るぞ」

「え、帰るんですか?」

 真琴は困惑しながらも、修二に付いてバス停まで向かった。


 再びエアバスに乗って、西東京支部へ。基地に入って二人が向かったのは、サンタロボの格納庫であった。

「すみません、今から模擬戦を行いたいので、私と天宮軍曹にサンタロボの使用許可を願います」

 その場にいた整備士長に、修二は尋ねる。すると、近くにいた若い整備士が慌てて駆け寄ってきた。

「ちょ、待ってくださいよ! 明日は本番なんですよ! せっかく完璧にメンテナンスしたのにそんな許可出せるわけないでしょう!」

 若い整備士はそう言うが、整備士長は考え込んでいる。

「なんか久しぶりですねー、荒巻君の我侭聞くのも」

 一人のベテラン整備士が言う。

「ここ数年すっかり大人しくなってたからね。無茶言って我々を困らせるのも懐かしく感じるよ」

 修二は顔が引き攣る。だが文句は言わなかった。昔のことを話されて恥ずかしい思いをするのも、一種の禊だと思って受け入れることにしたのだ。

「まあ、いいだろう。明日といっても明日の夜中だ。時間は十分にある。それまでに完璧にメンテしとくから、今は思う存分壊すがいい」

「ちょっ、整備士長!?」

「いえ、壊すつもりはないんですが……どうもありがとうございます」

 整備士長の許可を得たことで、修二と真琴は早速サンタロボに搭乗。

「行くぞ天宮」

「はい!」

 サンタロボは直立不動のまま、レールに沿って自動で進む。向かった先は東東京支部との模擬線に使われるシミュレーションルームである。

 二機のサンタロボは、向かい合って立った。

「すげーぞ、荒巻少佐と天宮軍曹が模擬戦やるんだってよ」

「世紀の天才対決だ!」

 一体誰が話したのか、観客席には自然とギャラリーが集まってきていた。

「ちっ、あいつら人を見世物みたいに」

「いいじゃないですか賑やかで」

「……まあ来ちまったもんは仕方が無い。天宮軍曹、俺をサンタ狩りだと思って本気で戦え。俺もお前を殺すつもりで行く」

「隊長……わかりました。本気で行きます!」

 真琴は決意を固め、操縦桿を強く握る。互いに催眠ハンマーを抜き、ハンマーヘッドを展開。ギャラリーのざわめき声の中、修二は通信で合図を出した。

「始め!」

 先に仕掛けたのは修二である。合図と同時に駆け出し、素早く間合いを詰める。先手必勝とばかりに振り下ろされたハンマーが、真琴機の頭を狙う。だが真琴は体勢を低くしつつ機敏に動かし、ハンマーの一撃を横に避けた。続けて、横薙ぎの一発。だがこれはハンマーの柄に防がれる。

 まずは互いに小手調べといった動き。二人とも後ろに跳んで下がり、一旦距離を取る。そこから間髪を入れず、互いに踏み込んだ。

 相手の突き出したハンマーにこちらもハンマーで突いて防ぎ、引いてすぐまた突き出す。互いに猛烈な突きの連打を繰り出し、突き同士のぶつかり合いが起こる。

 傍から見れば、その動きがあまりにも速すぎて互いの腕とハンマーが何本もあるようにさえ見えた。

 一件単調な動きに見えるが、それは人間の動きだと思って見るからである。コックピットの中での二人は、目にも留まらぬ速さで複雑かつ繊細に操縦桿とペダルを動かしているのだ。

 このまま突きの打ち合いが続くかと思われたが、先に違う動きを見せたのはやはり修二。本来であれば敵の人間を傷付けてはならないために封印すべき技、足払いを仕掛けたのである。

「!?」

 修二がまさかの行動に出たことに、真琴は対応しきれず動揺する。だが瞬時に、修二の言葉が頭を過ぎった。

 俺をサンタ狩りだと思え。お前を殺すつもりで行く。これはサンタロボ同士での模擬戦ではない。修二がサンタ狩りを演じて行う、実戦を想定した訓練なのだ。

 こちらは多くの禁じ手があるのに対し、あちらはルール無用の殺す気でかかってくる。それがサンタ狩りとの戦い。

 真琴はハンマーの柄を支柱にして機体の転倒を防ぎ、瞬時に体勢を立て直す。だが修二はその隙を見逃さず、居合いの如き動きで真琴機の胴を打った。

「決まった!」

 ギャラリーから声が上がる。これが模擬戦のルールであるならば、この時点で試合は決着である。しかし修二は更に追撃を加える。

「隊長!?」

「サンタロボの装甲なら、こんな攻撃一発喰らったところで壊されはしない。まだ続けるぞ」

 真琴が反撃に出たので、修二は後ろに跳んで躱す。

「こいつじゃ殺傷力が足りないな。こうしてみるか」

 修二はあえてハンマーヘッドを畳んで柄の中に収納。こうなれば催眠ハンマーはただの棒である。否、殺傷力を打ち消しているピコピコ部分が無くなったことで、これはむしろ攻撃力が上がっているのだ。それはさながら、サンタ狩りがよく使う武器である鉄パイプや金属バットを彷彿とさせる。

 修二機は踏み込み、棒の先端で突く。真琴機は横に避け、続けて放たれた横薙ぎをハンマーの柄でガード。スラスターを吹かせて修二機に接近し、頭めがけてハンマーを振る。

 カウンターで斜め下から振り上げられた棒の一撃。だが真琴は操縦桿を巧みに動かし、空中でスラスターのパワーと噴射角度を調節。流水の如く動き、すり抜けるように攻撃を躱して後ろへと回り込んだ。

 だがその時、修二は棒を一気に引き戻し、機体の脇腹横を通して後ろの真琴機を棒の反対側で突いた。当たった部分の装甲が剥がれる。

 修二機は振り返ると同時に、真琴機の頭部を打つ。コックピット内の真琴に衝撃が走った。

「た、隊長!?」

 だが修二の攻撃はこれで終わらない。そこから更に殺気立って何発も打ち込み、真琴機を破壊する勢い。

 凶暴極まりない昔の修二を髣髴とさせるその姿には、ギャラリーの面々も顔を青くしていた。

「うわあああああ! ヤベエよあいつ!」

「俺訓練生の頃あいつにボコられたことあったが、マジであんな感じだったぞ」

「完全にリンチじゃないか……天宮軍曹一体何やらかしたんだ……」

 真琴機は頭上に向けて大きくハンマーを振り、棒の連打を防ぐ。一瞬できた隙を利用して、真琴機は修二機の射程から抜け出した。

 全身から溢れ出る殺気に怯むことなく、真琴は身構える。

「ダメですよ隊長!」

 急にそう言い出したかと思えば、真琴機は走り出した。修二機は棒の先端を真琴機に向ける。狙いはエンジン部。もし貫かれれば機体の爆発炎上によりパイロットの死亡も考えられる場所である。

 誰もがこの凶行に戦慄する中、真琴機は修二機目掛けてハンマーを振り下ろす。二機の攻撃は同時。このままでは相打ち――否、攻撃力の差で真琴が一方的に打ち負ける。ギャラリーの誰もがその認識だった。

 しかし真琴は、寸でのところで得意のスラスター空中操作。体を空中で回転させ、後ろに回り込むと同時に回転の勢いで修二機の背を打った。

「サンタさんにそんなに殺気を持たせちゃダメです。サンタさんは優しいものなんですから」

 何かと思えば急にそんなことを言い出す真琴。修二は思わず緊張の糸が切れてしまった。

「お前という奴は……」

「えっと、これでこの訓練はお終いですか?」

「あ、ああ。俺に一発入れられたわけだからな」

 催眠ハンマーは人間が一発叩かれたら確実に眠る。つまりこれにて決着である。

「何はともあれお前の覚悟は見せてもらった。それほどにまでお前の夢に対する思いが強いこともな。明日もこの調子でしっかりやれよ」

 修二はそう言うと、ギャラリーから逃げるように急いでサンタロボを出口へと動かす。真琴もそれについていった。


「あちゃー、こりゃ随分と派手に壊してくれたなあ」

 格納庫に戻ると、真琴機の惨状を見た整備士長があんぐりと口を開けた。

 詳しく調べてみると、二機ともいかれた場所が出るわ出るわである。

「荒巻君が乗った後はいつものこととはいえ、マシンスペック以上の動きをしたことであちらこちら負荷がかかってる。天宮軍曹の機体はそれに加えて外装パーツもボロボロだ。壊すつもりは無いと言ったのはまったくどこのどいつだ」

 これは流石に文句を言いたくなるというもの。流石の修二も平謝りしていた。

「おーい、パーツ取り用のサンタロボ持ってこい。こいつは徹夜作業になるぞー」

「うへぇ……了解……」

 整備士達の嘆く声があちこちから聞こえた。

「二人とも意図的に性能を抑えたサンタロボよりも、もっとハイスペックな最新鋭機に乗るべき人材なんだがな……生憎今最も優秀なパイロットを必要としてるのがサンタ協会だってのが皮肉なもんだ」

 真琴機の壊れた装甲を外しながら、整備士長が言った。

「私は普通のバトルロボに乗るつもりはないですよ! サンタさんになるために軍人になったんですから!」

「そうだな、あんたみたいな娘が小人同士殺し合うような戦場に送られないことを俺も祈ってるよ」

 整備士達が必死にサンタロボを修理する姿を、修二はベンチに腰掛けて見ていた。

(やはり天宮に問題は無し……結局全部俺の杞憂か……)

 真琴と本気でやり合って、初めてはっきりと体感する彼女の才能。ヒット数で言えばこちらは数え切れないほどなのに対し、相手は最後の最後でたった一発。しかし超天才・荒巻修二に一撃喰らわせたというのがどれほどのことか、この基地にいる者で理解できぬ者はいない。今頃ギャラリーの間ではとんでもない騒ぎになっていることだろう。

 彼女の中では、二度目の死への恐怖よりも夢への希望の方が勝っている。サンタロボの背中からコックピットに伝わった衝撃は、彼女の覚悟を何よりも感じさせたのだ。

(だが何故だ……未だに心に残るこのもやつきは……)

 そこまでやったにも関わらず、修二の中では煮え切らない思いがあった。その理由を考えるとすれば。

(天宮ではなく俺自身が原因、か――)

 未だ消えぬ、矢野高志戦死のトラウマ。どうしても真琴と高志が重なって見えてしまう。

(本当に覚悟が足りていなかったのは、俺――)

 胸が締め付けられる。急に手が震えてきた。

(俺は一体どうしたらいい。どうやったら乗り越えられる)

「隊長?」

 突然、真琴が修二の顔を覗き込んできた。

「うおっ!?」

 急に美少女から顔を近づけられたので、修二は驚いてひっくり返りそうになった。

「な、何だ天宮軍曹」

「あ、いえ、なんか隊長の様子変だなと思いまして。もしかして、私のサンタロボ壊しちゃったこと気にしてます?」

「あ、いや……」

「せっかく私にとって最初のサンタさんですから、本番前にこうなっちゃったことは残念ですけれど……でも隊長が私のためを思ってやってくれた訓練ですからね。シミュレーションや模擬戦では出せない緊張感があって、とても勉強になりました! だから、そんなに落ち込まなくたって大丈夫ですよ!」

 そう言って励ますも、修二が黙ってぽかんとしているので真琴は首をかしげた。

「あれ、もしかして違いました? あっ、じゃあ私が隊長にダメですよって言ったこと……す、すみません上官に対して注意なんかしちゃって! 私ったらつい……」

「いや、そういうわけでもないんだ。あれはお前のサンタクロースに対する思いを知ってる分理解のできることだ。今更叱る気も問題にする気も無い」

「そうですか。よかったぁ」

「俺のことは気にしなくていい。その、何だ、派手に壊して整備士長から叱られたことで、また昔の恥ずかしいこと思い出しただけだ」

 適当な嘘を言って誤魔化すも、真琴の頭上に浮かんだ疑問符は取れていない様子だった。

「……隊長ってば、本当ヤンキー時代のこと思い出すのヤなんですね。私もあんまりその時のことに触れないよう気をつけますね」

 だが今となっては、高志の死の方が遥かに思い出したくないことと化している。そしてそれは、真琴と接しているだけで自然と思い起こされてしまうのだ。

「天宮軍曹、明日は本番だ。今日はゆっくり休め」

「そうですね、そうします。整備士の皆さん、私のサンタロボを宜しくお願いします」

「おう、明日の夜までには完璧に仕上げとくよ」

 真琴は丁寧に挨拶して格納庫を出て行った。修二はそれから少しして立ち上がる。

「では、私もこれにて失礼します」

 飲みに行きたい気分だったが、明日に酔いを残すわけにはいかないので今日は酒を控えることにした。

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