第9話
五試合全てが終了し、後片付けを終えたら閉会式である。
「えー、本日は両軍とも実に良い戦いぶりを見せてくれた。こんな良い勝負を見せられると、わしも久々にロボを操縦したくなってくるわい。わしはこう見えて若い頃は戦場の大魔王として恐れられたものでな……」
田中将軍の話が脱線し出すと、隣に立つ麻田将軍が不機嫌そうに咳払いした。
「えー……そうじゃ、今日のMVPを発表せねば。今日のMVPは……西東京支部、大島隊の佐久間香澄大尉じゃ。佐久間大尉、こちらへ」
選ばれたのは二連敗で迎えた中堅戦、他の三人が倒された中最後まで残って敵を倒し、どうにか首の皮一枚繋いだ隊員である。佐久間大尉は照れくさそうに壇上に上がる。
「海道隊と荒巻隊の見事な勝利も、彼女が勝ってくれなければただの敗戦処理でしかなかったからのう。では諸君、佐久間大尉に盛大な拍手を」
西東京勢から大きな拍手が、東東京勢から普通の拍手が上がる。真琴は目を輝かせながら拍手していた。
「凄いですね! なんだかドラマチックです!」
「隊長は過去三回くらいMVP取ってるんだよね」
「そうなんですかー」
真琴は修二の方を向く。
「大概将軍がその場のノリで決めてる賞だ。大した意味は無い」
「もー、隊長はすぐそうやって冷めた反応するんですから」
真琴は呆れて頬を膨らませた。
夕焼けの中を飛ぶ帰りの輸送機。修二は窓の外の景色を見ながら、こんなことを皆に尋ねた。
「お前達、どうだった今日の試合は」
「色々と勉強になりました!」
真琴が手を挙げて言う。
「そんな当たり障りの無い感想を聞いているわけじゃない。あいつらと戦ってみて、実際強かったのか?」
「なんか、前評判ほど強くなかったっスね。どうにも隙が多かったっていうか、むしろ他の試合に出てた部隊のが強そうに見えたっていうか」
和樹が正直に答える。
「あたしもそう思った。あいつら調子悪かったんですかね?」
疑問に思ったことを尋ねてみた修二は、二人の反応を聞いて確信を持った。
「やはりお前達もそう思うか。久瀬は流石にしっかりと仕上げてきていたが、他の三人は直接戦っていない俺ですら判るくらいにまるで駄目だった」
「あ、やっぱりそうだったんですか。私もちょっと動き変だなーとは思ってました」
「あの動きには身に覚えがある。俺の実家には父や祖父の乗っていた新旧のバトルロボが色々と置いてあってな。ハイスペック機を動かした後同じ感覚でロースペック機を動かそうとすると、機体が操作についていかずああいう動きになるんだ」
「てことはやっぱり……」
美咲は通信で聞いた池沢少尉の愚痴を思い出す。
「ああ、東ではよりスペックの高い新型のサンタロボを開発していて、久瀬隊はそのテストパイロットを任されていたのだろう。合同演習では公平なゲームをするために現行機を使用したが、体が新型機に慣れきっていたために思うような動きができなかった。それが久瀬隊の不調の原因だと、俺は思っている」
「ほえー……」
真琴は間の抜けた表情で人差し指を唇に当て、修二の話を聞いていた。
「本番の日には新型機をこの目で見られそうね。あーあ西にも回してくれないかなー新型機」
「あのケチなハゲ将軍だからなー、暫くは東東京支部で独占するつもりなんじゃないの?」
「へー、あの頭つるつるした将軍さん、ケチなんですね」
「麻田将軍は自分の属する組織や集団を第一に考え、逆にそれ以外を極度に軽んじる人なんだ。お前達も聞いただろう、あの応援団の露骨なブーイングを。今や東東京支部全体があの将軍に毒されてるようなものだ」
「やっぱりトップの性格って組織全体に影響するものなんですねー」
真琴は暢気にいびきをかいて寝ている田中将軍に目線を向ける。
「確かに田中将軍でなければ、お前のようなわけのわからない経歴の奴を雇いはしないだろうな。軍学校で散々問題を起こした俺にも言えることだが……」
「そういえば隊長と久瀬少佐は軍学校のお友達だったんですよね」
「友達か……言いえて妙だな」
修二は久瀬を少なくとも友達ではないと認識しているが、はっきりと否定はしない。
「他の連中は皆俺を恐れるか敵視していたが、あいつだけは俺を対等なライバルとして見てくれていた。訓練生活を共にした者の中では、あれでも最も友に近いと言えた存在ではあったかもしれない」
「なんかよくわかんないですけど……一番仲良かったんですね」
「天宮軍曹、お前はどうだったんだ。一人だけ浮いてたりはしなかったか」
「私ですか? 私は友達沢山いましたよ。皆さんとてもいい人で、一人だけ年下の私とも仲良くしてくれました」
「そ、そうなのか?」
「はい、卒業後は別々の基地に行ってしまいましたが、今でもよく連絡を取り合ってるんです」
真琴はそう言いながら、スマートフォンを取り出し友達の写真を見せた。
「特別扱いされる奴ってのは何かとやっかみも受けるだろう。寮で同室の連中から嫌がらせとかはされなかったのか」
修二はまだ信じられないとばかりに、質問を続ける。
「あ、それは最初はされましたよ。靴に画鋲入れられたり、お風呂上りに着替え隠されたり、おトイレ中に上から濡れた雑巾投げ入れられたり……寝ている時にバリカンで髪の毛刈られそうになったこともありましたね」
「うわっ、えげつな……」
和樹はドン引き。
「いやー、あの時はあやうく尼さんになるとこでしたよ。間一髪逃げられたんですけどね。髪だけに」
「お前よく笑ってられるな……」
軍学校時代の修二だったなら、そんな連中は半殺しにしていたことだろう。
「でも、ちゃんと皆さん話せばわかる人達でしたよ。寝食を共にし訓練で汗を流し、一緒にお風呂に入っておっぱいさわりっこしたりしてたら自然と仲良くなれました!」
何も考えてなさそうな笑顔で、真琴は言う。
「それに、皆さん軍人を志す訓練生なんですよ。ただでさえ女性の軍人はそんなに多くないんです。平和を守るために軍学校に入るような女の子達が、悪い人なわけないじゃないですか!」
このまるで疑いを知らんとばかりの純真な目。くすんだ心の修二は直視できずに目を逸らした。
「……やはりお前は軍人には向いていない」
「たとえ向いていなくても、私はサンタさんになるのが夢ですから!」
まっすぐ修二の方を見て、ピシッと敬礼。修二は黙ったまま、また窓の方を向いた。
十二月。いよいよクリスマスシーズンが到来し、西東京支部に年中あるクリスマスの飾りに違和感が無くなる時期。
それも半ばに入りいよいよ本格的にクリスマスが近づいてきたある日、荒巻隊は真琴のたっての希望で基地内のとある部署の見学に来ていた。
「黒柳のおっちゃーん、やっほー」
荒巻隊の方を見た初老の男性に、美咲が挨拶する。
「お待ちしてましたよ。そちらのお嬢さんが噂の天才少女ですか」
「天宮真琴軍曹です、宜しくお願いします!」
真琴は元気良く挨拶し、敬礼。
「プレゼント管理部長を務めさせて頂いております、
黒柳は物腰柔らかに頭を下げる。
彼は軍人ではなく民間人である。サンタ狩りとの戦闘に関わらない部署では、現在もこのように民間人の職員が多数働いている。
「すみません、こんな物凄く忙しい時期に」
「いえいえ、むしろ私の都合のつく日が今日だったもので。では、私が皆さんをご案内致しましょう」
修二達は黒柳の後に続く。真琴はこれから先に待つ夢の世界に、胸が高鳴った。
案内されて着いたのは、何やら事務室のような場所であった。作業をする人達の机の上には沢山の手紙が置かれており、さながら郵便局のようである。
「ここは、子供達の書いた手紙をチェックしている場所です」
黒柳の案内で、真琴は一人の職員の作業を見る。職員が広げた手紙には子供の拙い字で名前と欲しいプレゼントが書かれている。職員は手元の機械で手紙をスキャンし、パソコンにデータを入力する。自動的に名前が照合され、表に住所が表示された。続いて、現在この支部にあるそのプレゼントの在庫数が表示された。
「これでこの子のプレゼントは確定。人気の商品だから十分な数を仕入れてありますね」
「へー、他にはどういうのが人気なんですか?」
「これが今年の人気どころです」
黒柳はタブレットを一つ、真琴に手渡す。その画面には、手紙に書かれていた件数の多いプレゼントがリストアップされていた。
「なるほどー、今人間の間ではこういうのが流行ってるんですね。あっ、このゲーム新作出てたんだ。いいなー、私も遊びたいです」
「クリスマスミッションの後にはボーナス貰えるし、それで買うといいわよ」
小人の社会では独自のゲーム機やゲームソフトが開発され広く普及しているが、それとは別に人間製のゲームも流通している。しかし縮小にかかるコストもあって値段は割高であり、一部のゲームマニアが買うに留まっている。
真琴は人間だった頃からゲーマーであり、軍学校でも小人製のゲーム機を購入して寮でよく遊んでいた。しかし人間製のゲームに関しては情報が殆ど入ってこないこともあり、すっかり疎くなっていたのである。
「そうですねー、久しぶりに人間のゲームをやれるの、とっても楽しみです!」
真琴が人間製のゲームの情報に夢中になっていると、ふと近くの席から職員達の話す声が聞こえてきた。
「あー、この玩具また追加か。もう在庫無かったよな」
「発売直後はこれを書いた手紙あんまり無かったのに、ここ最近になって急に増えたな。一度出した手紙をキャンセルしてこれに変えるって内容のも来てるし」
「テレビの販促番組で急にこのキャラが活躍でもしたのかねぇ? こっちじゃ放送されてないから知らないけど」
子供の欲しがる玩具というのは、日々変わりゆくもの。サンタクロース協会では一度手紙で頼んだプレゼントの変更をいつでも受け付けている。
「そういえば、在庫が無い時はどうするんですか?」
「それはこちらで」
真琴の質問に、黒柳はすぐ答える。黒柳が紹介した机では、パソコンの画面に人間の通販サイトが表示されていた。
「ここでプレゼントを仕入れるんですよ」
「普通に人間の通販サイト使ってるんですね」
「そりゃあ人間の商品ですからね。仕入れたプレゼントは向こうの部屋で縮小しています」
黒柳は後ろの窓に手を向ける。そこからは工場のような場所が見え、沢山の巨大なプレゼントがベルトコンベアで運ばれていた。プレゼントは運ばれた先で縮小光線を当てられ、人間サイズから小人サイズになってゆく。
「人間サイズのままでは大きすぎて倉庫に入りきりませんからね」
「なるほどー」
縮小されたプレゼントは今度は包み紙でラッピングされ、届け先のタグを付けた後、配達する地区毎に分かれた倉庫へと運ばれてゆく。
「あ、向こうで面白い手紙があったみたいですよ」
そう言われて真琴達はまた手紙の置かれた机へと戻った。どんなものか見てみると、その手紙はこのような内容であった。
『うちの子にはお受験用の問題集と参考書をお願いします。間違っても玩具やゲームなんかを与えないでください』
「いるんだよねーこういう親」
和樹が苦笑いして言う。
「で、どうするんですか?」
真琴が不安そうに黒柳を見る。
「勿論我々は子供達の欲しい物を何よりも優先します。まだ字の書けない子供もいますから親の代筆自体は認められていますが、この子はもう幼稚園の年長さん。それに私立小学校を受験するとあれば普通に字を書けると考えるのが自然。本当に子供がこれを欲しがっているのかどうか、非常に疑わしいところです。こういう場合は、隊員の皆様に調査をお願いします」
「待ってました!」
真琴はぐっと両手でガッツポーズした。
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