第10話
黒柳から資料を受け取った荒巻隊は、その日の夜トナファイターの格納庫に移動した。
サンタクロース協会が子供達に配るプレゼントは、基本的にはサンタポストに投函された手紙によって決められる。しかし手紙の内容に不備がある場合や内容の真偽が疑わしい場合、そしてイブ当日が近づいても手紙が提出されない場合は、隊員が直接出向いて欲しいプレゼントを調査することとなっている。
そしてこれこそが、トナファイターの本領を発揮する任務なのである。
本日調査するのは、先程見た手紙の家を含む四件。修二・真琴ペアと美咲・和樹ペアに分かれ、各二件ずつ担当する。
早速発進した四機のトナファイターは、冬の夜空を暫く飛んだ先で二手に分かれた。
「天宮軍曹、一件目の場所はわかっているな」
「はい、こっちですね」
修二と真琴は操縦桿を傾け、目的地へとトナファイターを飛ばす。一件目の調査対象は、小学五年生の女の子。手紙の内容が曖昧で欲しいプレゼントがはっきりしないため、調査をすることになったのである。
目的地が見えてきたら、周囲の安全を確認しながら高度を下げてそちらに近づく。目前まで来たら、レーダーで対象の子供の位置を確認。その子供のいる部屋の位置まで行って、赤鼻から透過光線を放ち小さな煙突を壁面に設置した。
「これより人間の家屋に進入する。我々の姿は人間には視認されない。それ故の危険は予測できているな」
「勿論です。安全確認は何よりも大事、ですよね!」
「よし、では進入!」
二機のトナファイターは煙突をくぐり、巨大生物の棲む魔境へと足を踏み入れる。
煙突を抜けた先、そこは脱衣所であった。調査対象の女の子が、これから入浴しようと服を脱いでいる。
「一旦退避ー!」
修二は慌てて旋回し、煙突から外に出る。真琴もそれに続いた。
「何何隊長ー、もしかして女の子のお風呂とか突撃しちゃいましたー?」
修二の退避命令が通信で耳に入った美咲が、面白がって声をかけてくる。
「見事に正解です先輩」
真琴が答えた。
「ああいうのは極力見ないようにしてすぐに退避だ。人間だって恥ずかしいところを見られたくないのは一緒だからな。ただし、慌てて周りの安全確認を怠ることがないようにだ」
「あっ隊長ー」
和樹から通信が入る。
「こないだバーで立川大尉が、そういうの見たらこっそり撮影して帰ったらズリネタに使ってるって自慢げに言ってましたよ」
「馬鹿な奴だ。立川は確か杉内中佐の隊だったな。帰ったら中佐に報告して懲戒処分にしてやれ」
「りょーかーい」
かく言う修二も軍規違反上等だった十代の頃、調査ミッションの最中に調査対象の姉と思わしき二十代ほどの女性の入浴に偶然遭遇したことがあり、寮に帰った後思い出して使用したことがある。
酒に弱いことには自覚があり、いつか自分も酔ってうっかり暴露してしまわないか少し不安になった。
「あのー隊長、ズリネタって何ですか?」
「お前は知らんでいいことだ」
素で疑問に思ってそうな顔で尋ねてくる真琴に対し、修二は適当にはぐらかす。
「それはねー真琴ちゃん」
「梶村! お前も教えんでいい! お前らさっさと自分の仕事に戻れ!」
「りょーかーい」
気の抜けた返事で通信が切れた。
「天宮軍曹、とりあえず俺達は調査対象の部屋に向かうぞ」
「了解です、隊長」
空中に静止していた二機のトナファイターは旋回し、二階の子供部屋へと向かう。先程と同じく壁に煙突を設置し、無人の子供部屋に進入。
修二はモニターから部屋内を見回す。いかにも女の子の部屋らしく、可愛らしい小物やぬいぐるみがそこかしこに置かれていた。
そんな中で目に付いたのは、勉強机の上に置かれた一冊の本である。近づいて見てみると、小学生向けのファッション雑誌。上部には付箋が一枚付いていた。
「これはひょっとすると当たりかもしれませんね!」
「ああ」
修二は操作パネルに指で触れ、雑誌に向けて赤鼻からスキャン光線を投射。付箋の貼ってあるページを機内のモニターに映し出した。そのページに載っているものの一つに、ペンで丸が付けてある。
「当たりでしたね!」
「小学生向けのコスメか。この年頃の女子にはありがちだな」
「あ、私これ持ってました。友達に合わせて買っただけでそんなに使ってなかったですけど」
子供達の間ではこんな噂がある。サンタクロースから本当に欲しいプレゼントは、クリスマスが近づくとさりげなくアピールしておくべきだ。サンタクロースはいつもどこかで見ており、親に書かされた手紙よりそちらを優先してプレゼントしてくれるのだと。
どこかの小学校で言われだしたのが全国に広まった形であり、根も葉もない噂だと馬鹿にする子供も中にはいる。だが事実、こうして本当に欲しいプレゼントを調べに修二達はやってきた。噂は真実であり、彼女の作戦は大成功だったのである。
修二はスキャンしたページを資料として持ち帰るため、データとして保存。もうこの家に用は無いので、すぐに旋回して煙突から出る。
「まずは一件完了だな。天宮軍曹、次はお前にやってもらうぞ……どうした、天宮軍曹」
いつも馬鹿みたいに明るい真琴が妙に浮かない顔をしているので、修二は尋ねた。
「す、すみません! つい人間だった頃の友達のことを思い出してしまいまして……」
「俺の話は聞いていたか?」
「はい、次は私がやるんでしたね! がんばります!」
夜空に向けて飛び立つ二機のトナファイター。二件目は今日プレゼント管理部で見た手紙の、幼稚園年長の男の子である。
真琴が先頭に立って、マップに表示された目的地まで一直線に進行。
「あそこですね」
向かった先のマンションで、目的地の部屋に煙突を設置。子供部屋に進入した。
部屋では母親が監視する中、子供が机に向かって勉強をしていた。
「ターゲット発見です」
「天宮軍曹、今回俺は極力手伝わない。お前一人の力でやってみろ」
「了解です」
修二機は煙突すぐ近くの位置で静止。真琴機は部屋上部中央まで飛んで静止した。
「さてさて、何か手がかりになるものは」
部屋を見渡すも、子供部屋にしては妙にシンプル。玩具の類はどこにも見られない。
「なんか、随分と殺風景な部屋ですね」
「たまにいるんだよな、こういう親」
修二は自身の生まれた家庭に思いを馳せる。立派な軍人になれと勉強を強制させられてきたのが、グレた一因と言えるのかもしれない。この子供もそうならなければよいがと心配になった。
真琴は部屋全体にスキャン光線を当てる。
「あ、押入れの中に玩具がありました。お勉強中はしまっておくだけみたいですね」
押入れに近づいて、更にスキャン光線を当てて詳しく調べてみる。確かに玩具はそれなりの数があるものの、年長の子供がというよりはもっと小さな子供が持つような玩具が多い印象であった。
「うーん……最近あんまり玩具を買ってもらってないって感じがしますね。高そうなマンションに住んでるのに」
「小学校受験を高校や大学と同じ感覚で考えてるんだろ。娯楽を無くして勉強に集中させるっていうな」
「うーん、特別こういう玩具が好きっていうのはあんまりなさそうですね。本人に聞ければ楽なのですが」
真琴は機首を子供に向ける。母親がしっかりと監視しており、隙が無い状態である。
「とりあえず、お母さんがこの場を離れるのを待ちましょうか」
部屋を飛び回って何か手がかりがないか探しつつ、真琴は子供が一人になるのを待つ。
「あのー隊長、こういうおうちの場合、せっかく子供が望むプレゼントをあげても捨てられちゃったりするかもしれないんですよね。なんだかやるせないです。そういうのって、どうにか対策できないんでしょうか」
子供がサンタから貰ったプレゼントを捨てたり売ったりする親は昔から多い。それが親の望まないプレゼントだった場合は尚更である。
人間の間では「サンタは良い子の所にしか来ない」という話がある。実際は良い子にも悪い子にも平等に望むプレゼントをあげるのだが、親は子供が良い子になるようそんな嘘をつく。
今でこそ教育のためどこの親も当たり前に使うようになったこの話だが、その発祥は子供がサンタから貰ったプレゼントを捨てたり売ったりした親が言い訳に使ったものだという。悪い大人が作った嘘が良い子を作るために広まるとは、何とも皮肉な話である。
「確かにせっかくのプレゼントを捨てられるのは勿体無いが、我々は人間同士の関係性には不干渉が原則だ。たとえ捨てられようが売られようが、そういうものだと割り切るしかない」
修二はそう言うが、真琴は黙々と机に向かう子供をじっと見つめていた。
少しして、母親が部屋を出て行った。見張りがいなくなっても子供は勉強を続ける。
「あ、チャンス到来です」
この機会を逃すわけにはいかない。真琴は機体を子供に近づけた。トナファイターはサンタロボと異なり、人間からは視認されない。ならばどうやってコンタクトを取るか。
真琴は機体に積んだ一枚の紙を机の上に投下、それと同時に赤鼻から紙に光線を当てた。通常の縮小解除光線とは異なり、この光線は縮小を解除して人間用のサイズにすると同時に、人間が視認できるようにする効果もあるのである。
机の上に落ちた紙を、子供は見る。紙には「サンタさんからほしいプレゼントをかいてね」と印刷されている。
悲しげだった子供の表情が、ぱっと明るくなった。子供は早速、手に持っていた鉛筆で欲しい物を書き始める。
子供が書き終えたところで、真琴は再び紙に光線を当てて縮小と同時に人間には見えなくする。これは子供からすれば、紙がすっと消えたように見えている。その後ロボットアームで紙を回収。これにて任務完了である。
紙に書かれていたのは、今大人気のゲーム機であった。
「ゲームか……受験の大敵だな」
修二がそんな言葉を漏らす。
「欲しがってるならいいじゃないですか! ゲーム最高ですよ!」
「ああ、捨てられようが本人のためにならなかろうが、欲しい物をやるのがサンタクロースの理念だからな」
棘のある言い方だが、結局それが事実なのである。
「さあ、戻るぞ天宮軍曹」
「了解です」
用が済んだらすぐに引き上げ。二人はまた夜空へと飛び立つ。
「梶村准尉、坂本曹長、こちらは無事完了した。そちらはどうだ?」
「はい、こちらも完了したところです」
「よし、ならば合流するぞ」
修二は美咲と和樹に連絡をとり、合流地点へと舵を切る。
「天宮軍曹、任務は無事終わったな。今日はよくやった。だが最後まで気を抜くなよ」
「はい、鳥さんに気をつけないとですね!」
小人のサイズ感からすれば、たかだかカラス程度でも巨大な怪鳥である。トナファイターと衝突すれば大事故は避けられない。
美咲機と和樹機の位置をレーダーで捕捉しつつ、程よい場所で合流。
「お疲れー真琴ちゃん。どうだった?」
「はい、うまくできました!」
「それはよかったわ。さ、帰ろ帰ろー」
四機はフォーメーションを組んで西東京支部へと向かう。
「どうした、天宮軍曹」
少し飛んだところで急に真琴が優れない表情をするので、修二が尋ねた。
「あ、いえ、何でもないです」
「この付近を飛ぶといつもそういう顔をするな。気付いていないとでも思ったか」
「あ……」
「真琴ちゃん、もしかして……」
「……はい、この辺りは、人間だった頃に住んでいた町なんです」
「なるほどな、まあそんなところだろうとは思っていたが」
「久々に故郷の辺りを通ると、なんとなく寂しい気持ちになるのは別に普通っスよ天宮ちゃん。僕も正月には実家に顔出しに行かないと……」
「ちょっと坂本!」
美咲に注意され、和樹ははっと気が付く。今の真琴は、そうやって実家に顔を見せに行くことすらできない身なのである。
「あっ……ごめん天宮ちゃん、別にそんなつもりで言ったんじゃ……」
「いえ、お気になさらず。小学生の女の子のお部屋に入ったからですかね? つい普通の小学生だった頃のことを思い出してしまいまして」
「しっかりしろよ。帰るまでが任務だからな」
「勿論です、隊長!」
真琴はきりっと気を引き締め、敬礼してみせる。
「ならば良し」
修二はそっけなく返すと、エンジンを吹かし飛行速度を速めた。
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