第7話

 本番一ヶ月前の十一月二十四日、一つのイベントが行われる。東東京支部との合同演習である。

 サンタクロース協会は、アメリカに本部を持つ組織である。日本においては各都道府県に最低一つずつの支部を置いてプレゼント配達を行っている。東京都の場合は配達件数が多いことから、東西で分割し二つの支部を置いている。

 東西の合同演習は毎年の恒例行事である。昨年は西での開催だったため、今年はこちらが東に向かうこととなっている。

 合同演習ではそれぞれ五部隊ずつ選出し、一部隊ずつの対戦を五回行う。修二は入隊以来毎年代表に選出されており、海道隊時代から昨年に至るまで負け無しであった。

 昨年は三勝二敗で西が勝利しており、毎年修二のいる部隊が確実に一勝を取っていくことから全体的に西の方が勝率が高かった。勿論今年も、荒巻隊は代表に選ばれている。

「はぁ~、今年は東開催かぁ。あそこ苦手なんスよね、なんか雰囲気重くて」

 二十機のサンタロボを載せた輸送機の中で、和樹が溜息をついて言う。

 東京都内の移動でも、小人のサイズからしてみたらかなりの長距離である。東東京支部には、大型高速輸送機を用いての空路での移動となる。

「そんなこと言ってる場合か。西東京支部の威信にかけて、今年も勝つぞ」

「他の支部に行くのは初めてなので、ワクワクします!」

 対して真琴はいつもの調子で気楽にしていた。

「あそこは新装備の開発に力を入れてるからねー、あたしはそれが楽しみかな」

「先輩ほんとそういうの好きですねー」

「あ、東東京支部が見えてきたよ!」

 和樹が窓の外に見える空中要塞を指差す。

「あれが東東京支部……西東京支部とは随分違うんですね」

 基地の建物そのものがクリスマスツリーに見立てた形状をしている西東京支部に対して、東東京支部はいかにも実用性を重視し防衛能力に優れた形状をしている。何も知らない人が見たら、これをサンタクロース協会の建物だとは思えないだろう。

「東も以前はうちと似たようなものだったんだが、司令官を務める将軍が変わってから大幅に改築されてな、民間時代の面影を全く残さないくらいの別物になったんだ」

「そうなんですか。やっぱり支部によって色々と違うんですね」


 東東京支部に着艦した輸送機は、レールに沿って自動で格納庫に入る。

 輸送機から降りた修二達を出迎えたのは、東東京支部の司令官と二十名の代表パイロット達であった。

「お待ちしておりました、西東京支部の皆さん」

「うむ、君も元気そうで何よりじゃ」

 田中将軍が前に出て、東の司令官とにこやかに握手をする。

 握手をしているにも関わらず険しい表情を変えない、この厳つい顔をしたスキンヘッドの男こそ、東東京支部司令官を務める麻田あさだ源吾げんご中将、五十七歳。

「今日は宜しく頼むよ、麻田将軍」

「ええ……今年は勝たせてもらいますよ。ところで田中将軍、西では相変わらずあの古臭い機体を大事に飾っているのですかな?」

「そりゃあ勿論。あれは西東京支部のシンボルじゃからな」

「いけませんなあ、あんなものはさっさと溶かして新型機のパーツにでもしてやった方が有意義だというのに」

「君は毎年毎年飽きずに同じことを言うのう。うちはサンタクロースの伝統を重んじる方針だと言うとるじゃろ。わしだってサンタらしく見えるように髭を毎日整えるし、この腹だってサンタらしく見せるためわざと太っとるんじゃ」

 それはただのビール腹だろと、その場にいた誰もが心の中で突っ込んだ。

「……まあいいでしょう。どちらの方針が正しいかは実力を見ればはっきりするというものです。では参りましょうか」

 挨拶も早々に切り上げ、西東京の面々は案内についていく。

 東東京支部の基地内は無機質で重苦しい雰囲気が漂っており、西東京支部で至る所にあるようなクリスマスの飾りはどこにも見られない。

「なんか、ごくフツーの軍事基地って感じですね」

 キョロキョロと辺りを見回しながら、真琴が言う。

「うちは将軍の言うように伝統を重んじ民間時代の空気を色濃く残す方針なのに対し、東は軍が中心になってやっていく以上軍の色に染める方針だからな」

「軍学校時代に見学した基地を思い出しますねー。ここはサンタロボよりバトルロボが似合いそうです」


 案内された先の中央ホールで、一先ずは歓迎会。ホールの雰囲気も西と比べて飾り気が無く、西の面々は食事中もどことなく緊張していた。

「よう、荒巻」

 修二が真琴に色々と説明していると、銀髪の男が声をかけてきた。

「久瀬か」

 東のエースパイロットである久瀬くぜ辰則たつのり少佐、二十六歳である。

「元気そうじゃないか。昨年のクリスマスミッションで婚約者が亡くなったと聞いていたが」

「お前のように近しい者が一人死んだくらいでいつまでもくよくよしているような腑抜けたメンタルではないのでな」

 久瀬から煽られるも、修二は表情を変えない。

「隊長のお知り合いですか?」

「ああ、軍学校時代の同級生だった奴だ」

 学年こそ同じだが、修二が特例として低い年齢で入学したため歳は修二より三つ上である。

「荒巻、去年はお前と戦えなかったが、今年こそは勝たせてもらう。田中将軍のことだ、わざわざ俺の隊にお前の隊をぶつけてくるんだろう?」

「ああ、そう聞いている。去年俺の隊は露骨に捨て試合感漂うザコと戦わされて、新人に教えられるものが何も無かったからな。今年はお前達が相手で助かるよ」

「お前のところの新人が死んだのはうちの支部のせいだとでも?」

 久瀬は気を悪くして修二を睨む。

「いや、そう言いたいわけじゃない。矢野准尉が死んだのは全部俺のせいだ」

 修二は俯き、拳を握り締める。その様子を見て、久瀬は鼻で笑った。

「フン、本当に変わったな荒巻。今のお前には全く負ける気がしない」

 そう言って久瀬は修二に背を向け、その場を去った。

「あの方は随分と隊長をライバル視されてるようですが」

「彼は隊長が卒業した年の首席卒業生だよ。隊長が素行不良で首席を外された結果繰り上がりで選ばれたね」

「なるほどそういうことですか」

「一回も隊長に勝ったこと無いらしいよ。それでいて肩書きだけの首席。そりゃあ悔しいだろうさ」

 早足に去る久瀬の背中は、どことなく哀愁を感じさせた。

「そういえば婚約者を亡くされたと言っていましたが……」

「同じ東東京支部に勤めていた佐野さの由香里ゆかり少尉――今は二階級特進して大尉だったわね。久瀬少佐の恋人で婚約者だったんだけど、去年のクリスマスミッションで戦死したのよ」

「それはお気の毒に……」

「だがそれと今回の模擬戦とは関係ない。同情して油断することがないようにな」

 修二が厳しく言う。

「それに僕らだって、去年大切な仲間を亡くしてるんだ。同情されるという観点ではイーブンだよ」

 和樹が自信満々に言う。

「くだらないこと言ってるんじゃない」

 修二に一喝され、和樹は引っ込んだ。


 歓迎会が終わったら、合同演習が開始。二人の将軍が見守る中、シミュレーションルームに両軍が立つ。

「東東京支部、大島隊」

 以下、隊員四名の名前が読み上げられる。

「西東京支部、柴崎隊」

 同じく、隊員四名の名前が読み上げられる。

「試合、開始!」

 合図と共に、両軍が動き出した。

「ふぉっふぉっふぉ、今年はいい勝負が見られそうじゃのう」

 オーダー表を手に試合を見守る田中将軍は、髭を触りながら不敵に笑う。

「大将戦に荒巻隊を出してきましたか……貴方ならばそうするとは思っていましたが」

 麻田将軍は不機嫌そうな顔をする。

 合同演習では、まずホーム側がオーダーを選出した後ビジター側がそれを見て対戦相手を決める。それによって露骨な対策を採ってくる例も多く、根本的にビジター側に有利なルールとなっている。

 昨年荒巻隊は先鋒として出場。対戦相手はさして実績も無い隊であり、荒巻隊の圧勝に終わった。

 久瀬は修二との対戦を強く希望していたが、副将に回されその要望は叶わなかった。東のエースである久瀬には確実に一勝を取らせ、西のエースである修二には捨て石をぶつける。合理性を重視した麻田将軍の作戦であった。

 なお久瀬隊は作戦通りに勝利したものの、総合成績は三対二で西が勝利したことは先述の通り。対策を練られた不利な勝負にも関わらず、三勝をもぎ取れた西のパイロット達の練度を証明する結果となった。

「そちらが久瀬隊を大将に回したのでな。せっかくのラストバトル、エース対決を見たいというのは普通じゃろう」

「理解できませんな」

 あくまでも田中将軍の考えを否定する麻田将軍。その言葉を証明するように、東の大島隊が西の柴崎隊を殲滅していた。

「佐々木曹長、脱落! 西軍、生存者無し! 東軍、生存者三機! よってこの試合、東軍の勝ちとする!」

 オペレーターが高々に勝敗を宣言。自軍の側が勝利したために、声のテンションも高い。

「これまでの傾向からして、西は先鋒に指揮経験の浅い新米隊長の率いる隊を持ってくる可能性が高い。よってここは確実に一勝を取るチャンスと言える。尤も去年はその新米隊長が荒巻だったためにあえて捨て試合としたが……」

 麻田将軍は勝ち誇り、自慢げに解説した。田中将軍が独自の美学を以ってオーダーを決めていることを冷静に分析し、本来対策を採られる側であるホーム側が逆に相手の対策を採る。それがこの男の狡猾な点である。

「所詮こんなものはお遊びじゃからな。負けても死ぬことはないんじゃし、新米隊長に経験を積ませるには絶好の機会じゃ」

「負け惜しみを……」

 勝敗に拘る麻田将軍と、あくまでも育成の場と考える田中将軍。二人の考えは平行線上を辿っていた。


 観戦していた真琴は、ふとある疑問を浮かべていた。

「あのー隊長、質問いいですか」

「何だ」

「どうしてサンタさん同士で戦ってるんでしょう?」

「あくまでもバトルロボを使った普通の軍事演習の延長としてやってることだからな。俺達の戦う相手はサンタ狩りであり、サンタロボ同士での戦闘なんてまず起こりえない事態だ。はっきし言って伝統だから特に意味も無く続いていると言ってしまっていいかもしれん。まあ実戦訓練にはならんだろうが、相手の技術を間近で見られるのは自分の実力を高める上では役に立つだろう」

「そういうものなんですねー。でもやっぱりサンタさん同士で戦うのは悲しいです」

「そういうものだと思って受け入れるしかないだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る