第6話

 翌朝、荒巻隊の面々はサンタロボに乗って野外演習場に来ていた。

「よし、全員揃っているな。坂本曹長、欠伸をするな!」

「すいません!」

 気の抜けた隊員がいないか、コックピット内のモニターでしっかりと監視。

 今日はサンタロボの基礎操縦訓練である。バトルロボの運動性能はパイロットの技術に比例する部分が大きく、勿論それはサンタロボも同様である。この広いグラウンドで、サンタロボを己の手足の如く動かせるよう鍛えるのだ。

「行くぞ!」

 修二は操縦桿を力強く引き、エンジンを噴かせる。三人の部下もそれに続く。

 サンタロボの操縦は、主に二対の操縦桿とペダルを使って行われる。これだけで人型ロボットを動かすには、複雑かつ繊細な技術を必要とするのだ。

 真琴のサンタロボは走って跳んで跳ねて、側転からのムーンサルトを決めて華麗に着地。美咲と和樹は思わず機体に拍手をさせた。

「おおー、凄いじゃん」

「えへへー、これ結構練習したんですよー」

「実戦では役に立たんだろうがな」

 修二は冷たく返す。

「実戦で使えなくても、サンタロボであれだけの動きをできることが凄いんじゃないスか」

 和樹がフォローするも、修二は無視して自分の練習を続けていた。


 朝の訓練が終わってサンタロボを格納庫に収めた後、皆は中央ホールで休憩することになった。

 中央ホールは全体がクリスマスの飾りで彩られており、さながらクリスマスシーズンのショッピングモールかテーマパークのよう。一応なりにも軍事基地という立場ながら、それを感じさせないお気楽さである。

 これはサンタクロースの働く場所という雰囲気作りのためにやっていることで、西東京支部は全体的にこんな調子の内装である。

 真琴は入って早々に、その中心に立つ西東京支部のシンボルへと駆け寄っていった。

「あ、これ、旧式のサンタロボですよね!」

「ああ、軍用機ベースになる以前のな」

 ホールの中心で仁王立ちする、一体のサンタロボ。現行機と比べて野暮ったく垢抜けないデザインの、民間機仕様サンタロボである。まだサンタ狩りが存在しなかった時代はこれで人間の子供にプレゼントを配達していたのだ。

 サンタ狩りが出始めたばかりの頃は、これに催眠ハンマーを持たせて任務に当たっていた。現行機のような頑丈な装甲も脱出装置も無く、パイロットが犠牲になることも多かったという。

 ここに飾られているものは実際に使われていたものから武装を外して、平和だった時代のものを再現する形で動体保存されている。メンテナンスは定期的に行われており、動かそうと思えばいつでも動かせるようになっていた。

「やっぱりそうだったんですね。昨日から気になってたんですよー」

「いいわよねー旧式サンタロボ。今のサンタロボとはまた違った魅力があるというか……昭和のマシンって感じ?」

 美咲が旧式サンタロボを見上げて言う。

「あえてこれを支部のシンボルとして飾っているのは、サンタロボが武器を持たなくていい時代が再び来ることを願ってのものだそうだ」

「へぇー、そうなんですか」

「尤もそんな時代が来る気配はそうそうないがな」

 いちいち棘のある言い方をする修二に、美咲と和樹は呆れた。

「でも、やっぱり悲しいです。子供に夢を与えるサンタさんが悪い人達に襲われて、身を守るために戦わなくちゃならないだなんて……」

 真琴はサンタロボを見上げて遠い目をする。

「天宮軍曹はサンタになるのが夢だと言っていたな。ならば当然サンタ狩りと戦わねばならないことも理解していたはずだ」

「はい、勿論それがサンタの現実であることは知っていました。でも私の中でのサンタさんのイメージは、子供の頃に読んだ絵本から作られたので。それはお母さんが子供の頃、まだサンタ狩りがいなかった頃に書かれた話だったんです。子供達にプレゼントをくれる、夢いっぱいの不思議なお爺さん。私はそれが大好きで、いつか私もそんな風に子供達にプレゼントを配りたいって思ってたんです」

「なるほどな、道理でサンタに対する認識が平和ボケしていると思っていた。というかそもそもそれ以前に、何故人間がサンタになれると思っていた? 人間のサンタなんて所詮ただのコスプレでしかないじゃないか」

「それは小さな子供がテレビのヒーローになりたいと思うのと同じようなことですから。現実になれるものじゃないだなんて、小学校に上がる頃にはわかってましたよ。でも現にこうして私は本物のサンタさんになれたんです。だからこそ、この仕事は完璧にやり遂げなくちゃいけない。そのために私は、軍学校で勉強したんですから!」

 話を聞いていた修二は一度目を閉じ、少し間を空けてから真琴を見る。

「……現実はお前が思っているよりずっと厳しいぞ」

「承知の上です!」

「サンタの仕事は遊びじゃない。そんな子供染みた感情でやっていける仕事じゃないぞ」

「勿論それも承知の上です!」

 真琴は真剣な眼差しで修二を見つめ返す。修二は再び目を閉じ、真琴に背を向けた。

「そこまで言うならやってみせろ。俺達もお前を死なせないよう全力を尽くす。いいな、梶村准尉、坂本曹長!」

「勿論です!」

 二人は揃って敬礼。


 そしてそれからは、更に厳しくなる訓練の日々。真琴の実力に内容を合わせたら、美咲と和樹が悲鳴を上げる事態となった。

 来たるクリスマスイブに向けて各々が力を高める中、時は十一月に入っていた。

 荒巻隊は今週、手紙回収当番となっている。

 この時期になると、サンタクロース協会は人間の町の至る所にサンタポストを設置する。主な設置場所は玩具屋、幼稚園、小学校、公園といった子供の集まる場所である。子供達はここに、プレゼントとして欲しい物を書いた手紙を入れるのだ。

 手紙の回収は、サンタクロース協会のパイロットが手動で行う。週代わりの当番制となっており、複数の部隊が地区を分割し手分けして回収するのである。

 なお、手紙回収ミッションで使用する機体は、サンタロボではない。荒巻隊の面々は、サンタロボ用とは別の格納庫に来ていた。

 情報収集用特殊戦闘機、トナファイター。トナカイの頭部を模したペイントを施した、サンタクロース協会専用の戦闘機である。

 民間時代はサンタロボで手紙の回収を行っていたが、ポスト周辺はサンタ狩りにとって絶好の狩場となっていた。そこで新たに開発されたのが、このトナファイターである。

 戦闘機とはいうが、機銃等といった戦闘用の武装は殆ど外されている。機首の先端には赤鼻のトナカイをイメージした赤い球体が取り付けられており、ここにはこの機体を用いたミッションに不可欠な様々な装置が入っている。

 なお、トナカイの頭部を模したペイントはサンタクロース協会の機体であることを示す以外には特に意味は無い。トナカイの最も特徴的な部位である大きな角は航空力学上邪魔にしかならないので、平面に描かれたペイントに留まっている。

 現代の小人社会の軍事において、主戦力とされるのはバトルロボである。戦闘機の用途はその補助的なものに留まっている。しかしバトルロボの脱出ポッドは飛行機型に変形することや、今回のように小回りの利く戦闘機を使ったミッションを行うこともあるため、バトルロボのパイロットは必ず戦闘機の操縦も習得することとなっている。

「天宮軍曹にとっては初の人間界ミッションだ、覚悟はできているな」

 コックピット内の通信で、修二は真琴に尋ねる。

「勿論です!」

 元気の良い返事。修二がオペレーターに信号を送ると、射出口の扉が開く。

「行くぞ、トナファイター発進!」

 カタパルトが展開し、四機のトナファイターは大空へと飛び立った。

 人気の少ない早朝。空は朝焼けに照らされている。手紙の回収には向いた日だ。

「今年も来たわねー、クリスマスミッションの前哨戦。真琴ちゃん大丈夫? 緊張してない?」

「その点は大丈夫です。人間の街は以前住んでいたので」

 暫く飛んだところで、修二と真琴、美咲と和樹のペアでそれぞれ分かれる。

「それじゃ隊長、あたし達はこっちなんで」

「ああ、任せた」

 このミッションでは二機ずつに分かれて別々のポストを担当することになる。新人の真琴は隊長である修二と一緒に行くこととなった。

「天宮軍曹、最初のポストはこっちだ。俺についてこい」

「了解!」

 二人のトナファイターは高度を下げ、電線に引っかからない程度の高度を飛行する。

 トナファイターはサンタロボと異なり人間には視認されない。サンタ狩りとの戦闘も起こらないため、一見すると手紙の回収は楽なミッションのように思える。しかし実態は、見えないが故の危険も多いのである。

 ただでさえ巨大生物の闊歩する街を行かねばならないのだ。しかもその巨大生物が駆る巨大な乗り物は、こちらのことはお構いなしに突っ込んでくる。あんなものにぶつかればこちらは即死である。

 トナファイターはサンタポストの設置された公園まで来ると、サンタポストの真上で静止した。そこから垂直に降下しつつ、赤鼻からサンタポストに透過光線を照射。ポストの屋根をすり抜けて、二人は内部へと進入した。

「子供の頃を思い出しますねー。サンタポストが設置されたら、その日に走って手紙を届けに行きましたよ」

 真っ暗なポスト内部を、真琴機が赤鼻から照明用の光を発して照らす。ポストの中には沢山の手紙が入れられていた。

「あの手紙の一枚一枚に、子供達の夢が詰まってるんですね」

「だからこそ、確実に回収しなければならない」

 修二は壁に引っかかっている手紙等が無いかくまなく探す。更にサンタ狩りがテロ目的で入れた危険物が無いか、赤鼻からスキャン光線を照射して全ての手紙を調査した。

「危険物無し。これより手紙の回収に入る」

 修二機は縮小光線をポスト内全体に向けて照射。人間の手紙は、葉書サイズでも真琴の背丈くらいの大きさがある。当然そのままで小人が運ぶのは難しく、サイズを縮小する必要があるのである。

 手紙が十分の一に縮小されると同時に、手紙を入れていた箱も同じく縮小される。箱は縮小が完了すると自動的に蓋が閉まるようになっており、修二は底まで降りるとロボットアームを展開し箱を回収した。続けて、代わりの箱を投下。上まで飛んだ後、縮小解除光線を当てて箱を元の大きさに戻した。

 これにてポストでの作業は終了である。二人は再び天井の煙突から外に出た。

「天宮軍曹、次のポストは俺が照明役でお前に作業をやってもらう」

「了解!」


 二人は手紙の回収を順調に進めてゆく。一通り自分達の担当する地区のポストを回った後、美咲と和樹と合流した。

「お疲れー。真琴ちゃんどうだった?」

「はい、訓練通りにやったらちゃんとできました!」

 そう言う真琴を見て、修二は去年のことを思い出す。俺は戦うのが得意なんだからこういう仕事は向いてないんだと言いながら、手紙の回収に苦戦する高志の姿を。

「……まったくお前は優秀だな」

「はい、お褒め頂き感謝します!」

 ミッションは完了し、一同は基地に向かって旋回する。

 途中、自分達とは別の隊のトナファイターが飛んでいくのが見えた。

「ここの地区は、別の隊の担当なんですよね」

「ああ、そうだが……どうかしたのか」

 不思議と優れない表情で尋ねてくる真琴に、修二は聞き返した。

「あ、いえ、何でもないです。基地に戻りましょう」

 四機のトナファイターは、何事も無かったように基地へと飛んでいった。

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