第5話
歓迎会を終えて、今日は解散、それぞれ自由行動となった。
修二はとある人物と連絡をとり、基地内のバーにて待ち合わせをした。
「よう修二、待たせたな」
待ち合わせの相手は
「マスター、いつもの」
席に着くなり、海道は好物のカクテルを注文する。
「お疲れ様です、大佐」
「おう、いい新人が入ったそうじゃないか」
「……ええ、天宮軍曹は凄いですよ」
「軍学校首席だって聞いたぜ」
「そうらしいですね」
「天才の上に真面目、最高じゃないか。お前の場合、成績はトップでも素行不良で首席逃したもんなあ」
「昔の話はやめてください。大体、どんなに訓練成績が良くても、実戦で生き残れるとは限りません」
「お前、去年のことをまだ引きずってるのか」
「だってそうでしょう! タカシはまだ十八歳だったんですよ! 俺はそんな子供を死なせたんだ! ましてや今度は十五歳で、それも女だ!」
「おい、今から死ぬ前提で話すんじゃない」
「……すみません」
「やれやれまったく、あの生意気で自信家でふてぶてしかったお前がこんなにしおらしくなっちまうとは、矢野准尉も罪な野郎だ」
グラスを手に、海道は遠い目をする。
「言っとくがな修二、去年のクリスマスにうちの支部のサンタロボがサンタ狩りによって破壊された数は三機。そのパイロットのうち殉職したのは矢野准尉一人だけだ。サンタロボは頑丈にできているからそう簡単に撃墜されるものではないし、たとえ撃墜されても大抵は脱出ポッドで無事生還できる。よほど馬鹿なことでもしなけりゃ死ぬことなんてそうそう無いんだ」
「だがタカシは現実に死んだ。そのよほど馬鹿なことをして……全部俺が悪いんだ。俺がよほど馬鹿なことをしておきながら生き残ってしまったばっかりに……」
荒巻修二は天才パイロットである。父は空中戦艦の艦長を勤める現役の将軍で、祖父は退役した元将軍。修二は代々高官を輩出してきたエリート軍人の家系に長男として生まれた。
幼い頃より自宅にあったバトルロボを乗り回し、身体能力も他の同年代を遥かに上回っていた。その才能を見た祖父は軍学校に推薦状を書き、修二は特例として十二歳で入学することとなったのである。
周りの訓練生達は修二に対してコネだの七光りだのと陰口を叩いていたが、そういった相手はバトルロボの操縦技術を見せて黙らせた。
その才能は他の誰よりも優れており、半年も経つ頃には教官と互角に戦えるまでになった。
自分より能力で劣る年長者に囲まれた環境は、彼を増長させるためにあるようなものだった。上級生と喧嘩をしたり、教官の命令を無視したり、問題ばかり起こすようになった。理不尽な暴力も正当な指導も、一絡げにして実力でねじ伏せていったのである。
軍規を乱す危険分子として処分すべきだとの声も多数あったが、この才能を腐らせるのは惜しいとした軍上層部によって守られた。無論、これは修二をますます増長させることとなった。
二年生に上がる際の進路選択で、修二は教官からサンタクロース協会に行くことを勧められた。現在小人の社会において世界は平和であり、長年戦争は起きていない。つまり現在の社会情勢で最も激しい戦闘が起こり得るのが、サンタクロースによる人間の子供へのプレゼント配達なのである。
この危険な天才は戦わせて何ぼだという、軍上層部の意向であった。危険地帯で働けるだけ働かせて、あわよくばいつか戦死してくれ。そういう打算によるものだったのだ。
サンタロボパイロットに必要とされる技術は、一般的なバトルロボパイロットとは異なる点が多い。そのためサンタロボに乗ると決めた以上は、他の訓練生とは完全な別メニューでの訓練が始まる。
戦う相手は敵軍のバトルロボではなく、人間という巨大生物。しかも相手を殺さないよう戦わなくてはならない。サンタロボに乗れるパイロットは、とりわけ優れた操縦技術を持つ者に限られるのである。
だが修二は、それにおいても優秀な成績を収めた。これで問題さえ起こさなければ最高なのだが……とは当時の教官の談。
そして十五歳の九月、何だかんだで無事軍学校を卒業した修二は西東京支部の海道隊に配属されることとなる。
正規軍人の立場となっても、傍若無人さは軍学校時代と変わらず。上官は逆らうためにいるもので、命令は無視するためにあるものを地で行く問題児。プレゼント配達よりもサンタ狩りとの戦闘を優先する等の勝手な行動ばかり取っていた。
その癖サンタロボの操縦能力は過去類を見ないレベルの天才であったため、普通ならば死んで当然の愚行を繰り返しては何故か平然と生き残り、不思議とそれが任務遂行に役立っていた。
多人数のサンタ狩りをあえて挑発し囲まれてから、あっという間に全員眠らせるというのは彼を象徴する戦法である。他の隊員もそれを利用して、彼がサンタ狩りを引き付けている間に他のサンタがプレゼントを配達したり、サンタ狩りを全滅させて安全になってから配達したりするようになった。
身勝手な行動も実力さえあれば有用であるという、軍隊としてあるまじき悪しき前例の誕生である。勿論普通のパイロットはそんな馬鹿なことはしないし、海道隊長もそんな命令をしたことは一度として無い。あくまでも修二が独断でやったことが、何故か不思議と上手くいってしまうのである。
そんな天才パイロット荒巻修二に憧れを抱いてしまう者が現れるのは、自然の摂理であった。大人からすれば愚か極まりないこの男も、目上の者への反発にかっこよさを感じる年頃の者にとってはヒーローに映るのである。ましてやそれが、自分と同年代であるならば。
荒巻修二の存在は、軍人を志す少年達にとって明確な悪影響を及ぼすものだった。
だがそんな修二自身は、時が経つにつれて自然と性格は落ち着いていった。元々プライドが高かったこともあり、いい年してオラついていることに恥ずかしさを覚えたことをきっかけにして大胆にキャラ変。
真面目に仕事に取り組むようになってからは、軍や協会の上層部からの評価も上々となった。以前はどんなに功績を挙げてもそれ以上に問題行動が多すぎて授与するに値しないとされていた勲章を、これまでのつけを払うかの如く次から次へと獲得した。
そして二十二歳の時、遂に少佐昇進かつ隊長職に任命されることとなったのである。
彼がまだ若いことへの配慮として、部下となる隊員は彼よりも年少の者に限られることとなった。他の隊からの異動してきた梶村美咲准尉と坂本和樹曹長、そして軍学校を出たばかりの十八歳である
入隊して早々、高志は修二への憧れを口にし、修二の隊に配属されたことを歓喜した。彼自身サンタ乗りになれるだけあって訓練成績は非常に優秀、将来を期待される新人であった。
彼の教育もまた修二にとっての大事な仕事。自分を慕ってくれることもあって、修二は俄然やる気が出るというものだった。公的な場では矢野軍曹と呼んでいたものの、プライベートではタカシと呼び弟のように可愛がっていた。
だが、いざ任務本番となるクリスマスイブの夜、事件は起きた。
「戻れ矢野軍曹! 勝手な行動はするな!」
修二がコックピットの中で叫ぶ。だが通信を受けた高志はそれに従わない。突如独断専行で走り出したのである。
それは修二が子供の家にプレゼントを届けている間、高志が家の外で見張りをしている状況で起こった。本来修二にとって見張りなど不要であったが、今回は高志の教育のために見張り役をやらせていた。だがまさか自分が目を離した隙にこんな凶行に出るとは、天才にも考え付かなかったのである。
「何やってんだバカタカシ! 戻れ!」
「隊長だって昔やってたじゃないですか! 俺だってやれますよ!」
銃弾が飛び交う道を、何発当たろうが気にせず走り抜ける。その進む先にはサンタ狩りを示す反応が二つあった。
高所から改造エアガンの連射で追い詰め、逃げるサンタを地上にいる仲間の所へ誘導する。それがサンタ狩り達の作戦である。だが高志は、あえてそれに乗ることにした。
相手の作戦通り、二人のサンタ狩りと対峙する高志。
「かかってこいよ、クズども」
二人のサンタ狩りを手招きで挑発。コックピットの中でのその発言は相手には聞こえないが、手招きだけでも挑発効果は十分だ。
「クリスマスは中止だーっ!」
「性の六時間を滅ぼせーっ!」
サンタ狩りが叫ぶ。相手が挑発に乗ってくれたことで、高志はニヤリと笑った。憧れの隊長と同じように、自分も複数のサンタ狩りを一人で撃破する。そんな展開を想像していたのだろう。
早速一体撃破し、もう一体も挑発。作戦は上手く行っている、かに思われた。だが彼は重大な見落としをしていた。背後から狙うスナイパーの存在である。
スナイパーに撃たれたのを皮切りに、戦局は大きく変わった。高志が怯んだところで更に三体のサンタ狩りが出現。五人がかりでタコ殴りにされ、脱出する隙も無く高志はあえなく戦死した。
「助けてください! 隊長ーーーーー!!!」
それが高志の最期の言葉だった。彼のコックピットを映すモニター映像が血に染まるのを、修二はただ見ていることしかできなかった。
駆けつけた修二によってその場のサンタ狩りは全滅。遠方から狙うスナイパーも、修二の指示を受けた美咲と和樹によって処理された。しかし高志の命が戻ってくることはない。
二階級特進して准尉。彼の葬儀で、修二は遺族から罵られた。
「あんたさえいなければ、息子は死ぬことはなかった」
それは決して言いがかりではない。自分のかつての愚行が、廻り廻って十八歳の若者を死に導いたのだ。
世間の高志に対する評価は、凡人が天才の真似をしようとして無様に死んだというものだった。修二自身、悲しいがその評価は妥当であると感じていた。
本来であれば軍学校にて荒巻修二のやり方は悪い見本であると教わり、パイロット達はどんなに修二がかっこよく見えても絶対に真似なんかしないものである。勿論高志もそれは教わっており、修二と共に行う訓練でも命令を遵守し真面目に任務に当たっていた。
だが修二なら許してくれると思ってしまったのか――肝心の本番で彼は弾けた。
高志の死は、修二の心に楔として未だ残り続けている。かつては他者を全て見下す勢いで自信に満ち溢れていたこの男が、己の隊長としての能力を疑うようになるほどに。
「ったく何でまた俺に新人回してくるんだよあのクソデブジジイめ!」
すっかり出来上がった修二は、グラスの底を机に叩きつけるように置きながら叫ぶ。
「俺は……新人を殺したんだぞ……」
悔しさを噛み締めながら、また酒をがぶ呑み。その様子を海道は見守る。
「そのくらいにしとけよ。明日に響くぞ」
「うるせえんだよ!」
心配する海道を手で払い除け、またグラスに酒を注ぐ。
「……しかもあの女、可愛いんだよな……ガキのくせに乳と尻でかいし。あれ死なせたら……キツいわ……」
とうとう限界が来たのか、修二はそう言いながら顔を机に突っ伏して眠りこける。海道は溜息をついた。
一方その頃、真琴は西東京支部女子寮の自室でくつろいでいた。この寮では軍人民間人を問わず、西東京支部で働く女性の多くが暮らしている。真琴は同じ部隊である美咲と同室となっていた。
「ここの寮はいいですねー先輩。広いし綺麗ですし。軍学校の寮なんて四人で一部屋だった上にここの半分もないくらい狭かったんですよ」
「そうそう、あれストレス溜まるんだよねー」
「ああいうのも軍隊教育の一環だってのはわかるんですけどねー。尤も、おかげさまで年上のお姉さまに可愛がられる術がすっかり身についたわけなんですが」
「言うねぇこいつぅ~」
ガールズトークに花を咲かせる中、美咲はふと時計を見る。
「ねえ真琴ちゃん、そろそろお風呂入らない?」
「はい、是非入らせてください!」
この支部の寮では、部屋毎に専用の浴室が用意されている。二人で入るには若干狭いサイズではあるが、せっかくなので親交を深めようと美咲と真琴は一緒に入った。
「うわー、先輩おっぱい大きいですねー」
「うふふ、自慢のGカップなのよ。真琴ちゃんこそ結構あるじゃない」
向かい合って座り、お互いの胸を指でつっつく。
美咲はむっちりグラマー体型で、真琴はスレンダーながら出ることは出てる体型である。
「真琴ちゃん本当スタイルいいわー。脚長いし、お尻おっきいし。男子の視線釘付けでしょ。隊長なんて真面目な顔してチラチラ見てたわよ」
「そうなんですか?」
「そうそう、あの人堅物ぶってるけど中身は尻フェチのムッツリスケベだから」
「それは意外ですね。というかやっぱりここの女子用パイロットスーツ、脚とかお尻とかすっごい目立ちますよね。私の場合、安産型ですから尚更」
「気になるなら男子と同じの着る? 脚出すのに自信ない子とか、あとおばちゃんとかはそうしてるけど」
「いえいえ、私ここのパイスー気に入ってますから。だってカッコいいじゃないですか、シュッとしてて。スタイルには自信ありますから、見せることにもそんなに抵抗ないですし」
「おおっ、大胆ねえ」
「人間だった頃に体操習ってたので、レオタードは着慣れてるんですよね」
「そういえば真琴ちゃんのその髪、人間だった頃は黒だったの?」
「はい、ピンクになってたのを見た時にはビックリしましたよー」
「こっちじゃごく当たり前にいる色なんだけどね」
「その後トイレに入った時にまたビックリしました。だってアソコの毛までピンクになってたんですよ!」
「それもこっちじゃ普通ね」
美咲は閉じていた脚をわざわざ開いて、髪と同じ色であるのを見せた。
「わお」
美咲のとても大胆な行動に、真琴は思わず頬が染まった。
風呂上り。美咲はパンツ一丁、真琴はパンツとキャミソールだけという格好で、まだ雑談は続いていた。
「へぇー、先輩ってそれで軍に入ったんですかー」
美咲は自分が軍人になった経緯を真琴に話していた。それは彼女が子供の頃、軍の公開演習で見たバトルロボに惚れ込んだからというものであった。
「結局今乗ってるのはバトルロボじゃなくてサンタロボなんだけどね。まあこれはこれでいいもんだけど。軍事兵器として開発されたものを改造して平和に使うって、素敵だと思わない?」
「思います!」
「まあ、結局サンタ狩りと戦わなきゃいけない以上、完全に平和とは言えないっていうか、むしろこの国で一番戦争やってるとこなわけだけどね」
美咲は苦笑い。
「子供達に夢を届けるサンタさんを攻撃するだなんて、サンタ狩りは本当に許せないです」
「モテないからサンタ狩りになるのか、サンタ狩りになるような奴だからモテないのかって感じ」
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