第4話

 四人での訓練を終えたところで、荒巻隊の面々は格納庫に戻ってきていた。サンタロボから降りて早々、美咲は真琴に駆け寄る。

「キャー! 真琴ちゃんマジ天才! これならうちの隊は安泰ね!」

「お褒め頂き感謝します!」

「いやー、こんな凄い子が入ってくれるとは、上層部もたまにはいい人事してくれるじゃないスか。ねえ隊長」

「あ、ああ」

 和樹から話を振られ、修二は言葉を濁して返事をする。

(訓練成績は非常に優秀。そういうところもあいつと同じなんだよな……)

 修二はそんなことを思った。

 確かに彼女の才能は恐るべきものだった。しかしそれを手放しで喜んでよいものか、修二は悩んでいる。

「どうかされたんですか? 隊長」

 明後日の方向を見ていた修二が気になり、真琴は声をかける。

「いや、何でもない」

「これから真琴ちゃんの歓迎会よ。食堂行きましょ」

「あ、ああ……」

 修二は戸惑いながらも、皆について食堂に行った。


「かんぱーい!」

 美咲が乾杯の音頭を取る。基地内の食堂には、荒巻隊以外にも新人をもてなしている隊が幾つも見られた。

「ほらほら隊長ももっとテンション上げましょうよ! 去年はもっと楽しんでたじゃないスか!」

「ちょっ、坂本!」

 美咲が慌てて和樹を注意する。去年の新人歓迎会の話なんかしたら、去年戦死した新人のことを嫌でも思い出し、修二がますます暗くなるというものだ。

「そ、そういえば、真琴ちゃんって十二歳で軍学校に入ったんでしょ? 隊長と一緒じゃない」

 美咲は場の空気を変えようと、別の話題を切り出した。

「はい、以前にも十二歳で入学した方がいると聞いて、私もやってみたらできちゃいました。なんか私、パイロットの天才だったみたいで」

 本来、軍学校は十五歳で入学し十八歳で卒業、軍に正式入隊するものである。しかし修二と真琴は特例として十二歳で入学し十五歳で卒業していた。

「隊長はお父さんもお爺さんも偉い将軍やってる名家の生まれなんだけど、もしかして真琴ちゃんもいいとこのお嬢様だったり?」

「いえ、一般家庭の生まれですよ。それに今は家族もいない孤独の身ですし……」

 聞いちゃいけないことを聞いてしまったと思い、美咲は気まずそうな顔をした。

「あ、気にしないで下さい。家族に会えないのが辛いと思うこともありますけど、それ以上に夢を叶えられたことが嬉しいんですから」

「へぇー、天宮ちゃんってそんなにパイロットになりたかったの?」

「いえ、私がなりたかったのはサンタさんです。小さかった頃からずっと夢だったので、今とっても幸せです!」

 真琴の言葉を聞いて、美咲と和樹は顔を見合わせる。

「……天宮軍曹、君がサンタクロースになるのが夢だというのなら、別に小人の子供にプレゼントを届ける部署に入ってもよかっただろう」

 修二が尋ねた。

 勿論サンタクロース協会は人間の子供だけにプレゼントをあげているわけではない。源流である小人の子供にプレゼントを届ける部署も存在するのである。こちらは生身のサンタクロースが直接プレゼントを届ける形となっており、戦闘の必要も無いため現在も民間人だけでやっている。

「何も君のような子供が軍の訓練を受けてまでサンタロボのパイロットになる必要はなかったはずだ。それにそちらの方が、君の望む本当のサンタクロースだろう。サンタクロースになりたいというのなら、一体何故わざわざ軍学校に入った? 努力の方向を間違えているんじゃないのか?」

 辛辣な物言いに、美咲と和樹はハラハラしていた。だが真琴は平然とした表情。

「私にとっては、ロボットの方が本物のサンタさんなんですよ。私、前は人間でしたから」

「は?」

 三人が揃って目を丸くし、真琴の顔を見る。

「真琴ちゃん、何そのジョーク」

「ジョークじゃないですよー。私、人間として一度死んじゃって、気付いたら小人になっていたんです」

 真琴があまりに非現実的で信じ難い話をするものだから、修二達は困惑した。

「いや……仮に本当だったとして、それはこうもあっさり言ってしまって良いものなのか?」

「私、皆さんとは仲良くしていきたいので。こういうことはちゃんと言っておくべきかなと思いまして」

 そう話す様子は嘘をついているようにはとても見えず、三人はますます目を丸くした。

「彼女の言っておることは本当じゃよ」

 どこからともなく聞こえる老人の声。

「田中将軍!」

 将軍がこちらの机に歩いてきたので、四人は揃って立ち上がり背筋を伸ばして敬礼。

 田中たなか秀樹ひでき中将、八十歳、身長一六〇センチ。恰幅の良い体型で長い白髭を蓄えたその容姿は、さながら人間が想像するサンタクロースそのもののようであった。

「おられたのですか」

「うむ、丁度そこで夕食をとっておった」

 将軍の指差す先の机には、その大きな腹にも納得がいく山盛りの料理が載せられていた。

「将軍は知っておられたのですか、彼女の経歴を」

「うむ、彼女は三年前のクリスマスイブの夜に車に轢かれそうになった幼児を庇って死に、目が覚めた時にはどういうわけか小人になっておったそうじゃ」

「そんな非現実的な話、本当に有り得るのですか?」

「クリスマスには奇跡が起こるというからのう。これは善行をして死んだ彼女へのクリスマスプレゼントだったのやもしれん」

「そういうわけです!」

 真琴は胸を張って言う。将軍の話を聞いても、修二はどうにも納得できない様子だった。

「つまり家族がいないってのもそういう?」

 美咲が尋ねる。

「うむ、人間だった頃の家族は普通に生きておるが、小人になった以上会いに行くことはできんからのう」

「そういうことだったの」

「大変だったんですよー、小人になった直後は。住む家も無いし頼れる人もいないしで」

「そんな怪しい奴がよく軍学校に入れたな」

「そこに入ればサンタさんになれると聞いて、校長先生の前でバトルロボ操縦してみせたら入学できちゃいました」

「いや待て。それだけで入学できるとかどうなってるんだ。それ以前に何故人間の一般庶民だったお前がバトルロボを操縦できる」

「なんかわからないんですけど、できる気がしてやってみたらできちゃいました」

「それもクリスマスの奇跡の一つだったのかもしれんのう。サンタクロースになりたいという彼女の夢を叶えてやるための、な」

「はぁ……」

 あらゆる不条理をクリスマスの奇跡という一言で片付ける田中将軍。それでいいのかと修二は不安に思った。

「まあ、私が怪しいのは百も承知でしたし。軍の調査機関にも色々調べられまして、その時に元人間だったこともバレちゃいました」

「調査結果によれば、彼女は人間だった頃から明るく素直でみんなの人気者。成績優秀かつ運動神経抜群、人助けの好きな非の打ち所が無い良い子だったそうじゃ」

「いやー、そんなに褒められると照れますねー」

「ところがその反面まったくアグレッシブなお嬢さんでもあってのう、小人になったその日にいきなり軍学校に押しかけたそうじゃ」

「それは即刻射殺されても不思議ではないのでは……?」

 あまりに無茶苦茶な行動に、修二は顔が引き攣った。

「その時はごく普通の人間の小学生でしたから、軍隊の知識なんて無かったですし。あっ、今は軍学校でしっかり学びましたからその辺大丈夫ですよ!」

「……」

 修二は呆れて物も言えず、頭が痛くなった。

「あそこの校長はわしの同期でな、若い頃には同じ戦場を共に戦い抜いた仲なのじゃ。それであいつが彼女を入学させるべきか否かわしに相談に来たんじゃよ。荒巻修二の再来と言えるほどの天才パイロットじゃが、元人間で家無し身寄り無しの十二歳じゃからのう。そこでわしは、卒業したらうちの支部で引き取るからしっかり鍛えとけと言っておいたのじゃ」

「そこは断りましょうよ将軍!」

 どうしてそうなるのかさっぱりわからず、修二は相手が将軍であるにも関わらず声を荒げて突っ込んだ。

「我々に対する敵性が無いことは優秀な調査官達により判っておったからのう。それに彼女がこれから小人として生きる以上、住居や生活の保障を用意してやらねばならん。そういう意味でも軍属にするのは都合が良かったんじゃ」

「はぁ……」

「軍学校での彼女は大層優秀でのう。人間社会から小人社会、小学校から軍学校、周りには同年代の子供がおらず年上ばかり。そういった環境の変化にもすぐに順応したのじゃ。授業態度も非常に良く、素直で勤勉。まるで荒巻修二から性格の悪さを引いたようだと、教官達の間で度々言われておった」

 忘れたい過去を掘り返され、修二は将軍から目を逸らした。

「そしてお前と同じく十五歳で卒業、本人の希望通りサンタクロース協会に派遣され、当初の約束通りこの西東京支部に配属されることになったわけじゃ」

「そういうわけです。なので皆さん、こんな私ですが今後とも宜しくお願いします」

 真琴は可愛く敬礼。美咲と和樹は顔を見合わせた。

「ええ、たとえ元人間でも、真琴ちゃんは真琴ちゃんよね」

「君の活躍、期待してるよ」

「お前達、受け入れるのが早いな……」

 自分はそうじゃないと言いたげに、修二が呟いた。


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