第3話


「これが私のサンタロボ……いよいよ私、本物のサンタさんになれるんですね!」

 自身の乗機を見上げ、真琴は目を輝かせた。

「では天宮軍曹、早速サンタロボに乗ってシミュレーションルームに行くぞ」

 荒巻隊の面々は、それぞれのサンタロボに乗り込む。サンタロボのコックピットは胸部にあり、格納庫内に備え付けられたエスカレーターを使って乗降する。

 四人とも乗り込んだところで、サンタロボのエンジンを起動させる。壁面モニターにカメラの映像が表示された。

 四人は操作パネルに指で触れ、サンタロボの立つ床を百八十度回転させる。進行方向の扉が開き、床のレールがシミュレーションルームまで自動で運んでくれる。

 修二が事前に予約を取っておいた第三シミュレーションルームに到着すると、足のロックが解除され自由に動かせるようになった。真琴は早速サンタロボの手足を動かしてみる。

 修二はコックピットの操作パネルからシミュレーションルームのコンピュータに繋ぎ、部屋全体に夜の住宅地のバーチャル映像を投影した。この基地でのシミュレーショントレーニングは、バーチャル映像の空間で実機を使用して行うのである。

「天宮軍曹、実戦では新兵が単独行動するような状況はまず起こり得ないが、今回はお前の実力を見るためだ。あくまで訓練だと前置きした上で、一人でシミュレーションをやってもらう」

「了解しました」

 真琴機は入口すぐの場所に据え付けられた橇に搭乗する。サンタロボには簡易なスラスターこそ背部に付いているものの、長時間空中にいられるような飛行機能は無い。長距離間の空中移動は、この橇を使って行うのである。橇の上には、バーチャル映像のプレゼント袋も乗せられていた。

 橇に乗るとサンタロボのコックピットは橇とリンクし、サンタロボを動かすのと同じ感覚で自在に空を飛べるようになる。

「天宮真琴、行きます!」

 真琴機は早速橇のジェットブースターを噴かせて空へと舞い上がった。コックピット内にある壁面モニターの一角にはこの周辺のマップが表示され、プレゼントの届け先である家にはマークが付いている。真琴は早速最寄の届け先に舵を切った。

 屋根と平行になる高さに橇を停め、サンタロボはプレゼント袋を持って屋根に降りる。屋根から行くのは、地上からだとサンタ狩りに襲われる可能性が高いからである。サンタの本分はプレゼント配達。戦闘は極力避けるべきなのだ。

 コックピット内モニターに、その家の間取り図が表示された。そこには人間の位置を示す白い点が三つ。この家の夫婦とその子供である。

 真琴機は子供部屋の真上に移動すると、掌から屋根に光を放った。モニターには屋根を透過した子供部屋内の様子が表示される。それを頼りに安全に降下できる位置に移動すると、再び掌から光を投射。光は煙突状となり屋根の上に固定された。真琴機は光の煙突の中へと入り、スラスターでゆっくりと降下し部屋に進入した。

 小人の優れた科学技術によって開発された特殊な光が、屋根を物理的に透過しすり抜けることが可能となるのだ。これは本来軍事目的で開発された技術であるが、現在はどの国の軍事基地もこれに対するプロテクトがかかっているため、これで侵入をすることはほぼ不可能となっている。

 なおこれはサンタロボ用に改良されたものであるため、サンタロボに使われる特殊な物質を使った物以外を通さない。屋根に穴が空いたことで部屋に冷気が流れ込むことや、これを利用して侵入する泥棒を防げるのである。

 障害物を避けて安全な降下を成功させた真琴は、ベッドで寝息を立てる子供に目を向ける。勿論これはバーチャル映像であるが、本物同然に作られている。

 部屋には灯りが点いておらず真っ暗闇の中だが、サンタロボに搭載されたカメラは非常に優れた暗視能力を備えている。暗闇の中でも物をくっきりと見ることができ、光量が自動で調整されるため急に強い光を当てられても眩しくなることはない。

 サンタロボはプレゼント袋に手を入れる。対象の子供に渡すプレゼントは袋が自動的に判別してくれるが、念のためパイロット自身も確認を行う。カメラ映像に映る袋から出したプレゼントとデータに表示されたプレゼントを照らし合わせ、完全に一致すれば良い。

 プレゼントの確認を済ませたら、それをベッド脇に置く。これにてプレゼント配達は完了である。

 真琴は再び安全確認をした後、スラスターで上昇。サンタロボのスラスターは寝ている子供を起こさないよう、ほぼ無音なのである。

 煙突から再び天井をすり抜けて、屋根の上に着地。煙突を形作っていた透過光線が消え、屋根は元通りになった。真琴はそれを確認した後、サンタロボを橇とドッキングさせる。

 一つ配達を終えたところで、コックピットに通信が入りモニターの小さなウインドウに修二の顔が映った。

『上出来だ、天宮軍曹。引き続き残りのプレゼントも配達するように。なおここからはサンタ狩りの妨害も入る。心してかかれ』

「了解!」

 元気良く返事をし、ブースターを吹かして次の家へと発進。マップ内の至る所に、赤い点が表示された。これはサンタ狩りの可能性がある人間の位置である。サンタロボに搭載されたレーダーはサンタに対する憎しみや敵意を検出できるようになっており、そうでない人間の白い点と区別した赤い点で表示されるのである。

 次の家の屋根に着くと、すぐ近くにサンタ狩りの反応。屋根の上からならば地上よりはサンタ狩りに出くわす可能性は低いものの、サンタを狩るためだけに危険を冒して屋根に上るサンタ狩りもいるのである。真琴は催眠ハンマーを取り出し、細心の注意を払う。

 隠れ場所は既に分かっている。これが敵軍のバトルロボだったならビームソードで真っ二つにしてやるのが正解であるが、相手は人間であり自分の武器はビームソードではなく催眠ハンマーだ。

 真琴機はにじり寄るように恐る恐る近づいた。ベランダに隠れていた男が、屋根に上る。その手には鉄パイプが握られていた。

 殴りかかってきた男に対し、真琴機はハンマーの柄で鉄パイプを防ぐ。そのままハンマーを傾け、ハンマーヘッドでサンタ狩りの頭を叩いた。目が虚ろになり倒れるサンタ狩りを、真琴はサンタロボの腕で支える。

 道路の安全を確認した後サンタ狩りを抱えて一度橇に戻り、道路まで下りて安全な路肩にサンタ狩りを寝かせる。そして再び橇で上昇し、屋根に戻った。

 いくら自分達に危害を加えるサンタ狩りであっても、屋根の上という危険な場所に眠らせたまま放置するわけにはいかない。小人同士の戦争と異なり、こちらは敵の生命も保障しなければならないのだ。

 その後はまた先程と同じように透過光線で煙突を作り屋内に進入するのだが、今回子供の寝ている場所は一階の寝室である。

 真琴機はまず廊下に下りた。そこからは普通に足で歩いて移動である。階段を下りて寝室へ。

 しかしここで忘れてはいけないことが一つある。プレゼントを配達する日は、クリスマスイブ。即ち今この扉の先で夫婦が事を致している可能性を考慮せねばならない。同じ部屋で子供も寝ているわけだが、それでもする人はするのである。

 子供の枕元に直接置くのを諦めた真琴は、寝室の扉の横にプレゼントを置く。そして二階に戻り、光の煙突から外に出た。

 修二からの通信が入る。

『よし、寝室に関するフォローもできているな。三件目はマンションだ。やり方はわかっているな』

「勿論です!」

 次の行き先である六階建てマンションには、一つの建物内に七件届け先がある。

 向かう途中の道で地上のサンタ狩りから石を投げられたが、特に問題なく避ける。

 真琴は高度を上げ、マンションの屋上へと向かう。しかしこの屋上にはソーラーパネルが設置されており、これでは透過光線が吸収されてしまい光の煙突を作れない。真琴はやむを得ず地上に下り、正面玄関から行くことにした。

 だがこういった地上からの進入を余儀なくされるような建物は、決まってサンタ狩りの狩場となるのである。

 物陰から姿を現す二人のサンタ狩り。隠れてこそいたがレーダーにはその姿が映っており、真琴はその存在を事前に察知していた。出てくる前から既にハンマーを展開、片方のサンタ狩りを出てきた瞬間に眠らせる。

 もう一方のサンタ狩りは一度真琴機から距離をとる。その時、頭上からサンタロボの脳天目掛けて銃弾が降ってきた。マンションのベランダから真下に銃口を向け、サンタ狩りが狙撃してきたのである。

 真琴機は間一髪で避ける。目の前の敵に集中するあまりレーダーに映っているはずのスナイパーを見落とすのはありがちなミスだが、真琴はしっかりとその存在を認識していた。

 サンタロボが遠距離の相手に為す術が無いのはご存知の通り。一般的にサンタロボは複数機で部隊を組んで行動するため、この場合普通は他のパイロットと連絡をとりスナイパーを倒してもらうのが模範解答である。しかし今回は単独行動を想定した訓練であり、その手段は使えない。

 真琴機は地上のサンタ狩りを振り切り、マンションの中へと入った。これでスナイパーの射程からは抜ける。追ってきたサンタ狩りはハンマーの一撃で眠らせた。

 このマンション内にはまだサンタ狩りが潜んでいる。真琴はそれに対する警戒を強めながらエレベーターへと足を進めた。

 エレベーターが開く。中には誰も乗っていない。真琴機はそれに乗ると、届け先の中で一番上の階のボタンを押した。

 到着して扉が開くと、三人組のサンタ狩りがエレベーター前に待ち構えていた。真琴はハンマーの柄で押し返し、相手がバランスを崩したところで一人一発ずつ叩いて眠らせる。

 この場のサンタ狩りも突破し、向かう先は子供の待つ部屋。真琴機は届け先の扉の前に立った。当然、扉には鍵がかかっている。真琴は早速掌から透過光線を発射させ、扉に垂直になるように煙突を設置する。いそいそとそれをくぐって部屋に進入すると、扉に掌をかざして煙突を消滅させた。

 玄関から廊下を歩いていき、同じ要領で子供部屋に進入。子供の枕元にプレゼントを置いて、また玄関から出てゆく。

 壁に垂直に作られた煙突を通る際には隙ができるため、サンタ狩りにとっては絶好の獲物になる。外に出る際にはサンタ狩りが待ち構えていないかのチェックを欠かしてはならない。

 そして今、丁度外にはサンタ狩りが二人いた。どうやらこのマンションを狩場にするサンタ狩りは互いに連絡を取り合い真琴を追い詰めるつもりのようである。

 通常はこのような状況の場合、一機がプレゼントを届けに行く傍らもう一機が扉の前に立ち仲間を死守するものである。だが今はその仲間はいない。床や天井に煙突を付けて別の階から外に出るという手もなくはないが、届け先以外の家に進入するのは極力避けるべきである。果たして真琴はここからどう出るべきか。

 真琴の取った手段は、直球で扉に煙突を付けることだった。

「ヤバいっスよ! あのまま出たらやられる!」

 和樹が言う。荒巻隊の面々は手に汗を握った。

 サンタ狩り達は煙突が出来たことで歓喜し、武器を構えてサンタが出てくるのを今か今かと待ちわびていた。

 真琴はモニターの間取り図を確認すると、廊下の壁に煙突を付ける。それを通って無人のダイニングに入り、先程通った煙突を消す。続けてそのダイニングから外に通じる場所に煙突を付け、それで脱出した。

 扉に付けた煙突はサンタ狩りの注意を引き付ける囮だったのである。別の場所からサンタが出てきたことに気付いたサンタ狩りはこちらに向かってくるが、真琴のハンマーにあえなく倒される。

 真琴は二つの煙突をちゃんと片付けた後、またエレベータに乗って下の階へと下りた。


 その後も配達は順調に進み、七つ目の配達を終えてプレゼント袋は空になった。

「ミッション完了! これより帰還します!」

 通信で元気良く報告。空中に停めておいた橇を地上に下ろし、それに乗って修二達の待つ場所へと飛んでいった。

「天宮真琴軍曹、只今帰還致しました!」

「ご苦労だった」

「凄いじゃん!」

「流石は軍学校を首席で卒業した天才ね」

 修二のそっけない態度とは逆に、和樹と美咲は真琴を手放しに褒める。

「ありがとうございます、先輩!」

 愛らしい笑顔で礼を言う真琴に、修二は目を背けた。

「……今回の訓練は上出来だったが、あくまでこれはお前の実力を見るための訓練だ。実際のミッションではこのような状況はまず起こらないことは心得ておくように」

「了解です、隊長」

「では次は実際のミッション同様、四人揃ってのシミュレーションを行う。全員配置につけ」

「了解!」

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