9

 地下へ地下へと降りていく。

 日の当たらない世界へ。

 ルークのいる世界へ。


 聖都には広大な地下迷宮がある。都市の発展とともに複雑に入り組み、進化していった地下下水道だ。人目につかず、地上との連絡路も各所にあり、しかも入り組んでいるとなれば、犯罪組織によく利用されるというのも自然な話だ。そして、カナエを連れ去って連中もそこを使うだろうと予測された。

 聖都に戻って、報告を済ませると、すぐに捜索のための部隊が編成された。まあ編成されたと言っても、聖騎士団の中から、僕らの他、信頼に足る団員が何人か選ばれただけのことではあるが。

 ただ、僕だけは団長に呼ばれて話をさせられた。後から考えると、それは確かに仕方のないことだろう。


 「お前の母のことを調べさせてもらった」

 僕は個室に呼び出されていた。小さい部屋。僕と団長は対面で机を挟んで座っていて、団長の後ろには側近の男がひとり立っている。

 僕は今更、団長の話なんかに興味はなかったので、さっさと終わらないかなと思いながら、団長の顔を見ているフリをして、彼らの後方の壁などをぼんやりと眺めていた。

 「死んだそうだな…それも、呪いで。つまり生き返らない」

 そうですね。と答えた気がする。

 「そして、お前の身内は母以外はいない」

 そうですね。と答えた気がする。

 早く解放して欲しかった。こうしてる間にも奴らはカナエを連れて国外にも逃亡しているかもしれない。僕は彼女に会えないかもしれない。そんなのは嫌だ。

 しかし、僕を作戦に参加させたくないような雰囲気を感じた。

 「僕も裏切ると考えているんですか?」

 早く会話を終わらせたかったので、自分から聞いた。

 「そうだ。お前には守るものが何もない」

 「それは…人質がいないという話ですか?僕たちは信頼されているものだと思っていましたが」

 くっ、と少し息が漏れた。口角が上がるのを止められない。

 「…副団長が裏切ったくらいだ。用心に越したことはない」

 団長は、僕がニヤついているのを見てか、少し訝しんだ目をこちらに向けながらそう言った。

 「お前たちは、シルバードが誇る最高の部隊だ。最も気高く、最も強く、国民や聖王陛下も強く信頼を置いている。だが———」

 「ククッ」

 我慢できない。

 「フフフ…クフッ」

 笑いを抑えられない。

 「何がおかしいんだ貴様!」

 団長の後ろに突っ立ってた男がキレた。団長は僕らより5つくらい年上で、副団長よりは年下だ。ここ数年で目覚ましい活躍を見せて、若くして団長の座まで登り詰めたエリートだ。そういう人に役立たずの腰巾着が付いてくるのは、悲しいが聖騎士団でも同じだ。

 団長が後ろの男を制した。そして僕にこう告げた。

 「何か話したいことがあれば話せ」 

 そうですか、それでは。と、僕はありがたく喋らせてもらうことにした。

 「副団長を拷問したのはメイエフでした。僕とカーシェスは諜士の男を拷問した。その過程で、2,3度そいつを殺しました」

 後ろの男がちょっとだけギョッとした顔をしたのが見えた。

 「ここに来るまでにも、情報を引き出すために何人かの男やら女を殴ったり刺したり殺したりしました。太腿を吹き飛ばした奴もいた。そいつも多分死にました。それ以前に僕は、この仕事で何人もの穢れたものを殺してきたました。僕は毎年のように、その年の功労者候補になってきた。つまり殺しの数が聖騎士団の中でトップってことです。団長、ぼくが今年だけで何人の穢れたものを殺したか知ってますか?」

 団長は何も答えない。

 「正確な数は僕自身も知らないんですが、多分10や20じゃきかないと思いますよ。メイエフとカーシェスも、僕よりは少ないけどたくさん殺した。クロウも僕らといる間に毒されてしまったように思えます」

 「…何が言いたい」

 団長が僕に尋ねる。さっきとまるで逆だ。僕も案外、喋りたかったのかもしれない。

 「副団長がカナエを連れ去って、僕をどこかに拉致したとき、あの人は僕を殺そうとしませんでした。殺した方が良いんですけどね。わかりますか?人間は人間を簡単に殺せないんですよ。心が静止を掛けるんだ。僕はシルヴィア様がそれをなくしたと思っていた。"奇跡"がそれすら取り上げたと思っていた。けど違うんです。その人間の、防衛的反応みたいなのは消えないんです。ほとんどの人はね」

 「…」

 「副団長を殺して、死体をここまで連れてきたのは僕らの判断です。聖都に帰ってくるまでに殺した何人かも別に躊躇は無かった。壊れているんです。聖騎士団の精鋭は。別にあなた達がやったとか言って、責めたいわけじゃない。僕らがなりたくてなった訳でもない。なるべくしてなっただけだ。だからもう今更意味がないんですよ。あなた達はいつもどおり僕らに命令をすればいいだけなんです。どこの誰につくみたいな話はそこにはないんです」

 喋り終わる頃には、僕はもう、笑いを抑えることができていた。

 結局僕は作戦に参加することができた。それっぽく話したかいもあったというものだ。


 地下へ地下へと降りていく。下水道へと降りた後は、別に何か手掛かりがあるわけでもない。捜索隊で網目状に広がる下水道を隅から隅まで捜索する。これでようやくカナエに追いつけるかもしれない。

 そう思うとまた笑いが込み上げてきた。

 

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