8
湾岸沿いの町、村、集落を中心に穢れたものの報告数が増加傾向にあることを聖騎士団が発表した。同組織は安全のため、夜間の外出を控えることや、狩猟等において一人で行動しないよう呼び掛けている———
「君たちはどこにあの子を連れてったんだい?もうそろそろ教えてくれよ」
拷問、拷問、また拷問。一連の僕らの活動は、たしかに聖なんて文字がつけられるようなものではない。ヴィオルナでカナエを連れ去った連中の、中継地点となってる隠れ家を聞いて、そこにいる奴らからまた別の隠れ家を聞いて、それからまた別の隠れ家を聞いて…ここで多分四つ目だと思う。
小さい蝋燭の火のみが明かりの部屋。その蝋燭を、部屋の真ん中に座った、縛られて、傷だらけで、うつむいた男の顔に近づけた。
「教えるわけねーだろボケ。お前ら寄ってたかって小娘のケツ追いかけてんのか?やっぱり聖騎士団ってのは変態の異常者の集まりだ」
それはお前らもだろう。しかし、痛めつけて殺して、無理やり生き返らせるのを三回は繰り返したのにたいした根性のあるやつだ。僕は振り返ってカーシェスの反応をうかがうと、彼は首を横に振った。ちなみにクロウとメイエフは建物の外で待っている。
僕は縛られている男の肩に手を置いた。
「残念だ…。まあ、でもそれが君の選択なら仕方がないな」
僕は男の右の太ももにナイフを突き刺した。もちろんただのナイフじゃない。
「ガアッ!てめえ!」
男が吠える。僕は同じナイフを左の太ももにも突き刺した。もう一回吠えた。
「そのナイフは特別製でね。柄の模様が爆発魔法を表している。しかも時限式。えーとまず、どっちだったかな…カーシェス?」
「右からだ。右のナイフから」
「そう。右のナイフがまず爆発する。太ももの肉が吹っ飛んで骨が露出するくらいの威力だ。その後しばらくしたら左のも爆発する。どういうことかわかるかい?」
「知るかクソァ!!呪われろサディストの糞どもが!!」
「すぐに死なないんだよ。人間はそれくらいじゃあ即死しない。しばらくしたら死ぬけどね。"奇跡"で肉体は蘇る。しかし意志は時としてそうではない。君がこれから味わう痛みと恐怖は尋常じゃない。そうしたら、君が生き返ったあと、もう聖王陛下にも逆らおうなんて気は起きないはずだ。まあ、ここは地下室だから。案外、永遠に気づかれずに死んだままかもな」
カーシェスが入り口のドアを開ける。僕も踵を返してそちらに向かう。
「待て!待ちやがれ!」
「すぐ生き返ったら、追ってくるだろ?」
ドアが閉まる。分厚い鉄のドアだ。地上への階段を登ってる時に、遠くの方に男の叫び声が聞こえた。
悲しみはどろりどろりと溶けていった。
僕たちのほとんどは死を知らない。仕事に行く夫を見送る妻は、夫が獣や野盗に殺されて、二度と戻ってこないかもしれないとは微塵も考えない。家族を置いて仕事に出掛ける男たちは、留守の間に家族が事故に巻き込まれたりして、二度と会えなくなるとは考えない。
僕らには死がないから。
家族が穢れたものになった人たちは、仕事に向かう僕らと話す時、絶望あるいは希望といった感情を少しも見せることはない。これまでと何も変わらないことを知っているからだ。
自分が誰かの支えになっているということを、誰かが自分の支えになっているということを、僕らは確かめることはできない。喪うことがないということは、最初から頼りにしていないということと同じとも言える。そう僕らは思い込んでいる。
母を亡くしたとき、僕はそれをどう感じればいいのかが分からなかった。母は、いびつな形で僕の心の支えになっていて、僕はそれに気づくことも出来なかった。僕は誰かを喪ったことがそれまでになかったから、心は歪み、正しい反応の仕方も見つけられなかった。
建物の外に出て、メイエフ達と合流していた。そして、これからどうするかの作戦会議をしていた。
今までの拷問相手から直接答えを聞くことはできなかったが、彼らの口ぶりや、隠れ家の位置から、彼らの行きそうな場所を絞り込んでいく。最終目的地が分からなくとも、僕らは彼らに少しずつ近づいているわけで、経験や土地勘もある僕らがそれを知るのはそれほど難しいことではなかった。
「聖都だ。奴らは聖都に向かう」
僕らの意見は一致した。つまり、彼らも聖都とヴィオルナを往復するようなルートを取っていたということだ。
「意外だな。もっと隠れながら国外に脱出するものだと思ったが」メイエフが言う。
「人混みに紛れた方が案外気づかれないものだ。逃し屋と落ち合うのかもな」カーシェスが答える。
副団長の言っていたことを思い出した。聖王は豚野郎だ。カナエの存在は彼らの目的なのか、それともどうにかして聖王陛下を亡き者にするための手段なのか、僕らにはまだ分からない。
「とにかく急いで聖都に向かいましょう。先に戻った諜士長にも伝えないと」
クロウの言葉に従って、僕らは馬に乗って急いで出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます