6
僕とカーシェスとクロウと諜士長は同じテーブルに座っていた。僕らと諜士達がアジトにしていた宿屋。その中の僕ら聖騎士団の部屋だ。カーシェスと諜士長がタバコを燻らせている。クロウは手持ち無沙汰で、ボンヤリと何もない空間を眺めている。時折、隣の部屋から大きな音が聞こえる。
メイエフが副団長を拷問している音だ。
「このままじゃあ帰れないぞ。俺も、お前たちも」
治療を終えて僕らの部屋に戻ると諜士長がいて、僕らにそう言った。諜士にも裏切り者がいたようで彼の顔は強張っていた。
「元よりそのつもりでしたが…何か特別な事情でもあるんですか?」
カーシェスが答える。僕とクロウは副団長の死体と、ついでに一緒に連れてきた裏切り者の諜士2人の死体を床に下ろす。メイエフは"奇跡"をつかえる人を呼びに行った。
「転移者を連れて帰れなかったら俺たちも危ない。地位を剥奪され辺境の開拓地に飛ばされるかもしれん。貴様らは知らんかもしれんが、聖王陛下の転移者への入れ込み様はかなりのものがある」
どうやら副団長の言ったことは本当だったようだ。聖王陛下は転移者を渇望している。
「過去にあったんですね。そういう例が。僕らの同僚かな」
僕は死体の手足を縄で縛りながら答える。他の2人もそれぞれ死体を縛っている。
「何を呑気な…貴様ら、次の一手は考えているんだろうな?」
焦りか。どうも諜士は聖騎士団ほどハードな経験は踏んできていないようだ。
「まあ見ていて下さいよ。追跡に必要な情報は彼らから引き出します」
ドアがノックされる。メイエフが帰ってきたようだ。
「来たな。よし、こいつらは隣の空き部屋に移そう。尋問はそこからだ」
副団長は顔中を血反吐で濡らしている。メイエフが顔を副団長に近づけて何かを聞いている。僕とカーシェスと、他の2人の裏切り者は同じ部屋でそれを眺めている。
テーブルもベッドも何もない部屋だ。あえてそうした。白い壁には所々赤黒いシミがついていて、それはもちろん副団長が殴られたり押し付けられた跡だ。
「無駄だ…俺は何も喋らん…」
副団長が絞り出すようにそう言った。相当に喋りづらそうにしている。折れた歯で口の中がズタズタになっているのだろう。
「だろうな。俺たちもよく知ってる」
メイエフが副団長の前に座って、目線を合わせてそう語りかける。
彼の痛めつけかたは相当に激しい。僕とカーシェスはこの部屋に来たばかりだから、実際にどんなことをしていたかは知らないが、想像するのも恐ろしい程だ。副団長もよく耐えたと思う。
「けど、他の2人はどうだろうな?アンタのほどの忍耐は持ち合わせてないかもしれない、信念もな」
メイエフが立ち上がってこちらを振り向く。縛られてる2人に対して喋りかけた。
「今からアンタらをそれぞれ別の部屋に連れて行く。そこでこの男と同じくらい痛めつける。アンタらの側に立ってるそいつらがな。アンタらは知ってることを喋っても喋らんでもいい。まあ場合によってはもっと酷いことになるかもな」
縛られてる男の肩を掴むと、彼の体が震えた。怯えているようだ。猿轡をしているので何か喚いているが聞き取ることはできない。
副団長の顔を見る。その目には少し諦めの色が浮かんでいるようにも見えた。
「よし、もう一度説明しようか」
男の腹を殴り、壁に向かって蹴り飛ばしてから声をかける。男は呻いて、血と吐瀉物が少し混ざったものを猿轡に染み込ませた。
隣の部屋からも激しい音が聞こえてくる。カーシェスはすでに拷問を始めたようだ。僕も早く取り掛からねば。
「何分かに一回、僕の同僚がこの部屋に入ってくる。そのときに君は知ってることを喋っても喋らなくてもいい。君が何も喋らなかったら、彼は部屋を出て、また何分後かに来る。彼が来るまで僕は君を痛めつけ続ける。分かったか?」
男は荒い息をしながら僕を見つめている。
「まあやってれば分かるよ。諜士は拷問の仕方は学ぶのか?そうなら答え合わせしながらできるな。僕もまだ体がちょっと痛いから、道具を使いながらやろうか。まずは―」
「いやあ、思ったよりかかったな。さすがは諜士って感じだ」
流しで返り血を洗いながら僕とカーシェスとクロウは談笑した。
「お二人とも凄い迫力でしたね。見てるこっちが震え上がっちゃいましたよ」
「その割に一つも表情を変えずに、淡々と喋ってたお前が一番怖いよ」
カーシェスが声を上げて笑う。僕も笑みを抑えきれないまま、肩の方まで跳ねた血を洗い流していた。手袋をしていたので拳は大丈夫だが、唾液や体液の混ざった赤黒い血はねっとりとしていて綺麗にするのには中々難儀する。
痛みはずっと確かなものだ。僕らのあいまいな死よりもずっと。痛みを受け、そして与えている間こそが、最も生を実感できる瞬間だった。
「先に喋ったのはどっちの方だったっけか?クロウ」
カーシェスが手を振って水滴を飛ばしながら聞く。隣で洗ってる僕の方まで飛んでくる。彼は少々気遣いが足りない。
「カーシェスさんの方です。猿轡を外すのを忘れて、怒って余計に何発か殴ったのはどうかと思いますけど」
「ハハハ、そうだったな。アレは間抜けだった。必死になってんのにあーだかうーだかしか言わないからおかしいと思ったんだよな」
また一つ笑い声が部屋に響いた。僕も腕を洗い終え、布で腕を拭いた。メイエフが先に諜士長に報告に行っているから、僕らも行こうと言って部屋を出た。
「お前ら人間じゃない」
部屋の外に何人かの諜士が溜まっていた。こちらの様子をずっと窺っていたようだった。僕から特に用事はなかったから横を通り過ぎようとしたら、そのうちの一人にそう声をかけられた。
僕は別に気にも留めなかったが、カーシェスは立ち止まって、諜士の方に振り向いた。
「ああ、そうだよ。お前らがそうしないから、俺たちが代わりにやめてやってるんだ」
それだけ言って、再び歩を進めた。
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