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 「ああ、ちょうど"奇跡"の始まるところだ」

 祭壇には中年の男が乗せられていて、その奥には司祭が立っていた。手前には、家族であろう中年の女、若い男と女が、祭壇に横たわる男を見下ろしていた。そして周りにはたくさんの野次馬がいた。特に休日の昼間に"奇跡"が行われるとなると、手持ち無沙汰で見物に来る人は珍しくはなかった。

 「奇跡…って何ですか?」

 カナエが不思議そうな顔でこちらを見てきた。

 「ああ、きっと君にとっては珍しいだろう。死んだ魂が体に戻ってくるんだ。その儀式だよ」

 正しくは儀式と言おうか、詠唱と言おうか、とにかくその手順は今から始まるようだった。野次馬の中には酒を飲んでいるものもいるようで、やかましく何かがなりたてていた。

 「死んだ人がよみがえるなんて、そんなことがありえるんですか…?」

 「君の世界では、ないのかい?」

 横たわる男の身体が一瞬跳ねた。それから腹が持ち上がり弓なりの体制になった。魂が体に戻ってきた様だった。

 「あ、あれ、大丈夫なんですか?」

 男は小刻みに跳ねている。祭壇が音を立てるたび、野次馬も盛り上がり、がんばれ、だの、もうすこしだ、だの言って騒いでいる。それらを見る彼女の顔には怯えの顔がはっきりと見てとれた。

 一瞬の静寂の後に、男が起き上がった。家族は抱き合って喜び、野次馬は歓喜の雄たけびを上げる。みな口々にシルヴィア様への感謝の言葉を述べた。蘇った男だけが少し呆けたような顔をして、なにが起こったか分からなさそうにしていた。

 彼女の世界では、きっと死人は生き返らないのだろう。男が立ち上がった後でも、彼女は理解できないといった表情をしていた。

 「あれが"奇跡"だ。あの男も事故か何かで一度死んだんだろう。それで亡くなった魂を、もう一度肉体に戻せるんだ」

 「シュルトさんも、生き返ったことがあるんですか…?」

 「ああ。何度もね」

 「そんな…そんなのおかしいですよ…死んだ人が、もう一回…」

 「"奇跡"っていうのはシルヴィア様が研究された、誰にでももたらされる回復魔法の総称。…僕らにとっては、あれが普通の光景だ」

 「私…私は絶対に生まれ変わりなんかじゃないです…だって、だって…」

 「…すまない。出よう。夕方だし、今日はもう宿屋に戻ろうか」

 僕らは教会を後にした。人々の熱狂はしばらく収まりそうにはなかった。


 「それで、デートは楽しかったか?」

 日が暮れて、僕らはアジトに戻っていた。カナエと同じ宿屋で、僕らは離れ、彼女は本館の、最も逃走経路を確保しやすい位置の部屋。

 「彼女を一目でも見てないのか?まだ子供だ。クロウよりも若い。親戚の子と遊んでるような感じだよ」

 僕ら4人は同じ部屋があてがわれた。情報共有はしやすいが、4人には少しだけ狭い。

 「それでも俺たちよりはずっとマシだ。何もねえ野原をぐるぐる回るだけよ。つまらないったらよお」

 カーシェスはずっと文句を垂れてる。メイエフは腕を組んで僕らの会話を聞いている。クロウは緊張で疲れたのか、さっさと寝てしまっていた。

 「それで、彼女はどうだ?何か共有しておくことはあるか?」メイエフが僕に聞く。

 「特に、危険性があったり、緊急を要することはない。他国や他の宗教団体から襲われるようなこともなかったし、気配も感じなかった」僕はそう答えた。「それと、彼女自身は普通の人だ。別の世界から来たと言っても、著しく常識がかけ離れていたりはしない。知らないことはあってもな。普通にしてたら、転生者とはバレないんじゃないかな」

 「楽勝な任務ってことだな」カーシェスが口を挟む。それから煙草を咥えた。

 「窓開けろよ」

 「へいへい」

 確かに彼の言う通り、極秘任務にしては相当楽な任務だ。明日もう一日女の子と街を歩いて、明後日馬車で聖都に送ればそれで終わりだ。

 「まあ、何があるかわからない。気を引き締めていくよ」

 「そうだな」メイエフが答える

 「俺たちも、もしかしたら魔獣が発生するかもわからない。俺たちが他国からの斥候を見つけるかもしれない。気を引き締めよう」

 ああ、と答えて、そこで会話が途切れた。何となくすぐ寝る気にもならなかったので、窓辺で光るカーシェスの煙草を眺めていた。

 赤い光が、祭壇の側に据え付けられた燭台の炎を想起させる。意識がカナエの言葉を思い出す。

 そんな、そんなのおかしいですよ…死んだ人が、もう一回…

 ああ、僕もそう思うよ。

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