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———シルバードの地方都市では、窃盗や暴行等の犯罪率がここ最近増加傾向にあると憲兵団は発表した。失業率の増加や、就職率の低さが背景にあると考えられる。憲兵団は外出の際は細心の注意と、特に深夜の外出を控えるように呼びかけている———

 

僕は今までに数え切れないほどの人を殺した。一番多いのは剣で首を跳ねることだ。その次に心臓を刺して殺すのが多いと思う。

穢れたものを殺す時は、首を跳ねることが推奨されている。即死だし、潰したり斬り裂いたりする場合と違って、血や内臓であたりが汚れないからだ。

僕が聖騎士団に入団して、それからすぐにカーシェスとメイエフとチームを組んでから、僕らの役割はずーっと変わっていない。僕が直接のトドメをさす役目。僕らのチームは聖騎士団内でも相当成績がいいから、僕の殺人件数は聖騎士団全体で見ても多分一番多い。

その年の、首を跳ねた数が多かった者には、聖王陛下から報奨が貰えることになっている。穢れたものから人々を救った功労者としてだ。つまり僕はこの年の功労者候補ということだそうだ。


 「ヴィオルナに追加派兵ですか。我々が」

 調査部隊が発ってから3日後のことだった。以前、白銀山に入った時の小隊、僕とカーシェスとメイエフと、そしてまだ新人騎士のクロウが聖騎士団本部の会議室に呼ばれていた。

 「そうだ。聖小石が反応した件について、我々聖騎士団に任務が下された」

 聖騎士団の副団長が僕らに説明する。副団長はその名の通り、聖騎士団内で団長に次いで、権限を持っている人だ。ヴィオルナ国軍には様々な部隊があるが、聖騎士団は聖王直下の部隊で、軍内の序列は相当上なので、副団長もつまり相当偉い人ということになる。

 副団長と、僕とカーシェスとメイエフはそこそこ付き合いが長い。僕らが入団したとき、彼は僕らの教育係で、その時はまだ副団長じゃなかった。そこから、僕らが頑張って任務をこなしていくのと同時に、彼の地位も上がっていった。

 「ヴィオルナには既に部隊が派遣されていましたが...」メイエフが尋ねる。

 「そうだ。諜士がヴィオルナに派遣された」

 諜士は主に情報収集や偵察任務請け負う部隊だ。すなわち僕らを対魔獣部隊とすると、彼らは対人部隊である。彼らこそ川の底に人を沈めているかもしれない。

 「…魔獣ですか?」今度は僕が聞く。

 「いや、違う。ヴィオルナに魔獣も穢れたものも確認されていない」

 諜士だけでも殆ど任務は遂行できる。その彼らをとび越えて僕らに任務が下ったという事は、聖王陛下直属の部隊であるという特徴に焦点が当たったようだ。

「極秘任務か」カーシェスが言う。「今度はどんな後ろめたいことをするんだ」

「冗談でも聖王陛下を貶めるような発言はしないほうが良い」副団長が釘をさす。クロウの方を見遣ると、その顔は非常な緊張に包まれていた。

「出発は?」

「すぐだ。俺も行く」

椅子から立ち上がる。ガチャガチャと鎧が音を立てる。西棟にあるこの古い会議室は、誰にもすれ違わずに厩舎に行ける道につながっている。つまり、この部屋に呼ばれた時点でこの展開は予測できたということだ。

「あの、任務の内容は」

新人団員のクロウが聞く。

「途中で説明する」

僕らは振り向かずに厩舎に向かう。


「つまり僕らの世界とは別の世界があって、そこから人が来たってことですか」

僕らは道すがら、驚くべき事実を聞かされていた。

「そうだ。専門用語では転移と言う。別の世界から転移したものは転移者だ。その転移者がヴィオルナに現れたようだ。聖小石の大きな反応はそれだ」

副団長はそう説明した。

ヴィオルナは馬を飛ばしても聖都からは2日ほどかかる距離だ。僕らは全員が馬に乗っているが、それと別に馬車も率いているので、3日はかかるだろう。

「…別の…」上手く理解できないまま僕は言葉を紡ぐ。「別の世界ですか。…物語や伝承の話ですか?」

「そうだな。俄かには信じがたい話だろう。しかし、転移者は存在するんだ。我々の世界とは似て非なる別の世界から、何かの拍子でこちらの世界にやってくる」

「別の世界って…どんな?」カーシェスが聞く。

「知らん」副団長が一蹴する。「俺は違うからな」カーシェスに振り向きもしない

「ただ…魔法の存在しない世界のようだ。さらに、技術や社会構造が我々の世界のそれよりもはるかに発達している」

「未来の世界ってことですか?」

「いいや…歴史がまるっきり違うようだ。本当に別の成り立ちがあって、別の歴史を持つ世界ということだろう」

「…まあ、それは追々理解するとして」今度はメイエフが喋る。「我々の任務は?その転移者に関するものなんでしょう?」

「…転移者は神聖視されている。この世界にやってきたのは、シルヴィア様の意思によるものだと。あるいはシルヴィア様の生まれ変わりだと考えられることもある」

 僕はもちろん、シルヴィア教の敬虔な信徒である。ただ、自然災害、あるいはその他の不可解な現象全てをシルヴィア様と結び付けて考えたりはしない。しかし、転生者なんていう、突飛なものが現れたら、確かにそう信じたくなるのもわかる。

 「転移者を保護し、聖都まで無事に送り届けるのが我々の任務だ」

「聖都に送られた後はどうなるですか?」僕はそう聞いてみた。

「聖王陛下に謁見する。それが転生者に対するこの国のしきたりだ」

「その後はどうなるんですか?」

「…さあな。ただ、転移者であったということは隠され、平和な暮らしを送るらしいとは聞いた」

つまり元の世界には戻れない、ということだ。


ヴィオルナは北方の地方都市だ。冬の厳しい寒さに耐えるため、暖房器具を備えた建物は煙突を備えており、そういった家々が立ち並ぶ姿を見るのはなかなか面白くもあった。

国境のわりかし近くにあることもあって、様々な地方から人やものが集まるヴィオルナは、聖都ほどではないが、結構な都会だった。なので、彼女に見せるものや案内するものにも事欠きはしなかった。

「ここでの暮らしには、少しは慣れたかい?」

僕は彼女にそう聞いた。彼女はいわゆる普通の町娘がするような格好をしていて、外見だけだと、異世界から来た人とはまるで分からなかった。

「はい!戸惑うことも多いですけど…皆さん優しくて、少しずつ慣れてきました」

彼女はほんの数日前にこの世界に来たばかりのはずだ。大した精神力だと思った。


「転移者が現れたことを知っているのは諜士長と我々だけだ。他の諜士には、魔獣が出たから我々がきたと説明してある」

ヴィオルナに着く直前に、副団長は僕らにそう説明した。

「何故ですか?」カーシェスが単刀直入に聞いた。

「情報を秘匿する必要があるからだ。彼らを神聖視しているのは我々だけではない。他国や、国の内外を問わず、過激派集団にも狙われる存在だ。それらの存在より先に保護する必要がある」

「敵を騙すにはまず味方からってことですか」

「そういうことだ。我らの任務は国内にも極秘だからな」

副団長がアゴヒゲを触った。3日もあれば、彼の頬は無精髭で荒れた土地みたいになる。


 「は、はじめまして。壬生叶彗です。日本から来ました。高校2年生です...っていっても分かりませんよね。えと...」

 先にヴィオルナに来ていた諜士達が拠点として押さえていた宿屋の一室で、僕らは対面した。

 彼女は緊張しているように見えた。新人のクロウと同じくらいか、それよりも若く見えた。ニホン、というのはおそらく彼女の生まれの国だろう。別の世界の、別の国。

 部屋には彼女と僕だけだった。僕以外の団員は、魔獣の撃退に行っていることになっている。僕だけが彼女のエスコート役になった。僕は聖騎士団の騎士ではなく、聖都から派遣された文官という事になっている。転移者専門の役人。普段の仕事とは正反対だ。けれど違うのはそれだけ。どちらも異形のものを相手にするという点は変わりなかった。

 「こんにちは、カナエ。僕はシュルト。聖都から来た。よろしくね」

 それから少し、彼女に状況の説明をした。彼女みたいな存在は極稀に現れること。聖王陛下に謁見するために、聖都に行く必要があること。聖都には3日後に出る馬車の定期便に乗っていくこと。

 「聖王陛下に謁見って...わ、私、そんな偉い人に会ったことって無くて...だ、大丈夫でしょうか?礼儀とか、作法とか、全然...」

 「ああ、大丈夫さ。僕も聖王陛下にお会いできることは殆どないけど...そんなに怖い人じゃない。それに、君はこの国にとってとても重要な存在だからね。逆にちやほやされると思うよ」

 「な、なんでですか?女子高生だから...?」

 「ジョシコウセイ...?いや、この国の宗教に絡んだ話なんだけど。道すがら詳しく話してあげるよ」

 「道すがら?どこか行くんですか?」

 「ああ。外に出て、街を見よう。2日もあるんだ。この国の事、この世界の事、色々と歩いて見ながら説明するよ。もちろん君の事も聞かせて欲しい。さあ立って」

 そうして、部屋の外にいる諜士長に説明して、僕らは街に出た。

 

 今から数百年前、世界はもっと魔獣にあふれていた。魔を統べるもの、魔王と呼ばれるものが存在し、人間と熾烈な争いを繰り広げていた。争いは何年も続き、人々は疲弊していた。

戦いに終止符を打つべく、魔王を討伐するパーティが組まれた。国の枠を超え様々なものが集まった、少数精鋭の部隊だ。その中にはシルヴィア様もいた。

 パーティは見事魔王を討伐した。もちろん、そこに至るまでも様々な逸話があったけど、それはまた今度話そう。重要なのはシルヴィア様が生還され、パーティが解散したあとはこの国た戻られ、その生涯を過ごされたことだ。

 シルヴィア様は魔法の研究に生涯を捧げられた。死後も研究は引き継がれ、その結果生まれたのが奇跡だ。その頃にはシルヴィア様は現人神であったと考えられるようになって、絶対の女神として捉えられた宗教も出来上がっていた。それがこの国の国教シルヴィア教だ。国の名前もシルバードに変わって、それからさらに何十年も経ったのが今の世界だ。

 その間に歴史も研究されて、シルヴィア様も元は人間だったって事実は一般的なものになってる。そして今は女神になって、皆を見守ってくれている。そういう解釈だ。

 転移者が確認されだしたのは最近だ。彼らがここにやってきた理由は分からないが、何かシルヴィア様の意志がそこにはあるのだと考えられるようになった。

 「—そして、いつしか君のような転移者は、シルヴィア様の生まれ変わりだと考えられるようになった。国民がこのことを知ったら、君に一目会いたいとみんな思うだろう」

 石畳の上を歩くと、コツコツと音が鳴る。冬は特にその音が好きだった。少し重たい空気に、音が通っていく感じ。

 「はえ~...でも私、何も話とかできないですけど。その人が誰かも知らないし」

 彼女は僕の隣で、揚げパンに砂糖をまぶしたお菓子を食べ歩いている。名前は忘れたが、この地方でよく食べられているもので、なかなかイケる味だ。

 「こういうのは向こうが勝手に、良いように解釈するのさ…そうだ、どうせだし教会にも行ってみようか」

 教会は街の中心にある。こういった作りになっている街は珍しくなかった。今日は休日だから人も多いだろうし、この世界のことをよく知れるかもしれない。そう思って教会へと向かった。


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