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 ——聖王陛下はレーペ地方、ヴィオルナに部隊を派遣することを決定された。ヴィオルナは聖都シェルミルから早馬でも2日はかかる距離。ヴィオルナ周辺に何があるかは不明だが、聖小石がわずかに反応した模様——


 「影の一党の処刑の方法を知っているか。石を括り付けて、湖の底に沈めるそうだ」

 カーシェスとメイエフと僕は、昼休みにはよく一緒に昼ご飯を食べていた。彼らと僕は同じ年に軍に入り、同じ訓練を経験し、同じ時期に選抜を受け、聖騎士団にも同期で入団した。だから普段から一緒に行動することが多い。今日も一緒に食堂で昼飯を食べている。

 「ほう。物理的に”奇跡”を受けれなくするわけか。残酷なことを考えるな」

 ここ、聖都シェルミルは、世界中から様々なものが集まる大都市だ。シルバードの国教はもちろんシルヴィア教ではあるが、他の宗教を弾圧することはなく、何を信仰の対象とするか、あるいはなにもしないかはすべて自由になっている。そういった宗教的寛容さがこの都市に人やものを集め、その発展を促してきた。

 メイエフはシェルミルで古くから続く大商人の家系の子で、所謂金持ちのボンボンだ。上流階級で育ってきたはずだが、カーシェスがよく話すようなゴシップが意外と好きなのだ。今もこうしてカーシェスの話にノリノリで合いの手を入れている。

 「そうとも。だからミダスの運河の底には死体がごろごろ転がってるって話だ。建築省と公衆衛生省が死体の処理で揉めてるらしいぜ。死体をどうにかしないと運河周辺の開発ができないってな」

 「アホらしい。河の底にそんなに死体があったら街中伝染病でえらいことになっちまうよ。それになんだその影の一党っていうのは」

 僕はたまらず突っ込みを入れた。こういう話は普段は無視するんだが。

 「影の一党ってのは、裏の仕事人集団の事だ。この街の闇に潜んでいる。殺しの仕事を請け負っていて、噂じゃあ聖王様の直轄の組織という話もある」

 聞く人に聞かれたらまずいことになりそうなことをカーシェスは言う。幸い、今は昼休みは食堂は人でごった返していて、僕らの話が他人の耳に届くことはない。そしてちゃっかり運河の死体の話は無視している。彼もそっちは無理があると思っていたようだ。

 「殺せないだろう。”奇跡”があるんだから」

 「それが殺せるんだよ。不思議な魔法だか技術を使ってな。その一つがさっきの言ったやつだ。でもこれは身内から裏切者が出た時の処刑方法らしいぜ。ターゲットには使わない。苦しめて殺す方法だからだ」

 大事なところはぼかすのがこの手の話の常だ。だが、カーシェスは得意満面だし、メイエフは目をキラキラさせて聞いている。

 「ヴィオルナの話はないのか。今朝の新聞に載ってたろう。俺はそっちの方がよっぽど気になるんだが」

 話を強引に転換させた。といっても、この話題もそういった、根も葉もないうわさが好きな人たちの間では持ち切りの話題だ。

 「そっちの話も確かに気にはなるな。俺たちが駆り出されてないってことは魔獣は出てないみたいだが」

 僕ら聖騎士団は基本的には魔獣退治を専門とする。僕らに出陣の命令が下っていないということは、恐らくヴィオルナには魔獣は出ていないだろう。

「聖小石が反応したという話だったな。大魔法が使われたとなると、一番ありそうなのは、紛争だが…それだったらそう伝えるはずだ」

 「聖小石は、厳密には巨大な魔力に反応するものだ。殆どは大魔法だが、数千規模の魔法を同時に使用したり、穢れたものが顕現しても反応することはある」

 とは言っても、そんな話は殆ど聞いたことが無い。一番可能性がありそうなのは、何か大きな事故が起こったか、それとも聖小石の不具合かだ。

 「まあ調査部隊の報告待ちってところだな。世の中には不思議なことがあるだろうから...」

 そこまで話したところで、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。僕らは食堂を後にして、午後の仕事に赴いていく。ここの所、魔獣や穢れたものの発生の報告をよく聞く。出動もあるかもしれない。


 午後はクロウを投げ飛ばしていた。

 訓練場の地面はやわらかい芝になっているとはいえ、結構痛い落ち方をしたはずだ。けれど、彼はすぐに立ち上がった。

 「もう1本、もう1本お願いします!」

 ガッツのあるやつだ。僕らは強くある必要がある。それはもちろん魔獣に負けないためであり、穢れたものをもとに戻すためであり、時に不逞の輩を取り押さえるためである。僕らが聖騎士団であるために、鍛錬は欠かせない。

 「いいよ。かかってこい」

 クロウが走ってかかってくる。クロスレンジ、リーチが交錯しあうギリギリのタイミングで姿勢を低くし、3次元的な距離を使って下から奇襲をかけるのは良い手だが、読まれたら意味が無い。掌底をかわし、彼の喉に折りたたんだ左腕の前腕をたたきこむ。彼が吹っ飛び始めたタイミングで、今度はこちらの右の掌底を胸に突き刺す。彼は吹っ飛んで再び倒れた。

 「フェイントをするなら、最初から少し低姿勢の方が良いよ。浮き上がってからもう1度沈むと、2重にかけれらる」

 こういった対人戦の技法は、対魔獣戦においては直接役に立つことは少ないし、穢れたものとも基本的には1対多で当たるようにするのが戦術だ。しかし、1対1で戦わなければならない状況も稀にあり、そういった時にこういう技法を体得していないと敵に打ち勝つことはできない。

 「ゲホッ!ゴホッ!...はあっ...もう1本お願いします!」

 クロウは立ち上がろうとするが、もうフラフラだ。

 「いや、休憩しよう。僕が言うのもなんだけど、無理のし過ぎはよくない」

 「い、いや。まだいけます!」

 「いいから休めって。そんな状態で続けても逆効果だ。今のはちょっと、いいのが入りすぎたしな」

 無理やりに座らして、僕も隣に座った。

 「しかし、ガッツあるやつだなお前は。僕は対人訓練なんて痛いし、しんどいし、嫌で嫌で仕方なかったけどな」

 ギラギラした野心みたいなものが、全くなかったとは言わないが、単純に痛いのは嫌いだったし、まだ新人だった僕は、人ならざるものから人を守るために聖騎士団に入ったのに、人から殴られる意味がわからなかった。だからこの訓練が嫌いだったし、だから訓練相手の指導教官にムカッ腹がたって、必死で自分を鍛えて、結果的にいまの聖騎士団では1,2を争うくらい腕っぷしが強くもなった。けれど、今でも人を殴るのも殴られるのも嫌いだ。

 「僕は、のし上がりたいんです。聖騎士団内を登っていって、もっと多くの金を稼いで、家族に渡したい」

 クロウには年の離れた妹がいて、その子に魔法の才能があることを後から知った。魔法学院に通って、理論を学ぶには莫大な金が必要になる。彼の家は貴族でも豪商でもない普通の庶民だ。彼は妹の為に学費を稼ぐ必要がある。

 「やる気があるのは良いけど、根を詰めすぎるなよ。無理がたたって、体を壊しでもしたら元も子もない」

 肉体は死ななくても、心が死んでしまうことはある。心の傷は、外から見ても分からない。

 「...誰かいたんですか?そう言った前例が」

 クロウが聞いてくる。知らない間に顔に出ていたようだ。

 「ああ、君の前任がな...まあ、今度気が向いたら話してやるよ」

 僕は立ち上がる。やる気がある様なら、もう2,3回クロウを投げ飛ばすことにしようと思った。


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