第15話「ヴュルテンゲルツ流剣闘術」
レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツは、思う。
私は、厳しく詰問を受けた。
どこぞの悪い虫にたぶらかされたかと、
正当な理由はある。
だが、お父様を説得するのは、非常に難しい。
お父様の記憶はまだ戻っていないからだ。
前世の話をしても頭がおかしくなったと思うだけだろう。
だから、前世の話を抜きにして反論するしかなかった。
お父様は激高し、私は携わっていた仕事も取り上げられ、身動きができない立場になりつつある。
草乃月財閥の実権はお父様が握っており、私は、お父様の力を借りて「権」を行使していたにすぎない。
これ以上「権」を奪われては、私は大事な「ショウ」を守れなくなる。
覚悟を決めなければならない。
お父様……。
譲歩は、ここまでです。
骨肉の争いはできるだけ避けたかったのですが、お父様が本気で動くのならば、私は全力で抗います。
お父様の記憶は戻っていない。
それは悲しいが、チャンスでもある。
あの激動の時代に辣腕を振るっていたお父様ではない。この平和な日本でぬるく経営を担っている今のお父様なら十分に挽回できる。
まずは、護衛のロックに連絡をして……。
「麗良」
この忙しい時に一番会いたくない男が現れた。
お父様は、このクズとの仲をしきりに深めたがる。
私のスケジュールを教えたのだろう。
あいかわらず憎らしい顔をしている。
こいつはにっくき仇だ。
殺したい。
いや、だめだ。落ち着け。ここは絶対王政を敷いていたヴュルテンゲルツ王国ではない。法治国家ジャパンである。こいつを殺せば、刑務所行きだ。
今は雌伏の時、怒りを押し殺す。
「麗良、待ってくれ」
「……放しなさい」
汚らわしい。
ハンカチで
「れ、麗良、どうして……」
「二度は言わせない。私の名をその汚らわしい口で二度と呼ぶな」
「白石は嘘を言っている。俺は、麗良一筋だ。信じてくれ」
前世の大公時代のシモンを彷彿させる。
この表情に愚かな私は騙された。誠実な男なんだと、この男ならば国を守ってくれるだろうと。
身分の差からショウを諦め、この誠実の仮面をかぶった
ふっ、それは大きな間違いだった。
無駄だというのに、私はとっくにお前の本性を知っている。
それにしても黙って聞いていれば、勘違いもはなはだしい。
この
「誤解のないように言っておく。貴様がどこの雌猫と戯れようが、私には一切関係ない」
「ぷっ、なんだ。やっぱり嫉妬して怒ってたのか? 誤解だよ」
何を勘違いしたのか、
そして、笑顔で近づき、
「それにしても、俺へのあてつけならもう少し人選を考えたほうがよかったんじゃないか? なにも白石のような底辺にしなくてもいいだろう」
また私の大事なショウを侮辱した。
こいつは百回殺しても飽き足らない。
「ショウを侮辱するなら殺す。言ったはずだ」
「お、おい、正気か? 本気であいつなんかを」
「本気だ。私の理性が残っているうちに消えろ!」
本来であれば八つ裂きにしても飽き足らないが、今は、
早急に権限を取り返さなければならない。お父様相手に荒っぽい真似はしたくないのだが、小金沢グループも関与してきている、それも視野に入れないといけないだろう。
携帯電話で指示をしながら、足早に進む。
「待ってくれ」
しつこい。また蹴り飛ばしてやろうか、そう考えていると、
「白石が今どうしているか、知っているか?」
ショウ!?
「ショウに何をした?」
きびすをかえし、
ショウ、無事なのか?
自分でも驚くほど殺気を出しているのがわかる。
カバンから特殊警棒を取り出し、
ショウの身に危険が迫っているのならば、もはや法律がどうのとは言ってられない。今すぐこの
「お、落ち着け。物騒なものを出すな。俺は何もしていない。本当だ。あいつが勝手にやらかしたんだ」
「信じない。何をした?」
「だから、したのは白石だ。これを見てみな」
携帯に保存されている動画が再生され、電車の車内が映し出される。
車内には、十数名の乗客がいて、三人の女がいる。そのうちの一人が携帯で撮影をしている様子だ。一人の女が「
「ショウを監視してたのか?」
「監視? 人聞きの悪いことを言うな。お前が白石の奴をあれほど気に掛けるから伝手を使って調べてただけだ」
「調べる? ものはいいようだな」
「お前が悪いんだ。いきなり翔なんて名前呼びするわ、俺に暴力を振るうわ」
「言い訳はもういい。で、結局ショウに何をした? ただ女がショウと話をしているだけじゃないか」
「そうだ。話をしている。鼻を伸ばしてヘラヘラとだ。とても麗良に相応しい男とは思えない」
ツインテールの女がショウに近寄り、話をしている。
趣味、経歴など……。
あからさまに腕を絡めたり、ショウに好意を寄せているように見せている。
尻軽女め。
ショウは、少しおどおどしているが、そんな尻軽女相手でも終始笑顔で対応している。
相変わらずだな。
こんな性格の悪そうなアバズレ、ショウの好みではない。そんな女相手でも礼儀を忘れないのだ。
ふざけるな!
今は記憶が戻っていないので、頼りなく見える。だが、本質は違う。ショウは、誰よりも知恵と勇気を持つ素晴らしい男だ。そんな男に惚れない女なんていない。実際、ショウはモテた。
大商人の娘、亡国の姫に始まり、ショウに助けられた女達。いつの世でも真っ先に犠牲になるのは、力のない弱者なのだ。
皆、一廉の女だ。
特に、ショウの腹心、右腕、懐刀と呼ばれた女。
記憶が完全に戻っていないため、顔と名前はシルエットのままだ。
でも、覚えている。
あの女のショウへの思いは本物だ。私もあの女には、ずいぶんやきもきされたが、これは
焦りや嫉妬が沸きようもない。
「くだらん。ショウは優しいから、こんな尻軽そうな女でも笑顔で対応する、ただそれだけだ。それより、知り合いの女を使ってこんな茶番を仕掛け、貴様の品性が下劣なのはわかったぞ。まぁ、もともと知っていたが」
「くっ。どこまで奴を信頼する。どう見ても女にのぼせ上った腑抜けの姿だろうがぁあ!」
「貴様のようなクズにショウの素晴らしさは、かけらも理解できないだろう。これで終わりか? もう行く、時間を無駄にした」
「待て、待て。ここからだ。ここからなんだよ」
「へっへ、俺も驚いたよ。この後、この後だ。あいつとんでもないことしでかしてんだ」
「……早く言いなさい」
「あせるなよ。動画を見てたらわかる」
ショウの身の安全が懸かっている。
少しでも情報を得なければならない。
それから携帯の動画を見ていたら、
ショウが尻軽女のお尻を触り、尻軽女が悲鳴を上げたのである。
「なっ! 俺は、彼女に調査を頼んだだけだ。可哀そうに。奴が性欲に負けて襲ってくるなんて夢にも思わなかっただろう」
「白石は退学になる。電車内で痴漢行為を働いて警察に捕まったんだからな」
「……携帯を貸して」
「へっへっ、麗良もようやくわかったようだな」
「いいから貸しなさい」
「あぁ、いいぜ。存分に奴の醜態をチェックしろよ」
ショウと尻軽女が会話をし、ショウが尻軽女の尻を触る。
動画ではそう見えるが、その間の映像がカメラのアングルでよく見えない。
うまい編集の仕方だ。これだけを見たら本当にショウが痴漢をしたように見える。
記憶が戻っていない私なら信じただろうな。いや、物的証拠がなくてもこの
なんとも愚かな女だった。
この
前世、嫌というほど実感した。
この
動画とか物的証拠とかどうでもいい。
大切なのはショウ、ショウが正しい。
私はショウを知っている。知っているのならば、答えはわかっている。
ショウが
ショウを救う。
まずは、この捏造データを壊そう。
クラウド上、送信メールの添付ファイル、SDカード内など。
いくつか削除したが、他にもありそうだ。
調べるには時間がない。これは、
「ほかにデータは?」
「なんで……そんなこと」
「いいから応えなさい」
「……俺の調査に協力してくれた子が持っている。それよりどうだ、白石の正体を知って幻滅したか?」
けらけらと笑う
「なっ!? お前いきなりなにやってんだ!」
「へぶらぁああ!」
私の大事なショウを苦しめて、許さない。
倒れている
その度に悲鳴を上げる
実に気分がよい。
警棒を振り下ろす毎に、心にこびりついている糊が消えていくようだ。
ゴキッ、バキッ!?
鈍い音が響く。
「あ、あ、くそ、いてぇ、いてぇぞ。あ、あ、ちくしょう! 俺の歯が!?」
振り下ろした攻撃の一つがクリーンヒットしたようだ。
「くっく、いい顔になったじゃないか。お似合いだぞ」
「て、てめぇ、こっちが下手に出てたらいい気になりやがって! もう許さねぇ。ぶっ殺してやる」
はぁ、はぁ、と息を乱してはいるものの、アドレナリンが大量に放出しているようで、しっかりと立ち上がる。
「麗良ぁああ! てめぇが財閥の娘だろうと容赦しねぇ。ぼこぼこに顔を腫れ上がらせてやる。嫌だと言ってもやめねぇ。俺に従順になるまで、何度も何度もぶんなぐってやるからなぁ!」
「ふっ、とうとう本性を現したか。いいぞ、それでこそ殺しがいがある」
「ほざけぇえ!!」
ボクシングスタイルだ。
私は、カバンから特殊警棒をもう一つ取り出し、両手で構える。
二刀の構えだ。
「二刀? くっく、素人が。麗良お前は俺のボクシングの腕知っているよな。プロのライセンスも取った。それがどういう意味かわかるか? わからないよな。だからこんな馬鹿な真似をした。今から教えてやる。プロボクサーのパンチがどれだけ痛いかってな」
「ヴュルテンゲルツ流武技、三の太刀」
右手の特殊警棒を
「ぷっ、ヴェルなんだって? 麗良、やっぱりお前頭がおかしくなったんだな!」
勝ち誇った顔だ。自分の勝利を確信している目だ。
甘いな。
この技は、実践剣闘術だ。王宮に努める近衛隊長直々に習った。確かに私は剣を持って敵兵の首を獲ってはいない。戦闘のプロとは言えないだろう。それは兵士の仕事であり、王の仕事ではないから。王が戦場で剣を取ってはならないのだ。
だが、嗜みとして剣術は習っている。
嗜みとはいえ、数多の戦場を駆け抜けた近衛隊の隊長から直々に習ったのだ。
前世、血反吐を吐くほどの訓練を行った。訓練とはいえ、何度も死にかけた。
貴様のようなぬるい練習は、一度としてしない。
プロのボクサー?
ふっ、記憶が戻っていない貴様は一介の高校生だ。生き死にも経験していない。たかがボクシングをかじった程度のクズに負ける道理はない。
私は、
「あ、あぐ、はぁ、はぁ、いてぇ。死ぬほどいてぇ」
特殊警棒についた血を拭いカバンにしまうと、
「あ、あ、まさか……」
「あぁ、そのまさかだ」
私は満面の笑みを
「や、やめ、退院したばか――」
「死ねぇ!」
「ぐへぇらぁああ!!」
最後は思いっきり
泡を吹いて気絶する
「ショウ、もう少しの辛抱だ。私が今助けに行く」
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