第14話「恋の予感? 第二のヒロイン、関内 愛里彩との出会い」

 久しぶりに独りでの下校だ。


 今日も、麗良はどうしても外せない用事があるとのこと。もともと麗良は、いくつもの習い事や、会社経営にも携わっていた。俺にいつまでもかかわっている時間があるはずがない。


 麗良と電話もラインも繋がりにくくなっているけど、本来これが正常なのだ。


 めちゃくちゃ忙しいんだろうな、きっと。


 最近じゃボディガードの黒岩さんも俺でなく麗良につきっきりだしね。


 前に麗良と連絡が取れた時は、現状を心配したのか、臨時でボディガードを雇って寄こしてくると言ってきた。


 だが、断ったよ。


 いやいや、黒岩さんは別として、知らないごつい奴と一緒では気を遣ってしょうがない。俺は、草乃月財閥のご令嬢に取り入る得体の知れない奴だろうし、針のむしろになるに決まっている。


 大丈夫、大丈夫。俺はもう安全だ。


 あれから紫門ゆりかど達も退院したらしいが、俺に手を出してはこなかった。


 あれだけ麗良に脅されからね。それが効いたんだろう、多分。


 ようやく……ようやくだ。普通の高校生活に戻れたのである。


 よかった。本当によかったよ。


 鼻歌を歌いながら駅に向かい改札をくぐる。


 ジリリと警音が鳴り、電車が近づいてきたことを知らせる。


 おっ、ちょうどいいタイミングじゃん、ラッキー。


 スキップ気味に歩いて、電車に乗る。


 車内は、それなりに混んでいた。


 俺は手すりに掴まり、ドアに寄り掛かる。


 ごとごとと電車が揺れている。


 家まで三駅だ。携帯をいじりながら暇をつぶしていると、電車が駅に止まり、女子生徒が数人乗ってきた。


 へぇ、堀恋高の制服だ。珍しい。


 堀恋高は、芸能科があって多数のアイドルを輩出している高校で有名だ。今も活躍するボーカリストや国民的歌手も堀恋高校出身である。拠点は、渋谷とか原宿とかでこの辺りではほとんど見かけないのに。


 ふぅん、皆、かわいいなぁ。


 芸能科の人達なのかもしれない。普通に道端ですれ違えば、振り返るレベルだ。


 特に、中央にいるツインテールの子は、可愛さが群を抜いている。人気アイドルグループでセンターを務めててもおかしくない。車内にいる男性陣もこの子に気づいて何度もチラ見しているし。


 いかん、いかん、あんまり見ているのは失礼だよな。


 慌てて目を逸らそうとすると、ツインテールの子と目が合う。


 瞬間、彼女がニコッっと微笑んできた。


 か、かわゆぃ!


 て、天使がいるよ。


 俺? もしかして俺に微笑んだの? とうとう俺にもモテ期来ちゃった?


 い、いや、それは自意識過剰だぞ、翔。そんな都合のよいことがあるわけがない。


 いや、でも、俺を見てるよね?


 天使は、満面の笑みを浮かべて俺を見つめている。


 すごくかわいい。ほれそう。


 動揺する俺のもとに天使が近づいてくる。


 えっ!? えっ!? なになに? 本当に俺に?


 すたすたと歩いてきた天使が俺の前でピタッと止まり、上目遣いに俺を見てきた。


「え、えっと、お、俺に何か用ですか?」

「白石さんですか?」

「あ、はい、そうだけど、なんで俺の名前……」

「ふふ、名札つけたままですよ」


 あ、浮かれすぎて名札をつけたまま帰宅しているのに気づかなかった。


 慌てて名札を取り、カバンに入れる。


「はは、失敗失敗。それで俺に何か用ですか?」

「お話がしたいなって、タイプなんですよ」

「うへぇ、俺がタイプ? うそだぁ?」


 俺は普通のモブ顔だ。今までかっこいいとかイケメンとか言われたことは一度もない。


「ふふ、そんなに卑下しなくてもいいですよ。かわいい顔してます。それに、その制服、南西館高校ですよね?」

「うん、そうだけど」

「やっぱり。頭いい高校ですよね。私、頭のいい人って好みなんです。少しお話してもいいですか?」

「も、も、も、もちろん」


 これって逆ナン!?


 こんなことが人生であるんだ。この制服も役に立つもんだね。がんばって進学校に入ってよかった。


 そして、この天使としばし歓談することになった。


 むふふ、こんな可愛い子に逆ナンされるなんて!


 周囲の男性陣からの嫉妬を感じるぞ。


 天使との歓談がスタート。


 この天使の名前は、関内 愛里彩ありさちゃん。


 現在、地下アイドルグループ『LASH』のボーカルを務めているんだとか。『LASH』は、女子中高生を中心に人気急上昇中のアイドルグループだ。メジャーデビューはまだだが、既にファンが数千人にも達するらしい。


 特にボーカルの愛里彩ありさちゃんは一番人気で、彼女会いたさに徹夜してチケットを入手する人が急増しているんだと。


 ちなみにこの情報は、携帯で検索したらすぐにわかった。


 確かにね。この子は、絶対に売れるよ。


 会話も男の言って欲しい、くすぐる部分をついてくる。痒いところに手が届くというやつだ。


 明るいし、社交的だし、何より凄く可愛いのだ。


 あぁ、いつまでも会話していたい。


 愛里彩ありさちゃんと楽しく談笑していると、車内が大きく揺れ、バランスを崩す。


 電車が急ブレーキをかけたのだ。


 俺は慌てて、手すりを掴む。愛里彩ありさちゃんもよろけて転びそうになってたので、もう片方の手で愛里彩ありさちゃんの肩を掴む。


「あぶねぇ。愛里彩ありさちゃん、大丈夫?」

「えぇ、優しいんですね」

「あ、ごめんね。思わず肩をつかんじゃった」

「いいんですよ」


 笑みを浮かべた愛里彩ありさちゃん。引っ込めようとしていた俺の手を掴み、そのままお尻に持っていく。


 えっ!? 何が起こったかわからず一瞬頭がフリーズする。


 そして……。


「いやぁ――っ!」


 耳をつんざくような甲高い女の声が電車内に響いた。


「こいつ、痴漢よ、痴漢! 私のお尻を触ったの!」


 愛里彩ありさが大声で俺を指さし、非難してくる。


「な、な、何いってんだ! 触ったって、あんたが無理やり――」

「ね? 嘘じゃないでしょ。こいつ私のお尻を触ったの。ひどい」


 愛里彩ありさが俺の言葉の揚げ足を取り、周囲の乗客に同意を求めた。


「こいつ、痴漢か!」

「取り押さえろ」


 愛里彩ありさの言葉をまに受けた周りの乗客数人が俺を取り押さえに乗り出した。鍛えてもいないモブの俺が、大の男数人がかりの力に抵抗できるはずがない。強制的に途中下車された俺は、なすがまま駅のホームで地べたに押さえつけられ拘束される。


「え、冤罪だ。誰か見てただろ? この女が俺をはめるところを。俺の手をわざと掴んでお尻に当ててきたんだ」


 俺は必死に訴えるが、誰も耳を貸さない。


 それどころか言い訳して逆切れしているみたいに思われた。


 あの場に乗客は何人もいたはずなのに、目撃者がいないだと。


 一体、何がどうなってやがる?


 答えを求めて頭をひねるが、事態を掴めない。


 そうこうしているうちに、騒ぎに気づいて野次馬達がどんどん集まってくる。


 ほとんどの野次馬が拘束され地べたに倒れている俺を、奇異な目で見ていた。そこから俺が痴漢して捕まっていると奴だとわかると、軽蔑の目つきへと変貌していく。


 片方の意見だけ聞いて勝手な奴らだ。真実は、冤罪なのに。


 そして、俺は見てしまった。


 野次馬達に紛れてほくそ笑む、紫門ゆりかどの姿を!


 やられた。


 俺は、紫門ゆりかどにはめられたのだ。


 あの女、紫門ゆりかどの仲間かよ。


 なんてことはない愛里彩ありさは、天使どころかとんでもない悪魔であった。


 とにかく、この状況はやばい。


「俺はやっていない。信じてくれ」

「うぐっ、ひぐっ……嘘よ。ずっと私をいやらしい目で見てた。怖かった」


 愛里彩ありさは、連れの友人の胸を借り、むせび泣きながら非難する。


 なんとうまいウソ泣きか。


 愛里彩ありさの連れも、そうそうとうなずき俺を「女性の敵だ」と罵る。


 彼女達も明らかにグルだ。


 思い返してみると、こいつらは俺と愛里彩ありさを取り囲むようにいた。いわゆる壁を作って乗客達に愛里彩ありさの悪巧みを目撃させないようにしていたのだ。壁を崩したのは、俺が悲鳴を挙げられ、愛里彩ありさが俺の手を掴んだ時だ。


 状況が俺を痴漢と言っている。


 目撃者は全員、愛里彩ありさの味方だ。愛里彩ありさは、被害者面して泣いたフリをしている。


 かよわき乙女の泣いている姿と無様なモブの俺。


 何を言っても無駄のようだ。


 野次馬も俺を罪人を見るような目つきで睨んでいる。


 ちくしょう、ちくしょう。


「放せ、放せ」


 ふりほどこうと必死に暴れるが、二、三人ががりで押さえつけられており、どうしようもない。


「暴れるな。往生際が悪いぞ」


 取り抑えているサラリーマン達も必死で俺を押さえつける。


 くそ、動けない。


 俺がじたばたともがいていると、群衆の中から一人の男が現れた。


 紫門ゆりかどだ。


「手伝いますよ。お仕事帰りの方のお手をわずらわせるわけにはいきません」


 紫門ゆりかどは、好青年の仮面を被り、さわやかに言う。


「あ、その制服、同じ高校の……」

「はい、同じ学校の生徒として悲しいです。僕が責任を持って罪を償わせます」


 サラリーマン達から引き渡された俺は、紫門ゆりかどから腕固めをされて再度拘束される。


「くっく、ざまぁないな」


 群衆に聞かれないように、耳元で紫門ゆりかどがささやく。


「くそ、紫門ゆりかど、こんなふざけた真似をして麗良さんが知ったら――」

「無駄だ。お前の犯罪現場は、ばっちり携帯で取らせてもらった。これを麗良に見せたらどうなるだろうな~」


 どうもなりはしない。


 お前が再度キャンタマをつぶされるだけだろう。俺と麗良の絆を舐めてもらったら困る。数十年、生死をともにした仲なのだ。捏造だけど。


 そうとは知らず、紫門ゆりかどは勝ち誇った顔で、饒舌に話を続ける。


「こんなに簡単にひっかかりやがって。親父のコネを使うまでもなかったな」

「なんだって!? どういう意味だ」

「あいかわらずバカな奴だ。俺がただただ大人しくしていたと思うかよ。親父に頼んで麗良の父親に話を通した。娘さん最近おかしくないですかってな」

「それじゃあ、まさか!?」

「そうさ、近頃とみに忙しいのは麗良が父親とやりあってるんだよ」


 まじかよ、やばいぞ。


「そんなことより白石、お前はおしまいだ。これを突きつければ、麗良の目も覚めるだろう。虎の威を借る狐も終わりだ」


 いや、それは全然心配していない。麗良の目は覚めないから。


 それより、麗良が父親とやりあっているというのがすごく気になる。もしかして草乃月財閥の権限が麗良から失われつつあるのか。


「この屈辱は、万倍にして晴らしてやるからな」


 紫門ゆりかどが殺気を込めてにらむ。


 そして、駅員室に着く直前、紫門ゆりかどは、見えないように近距離でドンと俺の鳩尾を殴ってくる。


 いてぇ、くそ。


 痛みで九の字に曲がる。


 痛みで苦しむ俺を無理やり紫門ゆりかどが駅員に引き渡す。


 駅員は、紫門ゆりかどから事情を聞き、俺はそのまま警察署に連れていかれてしまった。

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