第13話「さすがにドタキャンはまずいだろ」

 放課後、家に帰宅しようとした矢先、


「あ、あの、白石君、麗良さんと連絡を取ってくれないかしら」


 髪をロールに巻いたつり目の女性がおずおずとそう切り出してきた。


 彼女は、神崎祥子。鳳凰院中学出身で元麗良の友達だ。こいつの家も金持ちで生粋のお嬢様らしい。もともとは、鳳凰院高等学園に通う予定だったところを、麗良に誘われてここに入学してきた。


 顔はそこそこ可愛いが、性格が高飛車で好きになれない。


 前の麗良と同様に俺を完全に無視していたし、紫門ゆりかどに目をつけられてからは、一緒にいじめてきた奴らの一人だ。


 こいつが女子連中を巻き込み、他の男子達も悪乗りし始めたと言ってもよい。


 紫門ゆりかどほどじゃないが、こいつもにっくき仇の一人である。


 もちろん小説では悪役に書いてやったよ。


 麗良が殺意を抱くには十分すぎるほどのエピソードを盛り込んでやった。具体的には、忠臣を陥れたり、帝国を手引きしたり、王国崩壊の一助を担ったと言ってもよい。


 そのおかげか麗良に蛇蝎の如く嫌われているという。


 麗良洗脳前は、一緒にカラオケ行ったりショッピングに行ったり、あんなに仲が良かったのに……。


 まぁ、原因である俺が言うことでもないか。


 とにかく神崎祥子は、麗良からひとしきり脅されびびってしまった。


 先の慰謝料ではたんまりもらえたし、俺への態度も従順そのもの。


 あんなに高飛車だった女が急変したのだ。


 一体どれだけ脅したのか気になりはした。


 麗良に聞いたら、それ相応の報いは受けさせたとのこと。


 うん、怖い怖い。


 語っている麗良の冷酷な表情を見たらね……制裁の内容は聞けなかったよ。


 で、今は、前世の記憶が戻っていない神崎をこれ以上責めても意味がないとのことで、完全無視しているとのこと。神崎からのラインも電話も遮断しているとか。


 麗良は、序の口の制裁だと言っている。


 それでも神崎は、びくびくトラウマのように震えているからね。


 記憶が戻ったらどれだけの目に遭わされるやら。


 処刑は確実、拷問も視野に入れる必要ありか……。


 まぁ、神崎がかわいそうというより、麗良を殺人者にするわけにはいかない。記憶が戻る、正確には洗脳するような真似は、しないと決めている。


 だから神崎は殺されず、このまま麗良に完全無視されたままということだ。


 完全無視……。


 それが今、神崎にとってまずい状況のようだ。


 話を聞くと、鳳凰院学園では定期的に「桜を眺める会」という催しがあるらしく、今年は、神崎がその幹事をやっているとか。


「桜を眺める会」は鳳凰院学園の伝統的な行事である。歴史を紐解くと、政財界のトップや経済連の会長などそうそうたるメンバーが出席してきた由緒正しい会だそうだ。


 もちろん毎年麗良は出席していたらしいが、今年は出席するかどうか不明。


 超VIPで目玉である草乃月財閥のご令嬢が会に出席しないなんてことになれば、幹事は面目丸つぶれになるらしい。


 神崎は、当然麗良が出席するつもりだと認識していたらしいが、突然態度を急変されたから、さぁ大変。


 慌てて麗良と連絡を取ろうとしても、けんもほろほろ。


 命の危険さえ感じたんだと。


 そこで、最近とみに仲が良い俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


 麗良と連絡か……。


 実は、俺も最近麗良と会えなくなってきている。


 麗良が、ちょくちょく学校を休んでいるのだ。


 どうしても外せない仕事があるらしい。


 仕事って……受験勉強はいいのかって聞いたんだけど、鼻で笑っていたよ。


 前世の王宮において、魑魅魍魎と戦ってた政治の場に比べたら、受験なんて赤ちゃんのおままごとらしい。ハーバードだろうがオックスフォードだろうが、片手間で合格できると豪語した。


 さすがは政治九十二の王女だ。もともと東大志望の学年首席だったけど、才能に拍車がかかっている。


 既にいくつもの案件を処理したとか言ってたし、もう大人顔負けどころか敏腕経営者だよ。


 とにかくこのところ忙しい麗良に連絡を取るのは、俺も気が引ける。


 まぁ、電話やLINEは毎日しているんだけど……。


「お、おねがい白石君」


 神崎が手を合わせて頼んできている。


 電話ぐらい取り次いでやるか?


 でもな、慰謝料をもらったとはいえ、こいつにはさんざん恨みがあったし……。


「神崎さんにノートを破られ、男子をけしかられたときは本当につらかった。殴られ蹴られ、たんこぶがしばらくひかなかったんだよ」

「ひぃいい!! ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい。謝るから。何でもするから。麗良さんには言わないで」


 すごい勢いで頭を下げている。何度も何度も頭を下げ……あ、土下座もした。


 神崎の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「ひっく、ひっく、うぅ、私、私、麗良さんに嫌われたままじゃ、生きていけない。私、私、本当に後悔してるから……」


 芸能人の下手な謝罪会見なんて目じゃないぐらいに地べたに頭をこすりつけられた。


 はぁ~しょうがない。


 いじめをするようなクソ女だが、こいつが麗良に嫌われた原因が俺にあるのも事実だ。


 取り次ぎぐらいはしてやるか。


「わかった。電話してやるよ」

「本当!」


 神崎が喜色の声を上げて叫ぶ。


 携帯電話を取り出し、麗良に電話をかける。


 コール音が鳴る。


「ショウ、何か問題か?」


 ツーコールで出たよ。


 なんて早さだ。


 仕事しているんじゃないのか?


 携帯越しに会議中のような雰囲気が伝わる。がやがやと複数の会話が聞こえてくるから。


「いや、問題はないよ。それより忙しかった? 忙しいならまたかけ直すけど」

「ふっ、問題ない。お前からの電話以上に大切なものなどない」


 あいかわらずの好感度だ。何か英語も聞こえるし、お偉いさんが集まる国際会議中とかかもしれないのに。


「そ、そう……ただ頼みがあって」

「なんだ? お前の頼みだ。何でも聞いてやるぞ」

「それじゃあ――」


「麗良さん!!」


 うぉっ!! 俺が電話をしている最中に神崎が携帯を奪い取りやがった。


 すさまじい。まさに鬼気迫る勢いだった。


「麗良さん、麗良さん。私です。祥子です。ごめんなさい、ごめんなさい、私が何か悪いことをしたのなら謝ります。だからどうかどうかまた前のように――」

「……今、ショウと大事な会話をしている」

「うっ、うぅ、麗良さん、どうして、どうしてこんな男と……?」

「言ったはずだ。ショウへの無礼は許さんと。どうやら貴様には再度の制裁が必要のようだな」

「ひぃい! ごめんなさい。申し訳ございません」


 神崎が怯えて、携帯を返してくる。


 俺は携帯を受け取り、神崎から聞いた「桜を眺める会」の説明をした。


「まったく、あいかわらずショウは人がいいな。こんな性悪の売国奴相手に……」


 麗良はやれやれといった感じだ。


「ショウ、そこの売国奴に伝えておけ。会にはいけん。今、シンガポールだからな。それより、ショウ聞いてくれ。この国を支配する王国を構築する予定だ……本当はショウに会いたいのだがな、でも、今は少しだけ待ってくれ。私の作る王国は、将来お前の――」


 麗良からの通話を切る。


 いろいろつっこみたいことがある。


 まずは……。


 シンガポール!?


 海外かよ。どこまで飛び回っているんだよ。どこまで仕事してんだよ。


 しかも王国だとぉ!


 ここでヴュルテンゲルツ王国を再建する気か!!


 ブレインウォッシュこえぇえよ。


 あぁ、また悩みが増えそうだ。


 だが、とりあえずは……。


 びくびく震える神崎を見る。


「神崎さん、聞いてたと思うけど、麗良さん、会は不参加だって」

「ひっ、ひっ、うぅ、うあぁあああん。出席するって言ってたのにぃい! ひどすぎよぉおお!」


 神崎は、泣きじゃくりながらその場を走り去っていった。


 確かに。


 ドタキャンはまずいだろ。




 ★ ☆ ★ ☆




 それから麗良とはあいかわらずだったのだが……。


 会ったり会わなかったりの日が続いた。


 好感度は変わらない。


 ただ、会う頻度が徐々に減っていき、ついにLINEは未読、電話も留守電に入ることが多くなった。

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