第16話「出撃、関内 愛里彩を攻略せよ」

 警察署でカツ丼を食ってたら、いきなり釈放された。


 罪を認めなければ出さないって、あれほど脅していたのに。


 本来、逮捕・拘留・起訴されたら、保釈の申請を弁護士が行い、裁判官が許可した後に釈放となる流れなのだが……。


 麗良が裏で手を回してくれたのだ。


 警察の話では、当分出れそうになかった。


 草乃月財閥……すごい権力だ。改めて、実感する。


 麗良が助けてくれなかったら、いまだに警察署の中だった。


 麗良は俺を助けた後、すぐさまどこかに出かけて行った。まるでお助けヒーローのようである。


 どこに行くのか尋ねたら、親父さんに会いに行くらしい。草乃月財閥の巨大な【権】、紫門ゆりかどが言っていたように、麗良の権限が縮小されつつあり、直接対決し取り戻すそうだ。


 頑張ってほしい。すごく頑張ってほしい。


 なぜなら、俺はまだ完全に自由になったわけではないからだ。一時的に保釈になっただけである。


 あの悪女、関内 愛里彩ありさが被害届を撤回しないかぎり、この問題は続く。


 示談が成立しないと前科がついてしまう。


 麗良……頼む!


 あれから一日以上経過した。何かしらの決着がついていてもおかしくない。


 祈る気持ちで麗良に連絡を取る。


 携帯電話を鳴らすが、出ない。


 留守電に繋がってしまう。


 まずい。


 成功したのか、失敗したのか、いまだ交渉中なのか。 


 何度か電話したが、麗良とは繋がらなかった。


 大丈夫だろうか?


 父親に勘当され、このまま修道院に無理やり入れられた、なんて状況も十分にありえる。


 麗良以外に俺の味方はいない。


 痴漢で捕まったなんで、人生終わりだ。社会的に終わる。


 高校は退学となり、世間から後ろ指を指されながらの生活を余儀なくされてしまうだろう。


 この保釈中になんとか解決しなければならない。


 麗良と最後に話した日、関内 愛里彩ありさについての情報を入手した。


 俺を助けるために、麗良が伝手を使って調べてくれたのだ。たった数時間でだよ。ターゲットの住所から経歴まで……草乃月財閥半端ない。やっぱりCIA並の諜報機関があるんだな。


 麗良からの情報はこうだ。


 関内 愛里彩ありさ、十六歳。堀恋高校一年。地下アイドル【LASH】のボーカルを務める。飛びぬけたルックスでファンも多く、今秋にはメジャーデビューする予定。学校では、社交的で人当りもよく学年問わず人気を集めている。


 ただし、これは表の顔である。裏では非道な行いを繰り返した。


 愛里彩ありさは、地下アイドルの無名時代に、ライバルを蹴落とすために色々やらかしたらしい。当時人気急上昇中であった新人ボーカリストは、不倫をしていると誹謗中傷され、アイドルを辞めざるを得なかった。【LASH】に入ってきた大型新人と噂の高かったメンバーは、万引きをしたと疑われ、グループを離れざるを得なかった。


 どれも愛里彩ありさが裏で暗躍しておきたことだ。


 さらには、痴漢冤罪を繰り返して、世のサラリーマンから多額の示談金を得ているらしい。


 これらは、あくまで疑惑であり愛里彩ありさが犯人であるという証拠はない。これ以上は、さらなる調査が必要で、時間とお金をつぎこまなければならないそうだ。


 麗良と連絡がつかない以上、もう調査は無理だな。


 大丈夫。住所はわかっている。直接、乗り込んで決着をつけてやる。


 愛里彩ありさが痴漢をでっちあげて金を巻き上げているのであれば、その辺をちらつかせて被害届を撤回させればいいんじゃないか?


 メジャーデビューも直前の今、後ろ暗いことを指摘され騒がれるのは嫌なはずだ。


 相当したたかな相手に楽観的すぎかな?


 でも、他に案はない。まぁ、厳密には最終手段もあるけど……。


 麗良に頼れない。保釈中の間に決着をつけなければ! 刑が確定してしまえば、いくら麗良でもそれを覆すのは困難だろう。


 こうして自由に歩き回る時間もわずかだ。


 電車に乗り、横浜市内の駅で降りる。


 愛里彩ありさの実家まで、ググるマップに従い、歩く。


 ここか……。


 洋風の外観。レンガ張りで、立派な邸宅だ。有名な建築家が建てたらしい。


 愛里彩ありさめ、普通にブルジョアじゃないか!


 痴漢冤罪を繰り返してまで小遣い稼ぎをする必要はない。


 遊びか? ゲームなのか?


 ムカムカと怒りが込みあがってくる。


 とにかくだ。


 愛里彩ありさが帰るのを待つ。


 愛里彩ありさの実家の入り口を見張れるように、近くの電柱の後ろに隠れる。


 途中コンビニで買ったアンパンを頬張り、牛乳を飲む。アンパンに牛乳が染み込み、絶妙の舌触りとなって空腹を満たしていく。


 もぐもぐ、うまい、うまい。


 昔の刑事の張り込みスタイルで、ひたすら待つ。


 それから幾ばくか……。


 愛里彩ありさが帰ってきた。


 ツインテールの美少女が、通学カバンを片手に、てくてく歩いてくる。


 来たな。


 電柱から勢いよく飛び出すと、愛里彩ありさの前に対峙する。


「あら、もう出てきたんだ」


 愛里彩ありさは、俺の登場に目を丸くして驚くも、一瞬だ。その後は、口をニタニタと歪ませてゆく。


「あぁ、出たさ。誰かさんのおかげで、とんでもない目に遭ったよ」

「そう、その誰かさんには困ったものね」

「このアマぁあああ!!」


 愛里彩ありさの反省の色無しな態度にキレてしまった。怒鳴りながら突撃する。


「キャーこわい! お巡りさん、痴漢よ、逮捕して」


 愛里彩ありさが大声を出して、周囲に助けを呼ぶ。


 まずい。


 愛里彩ありさに向かっていたが、慌てて急停止する。


 幸い、近所の人達は気づかなったようだ。警察は呼ばれていない。


「て、てめぇ」

「ふふん、私はか弱い女子高生であなたは痴漢容疑で捕まった男、自分の立場がわかった? 変なことしようとしたら大声出すわよ」

「くっ!?」

「それにさ、私、こんなのもってるのよ」


 愛里彩ありさが鞄から何か黒っぽいものを取り出しだ。


 あれはもしや!?


 愛里彩ありさは、にやりと笑みを浮かべ、スイッチを入れる。先端からバチバチと電流が流れるのがわかった。


 やっぱりスタンガンか!


「なんでそんな危険なものを……」

「ほら、私って超可愛いでしょ。僻み妬みって怖いよね、だから護身用にね」


 愛里彩ありさからバチバチと電流が流れるスタンガンを向けられる。


 これじゃあ、迂闊に近づけない。


「それで、私に何か用――って、わかっているわ。被害届を撤回して欲しいんでしょ」

「……あぁ、その通りだ」

「いやよ。私怖かったんだから。女の敵は、絶対に許さない」


 何が怖いだ。


 ヘラヘラと笑って、とても怖がっているようには見えない。


「少しお前のことを調べた。ライバルを蹴落とすために誹謗中傷を繰り返したり、痴漢冤罪を繰り返して大金を巻き上げているな」

「へぇ~なかなかどうして……私の住所もばれちゃったみたいだし」


 愛里彩ありさの目が細くなる。値踏みをしているような目だ。


「そうだ。全部調べた。お前の悪事は全部お見通しだからな」

「証拠はあるの?」

「あ、ある」

「あるなら見せて」

「今、ここにはない」

「そう、嘘ね」


 愛里彩ありさは勝ち誇った顔で言う。証拠を持っていないと確認しているかのようだ。


 なぜ、ばれた?


 俺は顔に出やすいのか。


「う、嘘じゃない。それに、本格的に調べられたら困るのはお前だろう?」

「そうね、あることないこと吹聴されるのは気分が悪いわね」


 愛里彩ありさは、しばし考え込んでいる。


 そして……。


「……示談にしてやってもいいよ」

「本当か?」

「えぇ、さすがにただじゃないわ」

「いくらだ?」

「五十万」

「はぁ? ふざけんなぁ! 誰が払うか!」

「じゃあ、この話は無し。そのあるっっていう証拠とやらで法廷で戦いましょ。バイバイ~」


 手をひらひらさせて帰ろうとする。


「待て、待てって!」


 宮本達から多額の慰謝料をもらっている。払えるには払えるが、それはそれだ。無実なのに大金を巻き上げられるのは、非常に腹が立つ。


「話を聞け。いくらなんでも学生がそんな大金持ってるわけないだろうが!」

「親に泣きつけばいいでしょ。ママ、僕悪いことしちゃったからお金出してって」


 こ、こいつ!


「親に迷惑はかけられない。だいたい冤罪なのはお前が一番わかっているだろうが? お前がそんな態度なら俺もとことんやってやる。へんな噂が立つぞ。メジャーデビューできなくなったら困るだろ?」

「ふぅ~ん、私を脅すんだ」

「そう取ってもらって構わない。拒否すれば、お前にもデメリットがあるはずだ」

「はぁ~やっぱり学生は貧乏ね。おじさん達は金払いよかったのに」


 愛里彩ありさはやれやれとため息をつく。


 やっぱり、してんじゃないか!


「そうね~じゃあ五万円でいいわ」

「本当か」


 五万円なら払うのもやぶさかではない。今の俺はプチ金持ちだ。ムカつくが、穏便に済ませられるのならば、それでよい。


「えぇ、負けてあげるんだから、他にもしてもらわないとね」

「無罪の俺にこれ以上何をさせるんだ」

「とりあえず土下座してよ」

「土下座だとぉ!?」

「そうよ。さっきから愛里彩ありさのこと、睨んでてむかつくんだよね。謝罪しなさい」


 ふざけるなと言いたいが、やはり穏便に済ませられるのならば、こらえてもいい。


 俺は、地面に座り頭を下げる。


 かたちだけ、かたちだけだ。頭をこすりつけるまではしない。


「これでいいか」


 かたちだけの土下座をして、頭を上げる。


「まだよ。次は、私の靴を舐めて」

「はぁ?」

「靴を舐めろって言ってんの。聞こえなかった?」


 愛里彩ありさが足を前に出してくる。


 こ、こいつ、下手に出てたら、どこまでもつけあがってくる。


 さすがにピキピキと怒りがわく。


 落ち着け。穏便に済ませるのだ。


 今後、麗良の助力を得られるかはわからない。最終手段もできれば使いたくはない。


 紫門ゆりかど達からのいじめに比べれば、女子高生の靴を舐めるぐらいたやすいだろ?


 自分にそう言い聞かせると、


 愛里彩ありさの足元まで行き、靴に舌を伸ばす。


 ちょんちょんと靴の比較的きれいな部分を舌でつつく。


「こ、これでいいかよぉ!」


 男のプライドが崩れたが、声を張り上げごまかす。


 愛里彩ありさは、ニンマリと満足そうに笑みを浮かべ、


「やっぱりやめた」


 そう言い放ったのだ。


「おい、約束破る気か!」

「だからなに? 愛里彩ありさの気が変わったの。やっぱり五万なんてはした金で示談なんてしないわ」

「てめぇ、靴までなめさせて、嘘かよ。悪事をばらすぞ」

「ばっかじゃない。私のバックには、小金沢グループの紫門ゆりかどさんがついているのよ。アンタのような小物がいくらわめこうが、無駄よ、無駄」

「て、てめぇえ!!」

「おっと、だめよ。おいたしちゃ」


 俺が殴りかかろうとすると、愛里彩ありさがスタンガンで威嚇してくる。これでは、うかつに近づけない。


「く、くそ。ご、五十万かよ」

「ううん、百万に値上げした」

「はぁ?」

「さっき愛里彩ありさを襲おうとしたから、ペナルティよ」


 こいつは、こいつは……。


 俺は、うぎぎと悩んでいると、


「百万ぽっちで、示談できるのよ。いいじゃない。いつまでもうじうじ悩んじゃって情けない。本当に学生は貧乏でや~ね。それに比べてサラリーマンのおじさん達は、金払いいいわよ」


 愛里彩ありさは、サラリーマン達から示談金を受け取ったときのことを、自慢話のようにしゃべる。


 涙を流しながら悔しそうに払うサラリーマン達。奥さんも子供もいる。仕事を失うわけにはいかないから、泣く泣く払ったのだろう。


 無実なのに、奥さんにばらすと脅され、こうして屈辱的に靴も舐めたようだ。


 中には巍然と払わないと言った人もいたらしいが、そういう人達は、悲惨だ。痴漢をでっちあげられたあげく、仕事をクビになり、奥さんに離婚を言い渡されたとか。


「……お前には、良心がないのか?」

「ふふ、何言ってんのよ。愛里彩ありさの靴を舐められたんだもん。ご褒美よね」


 まったく反省の色無しだ。


 こいつは、一体どれだけの人の人生を狂わせてきたんだ。


 家族のために働くお父さん達の無念がわかる。


 こんな悪女のせいで、つらかっただろう。屈辱だっただろう。


 善良なサラリーマンの人生を狂わせた罪、お前の人生で償わせてやる。


 こうなれば最終手段だ。ブレインウォッシュを使ってやる。


 まずは、あいつのDNAを奪う。


 どうしようか?


 あいつはスタンガンを持っている。無理やり髪の毛を抜きに行ってもいいが、避けられ反撃されたらやばい。


 むやみに突っ込んでも、一か八かの賭けになる。


 考えろ、考えろ。


 ……

 …………

 ………………


 くっ、一つだけ方法を思いついた。これなら愛里彩ありさも油断するし、成功する可能性が高い。


 ただ、非常に情けないやり方だ。


 愛里彩ありさを見る。


 にやけた面だ。まさに悪女。今後もこうやって弱者を食い物にしていくだろう。


 うん、男のプライドとか言っている場合じゃないな。


「わ、わかった。払ってもいい」

「ふぅん、やっと自分の立場を理解できたみたいね」

「あぁ、ただやはり百万は高い。で、できれば、条件として……靴ではなく直に足を舐めたい。それなら払ってもいい」


 愛里彩ありさは、一瞬何を言われたかわからなかったようで、きょとんとしている。


 その後、腹を抱えてげらげらと笑い出した。


「うひゃっはっははは!! なによ、変態。あ~おかしい。そうよね、愛里彩ありさって魅力的すぎるもんね。大金を払うなら、それぐらいしてもらいたいよね~わかる、わかるわ」


 愛里彩ありさは、ひとしきり笑った後、靴を脱ぐ。


「ふふ、本当は、もっとお金を取ってもいいんだけど……サービスよ」


 生々しくソックスを脱いでいき、そのなま足を出す。


「はい、足指の裏まで丹念に舐めなさい。愛里彩ありさの足を舐められるなんて、一生の幸運ね」


 計画通り。


 にやりと笑みがこぼれた。


 愛里彩ありさは、ルックスにかなりの自信を持っている。


 世の男は、こういう提案をしてきてもおかしくないと思っている。


 完全に油断しているな。


 スタンガンを鞄にしまい込んでいる。


 あとは、舐めるふりをしてこいつの爪を食いちぎればよい。DNAを確保だ。


 愛里彩ありさの親指を口に入れる。


 くやしいが、全然嫌な臭いがしない。それどころか美少女の生足を舐めるというこのシチュエーションに、少し興奮している……そんな自分に嫌気が差してくる。


 とにかくやるぞ。


 こいつの爪を食いちぎる。


 やるぞ、やるぞ、爪を、爪を……って爪を食いちぎるって、結構えぐいよな?


 大量に出血するだろうし、何より激痛だ。


 いくら悪女相手とはいえ、爪を食い破るのはちょっと二の足を踏む。


 小心者の俺にはけっこうハードル高い。


 俺が躊躇していると、


「なに、さっきからぼーっとしているの。ほらもっと喉の奥までつかってやるんだよ」

「うぐっ」


 愛里彩ありさに足を喉までつっこまれて、むせる。


 ゲホ、ゲホ!


 こいつ無茶苦茶しやがる。


「なに、むせたの? だらしないわね」


 愛里彩ありさは、サドっ気を出して俺の顔を覗き込む。


 こ、これは……。


 チャンスだ!


 俺は近づいてきた愛里彩ありさの髪を強引に引っ張る。ツインテールの髪が大きく揺れ、ブチブチと何本か毛が抜かれた。


「いったぁああ! 何しやがる、てめぇええ! せっかくブローした髪が」

「ばぁ~か、ひっかかったなぁ!」


 俺は、これ幸いと舌を出して愛里彩ありさを煽る。


「くそ餓鬼、くだらない事しやがって。もう絶対に許さない。あんた終わりよ。愛里彩ありさ怒らせたんだから。示談なんて絶対にしない。社会的に抹殺してやるよ」


 愛里彩ありさは口汚くののしるが、気にしない。


 俺は、引きちぎった髪の毛を片手にひた走る。帰宅後、ブレインウォッシュを発動だ。

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