第9話「小学生時代の回想(後編)」
地球に戻れてほっと一息。
無事に帰れて涙したものだ。
手には、宇宙人の置き土産「
正直、使ってみたいという好奇心もあったが、それ以上に人を洗脳するという恐ろしい機械に恐怖していた。ただ、捨てるにも捨てられず、押し入れの中に隠したのである。コンパクトサイズの金属箱だから、隠すのに不都合はなかった。
このまま一生使わなければいい。
そう思っていたが、皮肉にも試す機会が訪れてしまった。
あれは宇宙人に浚われて半年後、ようやくトラウマも払拭し、普段の日常に戻った矢先の話である。
友達とソフトボールをして遊んでいたら、ボールがうっかり空き地の外にこぼれてしまった。外野にいた俺はすぐさまボールを追いかけたが、間に合わず、ボールは近所の田中さんの家に入ってしまったのだ。
田中さんは近所でも有名な家である。田中夫妻は普通にいい人なのだが、その一人息子「まさし君」が問題なのだ。まさし君は、いわゆる引きこもりという奴で、めったに家の外に出なかった。たまに外に出ても、碌な噂を聞かなかった。
やれ、隣のクラスの男子がバットで追い掛け回されたとか。
やれ、上級生の女の子がスカートをめくられたとか。
やれ、駐車場に止めてある車を片っ端からコインで傷つけていったとか。
枚挙にいとまがない。
やばい、と当時の俺は思った。
まさし君は、いわゆるキレた奴だ。
家に入って見つかったら、何をされるかわからない。
とにかくパッと入って、ボールを取って帰ろう、そう決めて田中家の庭に侵入したのだが、ボールを捜しているうちに奇声を上げている部屋に気づいた。
なんだ、なんだ?
その時の俺は好奇心を抱いた猫であった。
恐る恐る窓を覗き見したのである。
そこには、涎を垂らしながら意味不明な言語を叫んでいる男、大麻か覚せい剤か知らないが、薬でラリっているまさし君の姿があったのだ。
衝撃で立ちすくむ俺。そして、うっかりまさし君と目があってしまった。
やばいと思い、慌てて逃げたが、所詮は小学生の足だ。あっというまに追いつかれ捕まってしまった。
まさし君は、小学生の俺の胸倉を掴み「不法侵入だ」と怒鳴った。さらに「今見たことは親にも警察にも誰にも言うな」と叫び、最後は「不法侵入の慰謝料で毎月1万円をよこせ」と脅してきたのだ。
小学生にとって1万円は、大金である。そんな金は無いと泣きながら訴えても、まさし君は許さなかった。「無いなら、親の財布から盗んで来い。断るなら気絶するまで殴る!」と脅迫してきたのである。
子供にとって、大人の暴力は恐怖そのものであった。だから、親にも警察にも言えなかった。
どうしよう?
悩んだ末、その時始めて「
使い方は、宇宙人に教えてもらっていたので、問題なかった。洗脳するためには、洗脳対象のDNA情報がいる。
俺は、貯めていたお年玉から一万円を取り出し、まさし君の家に持って行った。その時、ついでにまさし君の部屋に置いてあった枕から毛髪(DNA)を手に入れたのである。
「
小学生だった俺が真っ先に思い浮かんだ善人は、両親や妹、いわゆる家族だった。
例えば、父親の記憶に書き換える……まさし君がうちに来る、いやいや、本物の父さんがいるのに困る、今を生きている人の記憶ではだめだと思い直し、それはすぐに考えから消した。
で、考えついたのが、偉人だ。立派な偉人の人格をインストールすれば、善人になるだろうと。
偉人……一口に言ってもいっぱいいるが、当時の俺がまっさきに思い浮かんだ候補があった。
それは、ずばり、田中正造である。
あの日、学校で歴史発表会が開催されていた。題材が田中正造で、俺は、めっさ調べていたのだ。
田中正造……。
日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件で明治天皇に直訴した政治家。何度も投獄されながらも、民の側にたち半生をかけて闘ってきた男だ。
不正はしない。私腹を肥やすなんてもってのほか。
まさに政治家の中の政治家。弱者のために己の命を懸ける、信念の人だ。
田中正造めっちゃいいじゃん!
善い人になれ、善い人になれ!
そう念じながら俺は「
結果……。
まさし君は、善人になった。
突然、「前世の記憶」が蘇ったといい、今までの自堕落な生活を改め、夜間学校に通い始めたのである。
ニートだった暮らしとは真逆だ。
大検に合格し、法大学を卒業、在学中に司法書士の資格を得て、こないだ見かけたときは、ある政治家の選挙演説でお手伝いをしていた。確かその政治家の秘書になったのかな。そのうち地盤を引き継いで政治家として立候補するとも聞いている。
田中さん夫妻はすごく喜んでいる。息子が別人のように立派になったと。
俺はいまだに笑えていない。
本来まさし君は、政治家になるような人ではない。
小学生を脅し、薬でラリって、煽り運転をする人生を送っていたと思う。
今のまさし君は、まさし君であってまさし君ではない。
俺は、「
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