第3話「告げ口は男らしくないこともない」
いらいらする。
あれからもんもんと過ごしていた。
俺は、特ダネを掴んだ記者だ。皆にも知る権利がある。
ばらしてやろうか?
日頃の恨み、嫉妬、理由はいくらでもある。
ただ、麗良さんの周りにはとりまきが大勢いる。そんな人達の前で告発する勇気はない。
それに告げ口って……普通にダサいよな?
特に、嫉妬にかられての行動は、
でもな~
ちらりと背後を振り返り確認する。
クラスマッチに向けた練習試合の件だ。
俺がヘマをしたせいで、練習試合とは言え負けそうになった、そのことを言っている。補欠で本番はスコアブックをつけるだけだったのだが、練習試合には出してもらえた。
「白石も、参加してみるか?」ってさわやかな笑顔でね。
実際、
で、奴の恩情でバレーの試合に出たんだけど、ミスを連発した。
俺以外のメンバーの活躍でなんとか試合には勝ったんだけど、試合後、宮本と佐々木には、嫌みを言われまくった。
まだ言い足りないのか?
いつもは無視するが、今日の俺は機嫌が悪い。思わず睨んでしまう。
やばい。
すぐに目を逸らす。
俺の小動物的な行動に満足したのか、
少し反抗したせいか、
ぼっち、軽いイジメだ。
もういい、やはり奴らは無視だ。無視が一番精神衛生上良い。
あんな奴らより!
愛しの人、麗良さんだよ。
麗良さんは、机に座り携帯を操作していた。携帯のボタンをポチポチ押している、ただそれだけだ。だが、それがいい、素晴らしく良い!
その所作が美しい。その姿に思わずため息が漏れる。
入学当初なんてあまりの美しさに眠れない日々を過ごしたものだ。さすがに今は眠れないなんてことはないが、美しいものは美しい。
麗良さんを見て和もう。
美しいものをみてると、心が安らぐね。最近の俺のマイブームだ。
それからしばらく目の保養をしていると、
麗良さん、楽しそうだな……。
ちっ!
心の中で舌打ちをする。
……やはりだめだ。
告げ口は男らしくないと思っていたが、場合による。悪人とつき合って麗良さんが幸せになれるはずがない。麗良さんを救えるのであれば、真実を伝える意味もあるんじゃないか!
男のプライドより、麗良さんだよ。
よし、機会があれば告発しよう。
★ ☆ ★ ☆
決意を固めて数日後……。
日直だった俺は、担任から授業で使う資料を図書室から取ってくるように言われた。その資料は図書室の奥にある倉庫にあるということで図書室の中をぶらぶらとさまよっていると、麗良さんを見つけた。
麗良さんは、本を読んでいる。
珍しい。独りだ。
こんなところにいたんだ。
そこは、資料スペースの奥にあり、普段人があまり入らないところであった。
机に椅子もある。静かに本を読むにはうってつけの場所であった。いわゆる穴場という奴である。
麗良さんがその美しい指でページをめくる。
本を嗜む麗人だ。金髪の美少女が何やら難しそうな本を、アンニュイな雰囲気で読んでいる。
絵になる。
写真を撮って雑誌に送れば、大賞撮れるだろ、これ。
少しばかり見とれていたが、あることに気づく。
周囲を見渡す。誰もいない。
これは告発する千載一遇のチャンスじゃないか?
「つき合う相手は選んだほうがいい」そう麗良さんへ忠告するつもりだ。
麗良さんには、悪党とつき合ってほしくない。
あまりに高嶺の花で俺なんかがつき合えるわけがないのは、わかっている。だが、
告発するぞ。
うしし、いつも小馬鹿にしてくる
そ、それにあわよくば麗良さんとお近づきになれるかもしない。麗良さんに感謝されて一回ぐらいデートできるかも。
い、いかん、不純だ。
俺は、忠告するだけだ。好きな女の子には、幸せになって欲しい。
そうだろ?
意を決し、麗良さんに声をかける。
「あ、あの、く、草乃月さん」
「ん。誰? あ~同じクラスの……」
「……白石だよ」
ショッキングな事実が判明した。クラスメートなのに、麗良さんは、俺の名前を覚えていなかった。
ほぼ一年過ごしてきたのに……いやいやいや、麗良さんは高嶺の花だよ。何を期待している?
これから好感度を上げて覚えてもらえばいいんだ。
気を取り直せ。
ショックを受けた顔にむりやり笑みを張り付ける。
「で、その白石君が何の用? 今忙しいのよ。用なら手短に頼むわ」
そ、そっけない。
あまりに感情が籠ってない返事だ。
それに麗良さんと目が合ったのに、すぐに目線を本へ戻された。本を置こうともしない。
俺には読書を妨げるほどの価値がないってことか!
地味にへこむ。
い、いや、へこたれるな。
告発して麗良さんを救うんだ。これは
「
「
今度は本を置いてくれた。声のトーンも違う。何より笑顔を見せている。
あんな屑相手にそんな笑顔を見せるのか。
これは同じ男として、けっこうへこむぞ。
いや、頑張れ、俺。
麗良さんを救えるのは俺しかいないんだ。
すぅーと深呼吸をし、意を決して口を開く。
「違う。
「じゃあ、なんの用?」
「あいつを信用しないほうがいいよ」
「……なぜそんなことを言うの?」
先程とは真逆の冷たい声だ。麗良さんが敵意の篭った目で睨みつけてくる。
好きな子から冷ややかな視線を浴び、胃がキリキリ痛み出してきた。
コミュ障の俺には辛い状況だが、ふんばるんだ。
「
「……それで?
「友達じゃないよ。腕を組んで歩いて、恋人みたいだった」
「見間違いね」
「見間違いじゃないよ。キスをして二人でホテルにも入ったんだ」
「出鱈目を言わないで!」
今度は、席を立ち上がって睨みつけてきた。
先ほどよりも強烈な吹雪のような冷たい視線を受け、俺の胃がマッハで悲鳴を上げる。
き、気合だ、気合を入れて反論しろ、俺。
「い、いや、俺は見たんだ」
「嘘ね。クラスメートを陥れるような事を言って恥ずかしくないの?」
「嘘じゃない。本当だって」
「最低ね、あなた」
「い、いや、本当に……」
「これ以上私に話しかけないで。あなた気持ち悪いわ」
「う、うっ」
麗良さんのあまりの剣幕に、それ以上は言えなかった。
最後は尻すぼりになる。
麗良さんの氷のようなひえびえとした目線と、怒りの声に耐えられなかったよ。
とぼとぼと麗良さんの前から引き下がる。
現実は非情だった。
はぁ、勇気を振り絞って声をかけたのに。結果、麗良さんに嫌われただけだった。骨折り損のくたびれもうけとはこのことである。
というか麗良さん、性格きつい。いくら
気持ち悪いってなんだよ。
少し幻滅してしまった。
それから数日……。
何事もなく平穏に過ごしていたら、
「よぉ」
どうして?
これまで陰口は叩いてきたが、直接、
「麗良から聞いたぜ」
その一言で理解した。
あ、あ、あの女、しゃべったのか!
それがどんなにやばいか理解できないのかよ。
「少々つき合ってもらうぜ」
ドンと背中を押され、よろよろと態勢を崩す。
校舎裏まで到着すると、すぐさま拘束される。
左右の腕を掴んでいるのは佐々木と宮本。
「迂闊だったよ。お前みたいなドン臭い奴に目撃されるなんてよ」
「く、草乃月さんから何を聞いたか知らないけど、俺は何も――うぐっ!」
「嘘をつくな。もうばれてんだよ。麗良はすぐにお前の名をばらしたぞ」
麗良は、俺の立場を微塵も考えなかったらしい。そうだよな。
殴られる!?
思わず目を瞑る。
こない?
そっと目を開けると、
「ぐはっ!」
とたんに
時間差かよ。えげつないな。
苦悶の声を上げる俺の髪を掴み、耳元で
「麗良はよ。お堅い上に初心だからよ。なかなかさせてくれねぇんだ。でも、男だし溜まるものは溜まる。わかるだろ?」
下種な言葉だ。
ますます
「
宮本がニヤニヤと笑いながら尋ねた。
「問題ない。ばれるような真似はしねぇよ。お前らもわかってるな?」
「もちろんです。誰にもしゃべりません」
宮本が神妙に答える。佐々木も当然とばかりに頷いていた。
「白石、また告げ口してもいいぜ。ただ、誰もお前のような底辺の言うことなんて信じないだろうがな」
完全に下に見てやがる。むかつく。
三人でひとしきり笑った後、
そして、俺の胸倉をつかんできた。
「ったくよ。俺がどれだけ麗良と信頼関係築くのに神経使ってるかわかるか? お前の余計な一言で、万が一、万が一だぜ、麗良が疑ってきたらって背筋が少しヒヤッとしたんだ。それもお前のような底辺にこんなふざけた真似をしでかされた。この俺の思いわかるか?」
ドスの効いた声だ。人一人殺しそうな怒りを滲ませている。
こ、殺される。
逃げたいが、胸倉を掴まれた俺は、動けない。その鍛え上げられた太い二の腕でがっちりと締め上げられている。
「まぁ、いい。結局、麗良は俺の言い分を信じた。誤解は解けたんだよ。どうだ、これが俺とお前の違いだ。下民と上民の差、身に染みたか?」
そう言って、
「だいたい、
宮本が俺に近づき、俺の脛を蹴ってくる。
痛い。
避けてもしつこく蹴ってくる。コンコンとローキックのように蹴られ、俺の脛は、赤く腫れていく。
「宮本、動機は予想できるぜ。大方、底辺のくせに麗良に惚れたんだろう」
「まじっすか! そりゃ身の程知らずにも程がありますね!」
「まったくだ。白石、お前のような底辺、麗良は歯牙にもかけないってのによ」
くそ、俺が飛びぬけた才能もないモブなのは自覚している。だが、性格最悪なお前にそこまで言われる筋合いはない。
「お、お前こそ、麗良さんにふさわしくない」
「麗良さん、だぁ? てめぇ、底辺が気安く麗良の名を呼んでんじゃねぇええ!」
「あ、あぐぅ」
痛みでうずくまる。
脛を抑えて地面を転がる。
「あ~あ、馬鹿だな、
宮本達が嘲る。地面でのたうち回る俺を中腰にかがんで面白そうに見ていた。
「雑魚に構うのは沽券に関わるから無視してたがよ。舐めた真似するのなら容赦しねぇ!」
「ふっ、お前は今後俺のおもちゃだから」
そう言って再度、
残された俺は、しばらく茫然としていた。
はは、ちくしょう。
今日、俺は
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