第3話 夕食とJS

 

 鍵を家に忘れて閉め出されたお隣の小学三年生女子を保護した俺。

 最初は年相応の可愛らしい女の子だったけれど、家に入るなり態度が豹変して大人っぽい威厳を漂わせた。

 ふっと嘲笑されて俺の心はズタズタに引き裂かれた。

 現在は、その八尺瓊やさかにの美和みわさんに見つめられながら夕食を作っている。

 ソファに脚を組んで座っている姿は女王のような威厳を放ち、何故かとても似合う。


「ユイリは何を作っているんだ?」

「んっと、野菜たっぷりの焼きそば」

「ふんっ。まあいいだろう」


 何とか美和さんにも了承を得られたようです。

 家に帰れないから今日は俺の家でご飯を食べることになった美和さん。

 その美和さんはゆったりとソファに腰を掛け、ゆっくり部屋の中を観察している。

 スクっと立ち上がった美和さんは、まるで自分の家のようにスタスタとどこかへ向かう。


「美和さん? どこ行くんだ?」

「花を摘んでくる。蕾に興味があるか? ペドファイル?」

「俺はペドじゃないって言ってるだろうが! って、蕾って何だ?」

「ふっ。そんなことも知らんのか」


 うぐっ! また鼻で笑われた。

 小学三年生という可愛らしい顔から放たれる冷たい嘲笑は、俺の心を深く深く抉る。


「蕾とは処女や生娘の隠語だアホ!」

「へぇー……って女の子がそんな言葉を言ってはいけません!」

「貴様はワタシのなんなんだ? 親か? 言っておくが、今どきの普通の小学生は何でも知っているぞ? 性行為についても詳しく語ってやろうか?」

「………すいません止めてください。ごめんなさい」


 小学三年生女子が放つ威厳に圧倒されて、俺は空しく謝ることしかできない。

 くそうっ! ほんのちょっと前に出会ったばかりなのに! 勝てるイメージがわかない。

 頭を下げた俺を満足そうに一瞥した美和さんはスタスタとお花を摘みに行く。

 今どきの小学生ってそんなに大人なの? 確かに性教育は大事だけどさ。

 美和さんが普通? いや、絶対に普通じゃないわ。美和さんがおかしいだけだ。うんうん。そうに違いない。

 俺が一人納得していると、お花を摘み終えた美和さんが戻ってきた。


「どうしたユイリ?」

「いや、美和さんは普通じゃないなと」

「ふっ。何を当たり前のことを言っている? ワタシは普通じゃないに決まっているだろう?」


 あっ、自覚していたんだ。ちょっと驚き。今日三番目の驚きだ。

 普通じゃない美和さんは横柄にソファに座って脚を組む。何故かその姿がかっこいい。


「そう言えばユイリ」

「何だ?」

「意外と部屋は綺麗なんだな。それに料理も作れる。ウチのポンコツとは大違いだ」

優愛ゆあさんはそんなにダメダメなのか?」

「ああ。ダメダメだな」


 実の母…ではなく、実の姉をバッサリと斬り捨てる美和さん。

 どれほどポンコツなのか逆に気になる。


「どのくらいポンコツなんだ?」

「そうだな。塩と砂糖を間違える。醤油と黒酢を間違える。お酒を飲もうとして本みりんを飲む。洗剤の量を間違える。風呂でお湯とお水を間違える。片付けをすると逆に散らかる。機械音痴。パッと思いつくのはこんな感じか?」


 おぉぅ。家事能力皆無でポンコツじゃないか。

 あの美人の優愛さんがねぇ。ギャップがあっていいかも。

 でも、部屋の中は甘い花の香りがしてそうなイメージだったんだけどなぁ。

 もしかして、お隣の部屋は今結構汚い? 散らかっている?


「ああ、散らかっているな。ワタシが掃除をしているが、それ以上に散らかすのだ、あのポンコツは」


 美和さんが、やれやれ、と首を振って呆れた仕草をしているが、絶対に小学三年生女子がする仕草ではない気がする。

 美和さんも大変なんだなぁ。でも、俺の心を読まないでくれないか?


「だから貴様が勝手に呟いているんだぞ馬鹿者!」


 うぅ…また喋っていましたか。気をつけます…。

 よしっ! 野菜たっぷりの焼きそば完成! 美和さんもいるからリンゴも切ってみました。

 お皿に盛りつけて、ほいどうぞ。


「ふむ。いただきます。………………美味いな」


 ちゃんと行儀よく手を合わせて食べ始めた美和さんは、一口食べて目を見開いて驚いた。

 よっしゃ! 美和さんになんか勝った気がする!

 食べているときは年相応の少女の笑顔だ。とても可愛らしい。

 このまま傲慢な毒舌が泣ければいいのに。


「美和さんはいつも夕食は一人?」

「ああ。ほとんど一人だな。それに、このロリボディではいささか料理が面倒でな。いつもレトルトや買ったものだ」


 おぉぅ。小学三年生がそういう食事をしていることにも驚くが、それ以上にJSから『いささか』という言葉が出て来たことにもっと驚く。

 美和さんって中身大人だよね? 違う?


「身体に悪くないか?」

「ふむ。悪いとは思っているのだが、こればかりは仕方がない。あと二、三年すれば料理もしやすいくらい成長すると思うのだが」

「じゃあ、ウチ来るか?」

「………いいのか?」


 美和さんが俺の本心を探るようにじっと瞳の中を覗き込んでくる。

 絶対小学生がする瞳ではない。冷たく鋭い眼光が俺を射抜いてくる。

 俺はちょっとビビりながらも答えた。


「俺も一人で食べるのは寂しかったんだ」

「俺? ワタシは寂しくないぞ」

「で、でも、さっき寂しいって……」

「ふっ。あれは演技だと言っただろう? 馬鹿め!」


 嘲りを含んだ冷笑と共に、鋭く尖った言葉のナイフが俺の心をズタズタに引き裂く。

 うわぁ~ん! もうこのJSは嫌だぁー!

 で、でも! 負けるな俺! 美和さんは心の奥底できっと寂しがっているはずなんだ! そうだ! 美和さんはツンデレさんなんだ!


「………ワタシがツンデレだと? キモイぞ、アホ!」

「ぐっはぁっ! 美和さんはドSだぁ~!」

「だとすると、貴様はドМだな。この変態」


 だんだんと美和さんの罵倒が心地良くなっているような………し、しっかりしろ俺! 新たな扉を開いてはいけない! 引き留まれ俺!

 何とか戻ってこられた俺は、話を元に戻す。


「俺は寂しいから美和さん、俺と一緒に夕食を食べない?」

「うわぁ……」

「やめて! そのドン引きした顔止めて! ものすっごく心に響く! 俺頑張ったのに!」


 盛大にドン引きされた俺の心は修復不可能な傷を負った。

 現役JSの冷たい視線は気持ちい…ゲフンゲフン、とても痛かった。心が粉々に砕け散った。

 すぐさま心のバックアップを取り出して、致命傷を負った心と入れ替える。

 よかった。バックアップがあって。

 じゃないと俺はどうなっていたか……。


「で? 俺と一緒に夕食を食べないか?」

「ユイリ、貴様は復活早いな…」

「どうするんだ、美和さん?」


 美和さんは、ふんっ、と鼻を鳴らすと、俺より低い位置に瞳があるのに、威厳を漂わせ横柄に俺を見下した。


「貴様が頭を下げて頼むのなら、一緒に食べてやらん事もないぞ」

「お願いします!」

「そ、即答して頭を下げるか…流石のワタシもドン引きだぞ」


 今は美和さんの顔を見ない。絶対に見ないぞ。見てしまったら再び心に深手を負ってしまうことはわかっている! だから絶対に見ない!


「ふんっ! まあいいだろう。一緒に食べてやる」

「ありがとうございます!」


 あれっ? どうして俺は美和さんに下手に出ているんだろう?

 まあいっか。美和さんはツンデレだとわかったことだし……。


「ユイリ、次にワタシがツンデレだと口走ったら、貴様を社会的に抹殺してやるからな?」

「すんません! マジすんません! 以後気をつけます!」


 まずは呟く癖をどうにかしないと、本当に社会的に殺されてしまう。

 このJSならやりかねない。今すぐ嘘泣きをしながら部屋を飛び出せば、一発で俺を社会的に殺せるのだ。

 社会的に殺すというのが恐ろしい。まだ物理的な方が良いかも…いや、美和さんのことだ。精神的にも殺すだろう。

 本当に勘弁してほしい。だから許してください、お願いします!

 必死で頭を下げる俺に、寂しがり屋でツンデレ美和さんは……


「あ゛っ?」


 申し訳ございません! 誠に申し訳ございません!

 とてもお美しい美和さんは、ふんっ、と冷たく鼻を鳴らすと、年相応の笑顔を浮かべて焼きそばを頬張るのだった。

 あぁ…死ぬかと思った…。



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