第10話 事件解決、そして

 ***


 辺境の街・スローストロークをひそかに襲っていた怪事件は、こうして幕を閉じた。あれから魔女ニュインが新月の夜に男に手をかけ、闇深い洞窟へといざなう事件は起こっていない。人々は新月に得体の知れない恐怖におびえる必要がなくなったのだ。

 事件解決の立役者は、不本意ながらも魔女グルニエだ。彼女が魔女で、儀式魔術の知識があったから。僕にまじないをかけ、魔女ニュインの尻尾を掴むことができたから。この事件は神聖騎士のみの力では解決できなかった、それは認めざるを得ない。


 しかし。それは魔女グルニエを放置していい理由にはならないのだ。


 僕は首都ジュリスにある神聖騎士団の本部に手紙をしたためた。報告書ひとつとっても荷馬車に載せて運ぶしかない、このスローライフを極めた時間差がもどかしくてたまらない。スローストロークに駐屯する、仕事をしない上司に報告したところで握り潰されるだけだ。ならばと僕は本部に直接言ってやることにした。失踪事件のこと。魔女ニュインのこと。そして魔女グルニエのこと。

 反応があったのは、一週間くらい経ってからだろうか。スローストロークに神聖騎士の一団がやってきたのだ。僕宛に手紙を出すよりも直接話を聞いた方が早いと踏んだか。僕とグルニエ、それから上司が事情聴取され、あまりに長い拘束時間に疲労感が色濃くなっていた。


「グルニエは真に魔女であるか」


 その問いに、僕は嘘をつけなかった。


「はい。私はこの目で彼女が魔術を扱うのを見ました。彼女は庭で魔女ニュインを召喚してみせたのです」

「その言が真実であれば、魔女は放置できぬ」

「おっしゃる通りです。ですが」


 と、僕は逆接を紡いでいた。


「彼女を有害な魔女と断ずるには時期尚早かと存じます。彼女はこの街に長年住み着いている様子ですが、街の人間が何らかの魔術的被害を受けたという報告はありません」

「魔術で記憶操作をされた可能性は否定できまい」

「それは、その通りですが……しかし、魔女ニュインの所業を突き止めたのもまた彼女です。彼女は神聖帝国が求めるかもしれません。どうか、慎重にご判断を」


 魔女は災厄をもたらす。魔女自身が災厄なのだ。今もこの世界のどこかで牙を研ぎ、ほんの気まぐれに国を焦土に変えようとしている。魔女への認識は変わらない。しかし魔女に対抗できるのは、科学ではなく魔女なのだ。科学技術には限界がある。一瞬で国を滅ぼす魔術を前に、科学技術は人間を守るためのシェルターしか作れない。

 そうして沙汰は下った。


「ほう、これが自動車というものか。いやあ速い速い!」

「はしゃがないでください、子どもじゃないんだから」


 行きの馬車地獄に比べれば自動車は天国のような乗り物だ。四輪で、燃料を燃やすことで走っていく。外見は馬車とさほど変わらなくても、速度は断然馬より速い。神聖騎士の所有する自動車は加えて上等な装甲をしているから、椅子だってふかふかの素材だ。安い馬車の冷たい板に尻を預ける必要はない。グルニエは初めての自動車だそうで、目を爛々と輝かせて興奮している。大人げない。

 魔女は神聖帝国の管理下に置かねばならない。これは鉄則である。そしてその魔女が国にとって有害か、無害か? 裁判を実施し、火にくべるか否かを決めるのだ。神聖騎士団の下した結論は「魔女を首都ジュリスへ連行せよ」であった。そこで裁判にかけるのだ。彼女が帝国にとって有益であれば生かされ、害為すものと見なされれば火刑で命を奪う。僕は彼女の監視役として同行することになった。同行というが関係者、と言った方が近いかもしれない。


「わかってますか? あなたはこれから首都に連行されるんですよ。裁判です裁判。そこで不利益な発言をすれば」

「クオーツ、見てみろ! スローストロークの街があんな豆粒みたいに……はっはっは、これは痛快」

「もうちょっと緊張感持ってくれませんかね!」


 ああ、イライラするなあもう! 彼女はこれから待ち受けている苦境を理解しているのだろうか。辺境の街に住み着いたせいで頭まで花が咲いてるんじゃなかろうな。


「わかってますか? 魔女は」

「敵、か。それは少し違うな。きっとこの国にとって魔女とは薬なのさ」

「薬?」


 僕は首を傾げる。なぞなぞをするみたいにグルニエは人差し指を立てた。


「薬は用法を守れば人を救うことができる。だが使い方を誤ればその身を蝕む毒になる」

「……それが魔女だと?」

「まあ個体差はあろう。証明できないものを恐れるのもよくわかる。だが」


 グルニエは静かに腕組みして呟く。


「要するに証明すればいいんだろう? 私が有益なものだとな。君にはもう少し付き合ってもらうぞ、クオーツ。何せ君は私のお目付け役だ」

「……首輪もありますしね」


 僕は嘆息してから応じた。


「わかっています、グルニエさん」


 僕も知り合いを処刑するのは気分が悪い。信じているから、とはまだ言えそうになかった。

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