第7話 儀式魔術
「白銀の薔薇。神聖騎士ね、あなた。帝国のわんちゃんを私が攫っていくのも、意趣返しのようで面白いわね?」
声はするのに姿は見えない。身体がそこにあるのかもわからない。視線を動かすことも許されず、僕は抵抗することもできないまま謎の声を聞く。頭だけが急速回転していた。艶めいた女の声だ。ねっとりとしていて、勿体ぶるような口調に生理的嫌悪を覚える。神聖騎士を犬となじり、意趣返しと言ってのける存在。確信しか持てない。彼女が魔女だ。
「ふふ、緊張しちゃって。せっかくの可愛いお顔が台無しよ」
童顔はかなり気にしているから触れないでほしいんだが! もし声が出せたなら僕はそう叫びたかった。ありったけの憎悪を込めて。この年増魔女(実年齢も外見年齢も知ったことか、僕をそうやって軽んじるやつは総じて年増に決まってる)、捕まえた暁には拷問でもなんでもかけてやると心に決めた。
が、身体はまったく動かない。ひんやりとした何かが首筋を撫でたとき、僕は心臓が一瞬で縮こまった心地がした。触れた。何かを探るように顔や首を撫でられる。魔女の手が、僕の首にかかっている――!
「さあ、あとは向こうでおいしくいただきましょう。私にすべてを委ねて」
魔女の指先が首輪に触れ、ちりりんと青い鈴が鳴った。
刹那。バチンッ! と何かが弾かれたような音がして、僕は呆然とする。首輪が強い光を放っていた、ような。
「この
弾かれたとき、動揺したのか魔女の指先が僕の視界に飛び込んできた。悪趣味なショッキングピンクのマニキュアが癇に障った。何かを求め彷徨うように魔女の手は空を掴み、そのままふっと消えた。同時に僕の身体の拘束が解かれる。
長い緊張状態にあったせいか、重石のような疲労感がどっと押し寄せる。よろめいてそのまま膝をついてしまいそうだったが、どうにか堪える。小石の転がる地面に膝をついて快適なはずがない。
「あれが……魔女……」
スローストロークで儀式魔術を使って人々を誘拐している張本人。ねちっこい艶めいた声と品の無いマニキュア。グルニエでないことは確からしい。
ぐったりした身体をそのままベッドに転がしたい思いはあるのだが、さすがに一晩寝かして報告しようとは思えなかった。僕は重たくなった足を引きずりながら、街一番の大きな屋敷の呼び鈴を鳴らす。時計は十一を示していた。
「夜分遅くにご苦労」
客間のソファに深く腰を下ろしたグルニエは、宵闇色のガウンでその身を包んでいた。夜も更けての来訪だったにも拘わらず髪は緩く巻かれ化粧も施してある。つまり、僕が来ることを予想して待っていたということだろう。彼女の背後には使用人が無言で控えている。
「魔女には会えたかい?」
「……姿は見れませんでしたけど」
どこから問いただせばいいのだろう。僕は首輪に手を伸ばす。ぱき、と何かが壊れる音がして、黒い革が僕の掌に落ちてきた。――外れた。
「この首輪、魔女除けか何かなんですか」
「ん? まあそんなところだ。
僕が魔女に誘拐されることは「絶対に」ないと言っていた。その根拠がこれか。
「ショッキングピンクのマニキュアをした、嫌らしい女でした」
「ほう? 随分と嫌っているようだな。不躾な物言いでもされたか」
「別に」
視線を逸らす。思惑通りと言わんばかりにニヤニヤとこちらを見てくるグルニエが憎らしくてたまらない。僕が例の魔女を快く思っていないと見透かされたことも。
まあまあ、とグルニエを脚を組み直した。使用人が給仕してきたのが紅茶でもコーヒーでもなくホットミルクというのも、どうしてか僕の神経を逆撫でした。
「しかし、脳内に声を飛ばして支配するか。加えて儀式魔術で召喚するとなると随分大仕掛けだな。クオーツ、そいつは何か呪文を唱えていたか?」
「呪文というか、聞き慣れない言葉は使っていました。
発音が正しいかは自信がない。しかし、グルニエにはそれで十分伝わったようだ。
「なるほど。そいつが欲しいのは
「精気?」
「生命力みたいなものさ。魔女が魔術を使うために必要な力と言っていい」
グルニエはマグカップのホットミルクを一気飲みする。空っぽになった器を僕に見せてから説明を始めた。
「魔女は魔術を使うために精気を燃料にする。大規模な魔術を使えばそのぶん精気を消耗する。空っぽになった器からは魔術を使えない。だから魔女は自身という器に精気を取り込む必要がある」
言うが早いかグルニエの手は僕に出されたマグカップに伸びる。苦情を入れるよりも早く、グルニエは僕のマグカップの中身を彼女が飲み干した空の器に注いでいく。
「こんな風にな。精気は植物や動物といった生きとし生けるものすべてが内包している。だがもっとも多くの精気を内包しているのが人間という生き物だ。件の魔女が儀式魔術で男を攫っているのは、彼らの精気を奪い取るためだろう」
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