第6話 新月の呼び声
「それは、まあ」
もし失踪に魔女が関わっているのなら、相手は人智を超えた術を手足のように扱う。それこそ先程のグルニエのように、息をするように容易く。科学技術を超越した存在を前に、たかが人間にすぎない僕ひとりではお話にもならない。魔女が味方にいるのなら捕縛も不可能ではないだろう。
「ということで、クオーツ。君には囮になってもらおう」
「言うに事欠いて捨て駒ですか!?」
喜色満面で言うセリフではない。
「犯人は十中八九魔女だ。しかしその姿を捉えなければ戦うこともできない。儀式魔術を使っているだろうと推測はできるが、その理由はまだハッキリとは見えてこない。だから君に動いてもらう」
「動機、ってことですか」
「ああ。私はそれが一番知りたい」
何故、魔女は辺境の街の男を攫っていくのか。それも一人ひとり丁寧に。前後の記憶は抹消され、何かをとられた形跡もない。儀式魔術を使ってまで、何のために?
「証拠がない以上、現場を押さえないと捕まえることもできませんからね。民を危険には晒せません。それはいいんですけど……」
疑いの眼をグルニエに向ける。
「僕、本当に誘拐されませんよね?」
さすがに記憶を失って半月消息を絶つのは困る。グルニエはそんなことか、と軽い調子で応じる。
「安心しろ。君が魔女に連れて行かれることはない」
「絶対に?」
「絶対にだ」
グルニエが断言する。強い口調には裏打ちされた自信があるのだろうか。正直疑問はすべて解消されたわけじゃない。でも今現在有効打がないのも事実だ。僕はそれに賭けて、信じるしかない。
「わかりました。手がかりを掴んでみせます」
「その意気だクオーツ。飼い主として私も鼻が高い」
「いい加減首輪は外して欲しいんですけど。猫は存在しなかったわけだし」
「まだだ。失踪事件は解決していないからな」
「……まったく」
僕は嘆息する。きっと彼女は今の時点では首を縦に振らないだろう。諦めて指示に従うしかない。首を拘束する黒い革の感触に慣れてきてしまった自分を恨めしく思った。
囮として僕が向かうのは、法則に従えば次の新月の夜になるだろう。その日を迎える前にひとつだけ、僕は彼女に確認しなければならなかった。
「……念のために聞きますけど、あなたが人々を誘拐しているってことは」
「首輪が一生外れなくていいなら私を捕縛するといい」
グルニエは残った紅茶を飲み干した。
***
夜空を見上げると小さな星が無数に煌めいている。田舎は空気が澄んでいるから星がよく見える、と誰かが言っていた。それもあるかもしれないが、真っ暗闇を照らすものがそれしかないから、目を凝らしてよく見ようとするのではなかろうか。
辺り一面、漆黒の闇と形容するにふさわしい。グルニエが身にまとうドレスもこんな深い黒をしていた。スローストロークの舗装されていない道に街灯はほぼ存在しない。加えて今日は新月だから、夜道を照らす月光も届くことはないのだ。
「しかし、本当に大丈夫なのか……?」
新月の夜、若い男が謎の失踪を遂げる。そしてそれには魔女が一枚噛んでいる。不可思議な現象の根拠として、皮肉なことに魔女以上の明解な答えはない。科学では説明できないことを為すのだから、それは不可解で当たり前なのだ。
その尻尾を掴むために囮になると言ったのはいいものの、魔女は僕を標的にしてくれるだろうか。失踪した場所は街のなかという以外に共通点がなく、特定の場所に行けば狙われるわけでもない。それでも、グルニエからは一応こう助言されている。
「まずは認知されることだ。目立って、どこかにいる魔女にお前を知ってもらうんだ」
「と、言われたものの……」
僕は首輪に吊るされた青い鈴を屈辱的な思いで握る。くぐもった音が手の中で鳴った。これじゃあ本当に飼い犬じゃないか。
歩くたびにちりりん、と耳障りな音が鳴る。目立つって、確かに人っ子ひとりいない夜道で鈴の音はよく響くけれども。無様な自分の姿を呪いたくなる。本当に魔女はやってくるのか?
――
そのときだ。鈴とは違う、美しく澄んだ女性の声が脳内に響いた。僕は足を止め周囲を見渡す。辺りは満天の星空、人の影は微塵もない。しかしその「声」は僕の頭に直接訴えてくる。声の主どころか、どこから声が鳴っているのかもわからない。
――
「……なん……」
身体中の毛がぶわりと逆立ち、警戒心を露にする動物のような。そんな闘争心に溢れた反応はできない。僕の身体は自由を奪われ、頭がどんなに命令しても指先ひとつ動かすことができなくなる。言葉を発そうとしたら喉の震えさえ何かに阻まれているかのように、筋肉が硬直して動かなかった。否定の連続。何もできない。僕は何者かに身体を拘束されているのだと知る。
誰かなんて、言うまでもない。拘束具なくして人を拘束できるのなんて、魔術しかないだろう!
「……あら。なかなか、可愛いのが釣れたわね」
声が、直接僕の鼓膜を揺らした。驚きで心臓が飛び跳ねるかと思った。脳に飛んできた音ではない。艶やかな肉声が僕をしっかりと捉えていた。見つかったのだ。
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