第4話 失踪の怪
「猫を知りませんか? 灰色の毛をして、青い鈴をつけているのですが」
スローストローク着任から五日。僕の初仕事は自称魔女の猫探しである。
グルニエに首輪を巻かれ、不本意ながら彼女の依頼を手伝うことになった僕は、一応事のなりゆきをくたびれた上司に報告した。彼は「ああ、夫人のワガママならしょうがない」と呆れたように僕の仕事を許可した。
どうやらグルニエの奔放……もとい変人ぶりは街全体周知の事実らしい。自身を魔女だと名乗っているのも一興なのだと語る始末。謎多き自由人・グルニエについてわかったのは、街一番の屋敷に住む夫人、ということだけだった。「夫人」とは言うが旦那の姿を見たことがないというのも謎であるが。
そうして、僕は一日一回屯所に顔を出して、日が暮れるまで街中猫を探し回るというルーティーンを繰り返すことになった。グルニエが最後に猫の姿を見てから六日が経つ。猫は気ままな生き物だ。畑が広がるこの街で食料には事欠かないと推察するも、さすがに長期化すると見つけるのは困難になる。
僕はもう何十回目かの決まり文句を使っていた。グルニエから与えられた特徴は、灰色で青い鈴をつけていること。飼い猫であるし鈴をつけているなら音で見つかりそうなものであるが、調査は難航していた。
「んだねえ」と間延びした口調で農作業に勤しんでいた老婆が答える。
「悪ぃけど、んな猫ば見てねえなあ」
「そうですか。ありがとうございます」
「うちの息子なら戻ってきたんだけんども」
……まただ。その言葉を僕は聞き逃すわけにはいかなかった。
「息子さん、いなくなってたんですか?」
「んだ。何日くれぇ前だったか……ある日、ぱったりと消えてよぉ」
そらぁ怖ぇかったもんだよ、心の臓が止まったかと思ったんだ、と老婆は身を大袈裟に震わせて語る。
「神聖騎士には?」
「もちろん言ったさ! んでもな、あすこの奴ば『証拠が
あの上司が仕事に対して能動的でないのはたった五日でもよくわかる。目の前で人が消えたと言っている、それは民が自力で解決すべき問題ではないのに。
だが、この話の要点はそこではない。
「でも、戻ってきたんですよね」
「んだんだ! これまたある日な。玄関さ開けたら立っててな」
よほど再会が嬉しかったのだろう、老婆は声を上ずらせて語る。
「もう、神様に感謝すっしかねがったな」
「……いなくなっていた間のこと、息子さんは何て?」
僕はその質問の答えを予想できるようになっていた。
「いんや。まったく覚えてねぇって言うばかりでな。どこで何してたんだか、わしにはわがんね」
***
「やあ青年。我が愛猫は見つけてくれたかい?」
スローストロークで一番大きな屋敷。屯所から目と鼻の先にあるその屋敷の呼び鈴を鳴らせば、家主グルニエが不敵な笑みで出迎える。紫水晶の謎めいた瞳と漆黒のロングドレスが彼女を一層不可解なものにさせる。僕は開口一番、彼女に答えをぶつけることから始めた。
「……猫探しというのは嘘ですね」
グルニエの目がすうっと細められた。値踏みするような眼差しに変わる。
「ここ数日あなたから聞いた特徴を元に聞き込みをしてきました。しかし人々は猫の姿を見たこともなければ鈴の音を聴いたこともない。うまく隠れているのかもしれませんが、ここまで情報が皆無なのは少し変です」
「……それで?」
「代わりに別のものが失踪している話を聞かされました。ある日突然人がいなくなり、別の日に戻ってくる――あなたが僕に猫探しを頼んだのは、この話を聞かせるためではないのですか?」
沈黙がおりる。しかしそれは一瞬のことだった。グルニエは満開の花のような笑顔を綻ばせ、大仰に両手を叩いてみせる。
「上等、上等だ。やらかして地方に飛ばされた新入りにどこまでできるかと思っていたが、いやはや仕事に堅実なようで結構」
「それってどういう」
「お茶でもどうだい? 神聖騎士殿。今ならとびきりのオマケつきだ」
グルニエがウインクして僕を屋敷の内へと招いた。
通されたのは客間だ。さすが街一番の屋敷、広さももちろんのこと、調度品も高級なものが並ぶ。僕が二十年生きてきた中で無縁だった高級食器ブランド「ディーズ」のティーカップが今目の前にある。使用人とおぼしき女性が紅茶を注ぐ。オレンジ色をした美しい水面から漂う華やいだ香り。美味しそう、よりは格式高いもてなしに僕は緊張していた。
「回りくどい方法をとったことは素直に詫びよう」
グルニエは躊躇いなく紅茶を口に運んだ。
「君の上司がアレだろう。だからちゃんと動ける人間か見ておきたかった」
「それは……すみません」
「君が謝ることじゃない」
グルニエの言葉に偽りはないように思えた。
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