第3話 神聖騎士、パシられる

「本当に魔女なんですか?」

「そうだと言っているだろう」

「魔女は神聖帝国の敵です。それを名乗ることの意味はわかってるんですか」

「ここに駐在してる神聖騎士も街の人間も、別に私を迫害しようとはしていないようだが」


 何故嘘をつく必要があるんだ、とグルニエと名乗った女は不服そうに唇を結んだ。しかし彼女の言うことも理解できる。魔女だと証明する方法はただひとつ。人間では証明できない埒外の力――魔術を使ってみせることだ。見た目は人間と何ら変わらない。だから魔術の使用が確認できなければ、その人を魔女だと断罪することができない。

 彼女が放置されている理由はなんとなく理解できる。やる気のない神聖騎士と平和に見える街。魔女を名乗る女が事件を引き起こさず魔術の使用も確認できないのなら、それは放置していい案件だろう。魔女は災厄の名称だが、空気を読めない目立ちたがり屋が自称する事態も残念ながら存在する。魔女の裁定は慎重に確実に。魔女は脅威であると同時に切り札でもあるのだ。


「……あなたを魔女だと断ずるには根拠がない」

「魔術か? まあそうだろうな。魔術は科学では証明できない」

「だから、国民の公僕しもべである神聖騎士として話を聞きましょう、ご婦人」

「それはありがたい」


 グルニエはワインレッドに塗られた唇の端をあげ、艶美に微笑んでみせた。夜会に行くようなロングドレスといい品のある微笑といい、どうにもこの片田舎にはそぐわない雰囲気をまとっている。少なくとも後ろのでかい家の住人ということなら、大地主の系譜か有名な資産家かもしれない。僕は謎多き女性の次の言葉を待った。


「頼みというのはだな。ウチの猫がどこに行ったか探して欲しいんだ」

「……はい?」


 前言撤回。謎多きではない、意味不明な女だ。


「ちょっと待ってください。神聖騎士を捕まえといて頼むのが猫探しですか?」

「昨晩から姿を見ていなくてな。ご飯の時間に戻らないというのはおかしい。私と家の者で探そうにもこの街は広大だから」

「僕の話を聞いてくださいってば!」


 グルニエは話の腰を折られたせいか不服そうに唇を曲げている。紫水晶の瞳が僕を冷ややかに見つめているが、そんなものに怯むような僕ではない。


「神聖騎士は国民のために働くのが仕事だろう」

「そうですけど、そんな雑事は神聖騎士ではなく他の人に」

だと。ほう貴様、雑事と言ったか」


 ぞわり、と肌が粟立つのを感じた。僕の意志に反して冷汗が一気に噴き出す。グルニエの雰囲気が一変したのだ。氷よりも冷たい感情の抜け落ちた声色が先程と同一人物とは思えなくて、僕は本能で身震いする。身体は恐怖で動かなくなっていた。

 なんだ、これは。彼女はまさか、本当に。

 黒い傘がゆっくりと落ちる。グルニエが僕に向かって両腕を伸ばしていた。まるで首に蛇が巻き付いていくかのようだ。うまく呼吸ができない。心臓の音だけが焦燥と共にバクバクと加速していく。


「よし、見立て通り。君は明るい金の髪をしているからな、よくと思ったんだ」


 我に返る。慌てて正面を見れば、グルニエが満足そうにニコニコと笑っていた。黒い傘は彼女の手元に戻っている。いつの間に? 先程の毒しかない表情はすっかり消え失せている。まるでさっきのことなど最初からなかったみたいに。

 彼女の言葉の意味を理解できず、僕は首を傾げる。と、その首周りにひんやりとした感触があった。指先で触れてみる。これは革か? 僕の首の回りを囲むように……


「ッ、首輪!?」

「あっはっはっは! 君は猫よりは犬に似ているからね。これで君は私のだ」

「不条理だ、外してください!」

「無駄だ。それは私にしか外せない。そういう首輪だ」


 ギチギチと首輪を指に引っ掛けて外そうとするけれど、革製の丈夫な首輪なんだろう、びくともしない。そしてグルニエの言葉に僕は凍り付いた。、だって?


「それって、魔術……」

「鍵を私が持っているということだよ」

「理不尽!」

「まあまあ。首輪を外してもらいたかったら、私のお願いをきくことだ」


 仮にも公権力神聖騎士を前にして脅しをかけるのかこの女は!?


「私は身体を動かすことフィールドワークが嫌いでね。ああいや失礼、家の留守を預かっているもので、そう勝手に出歩けないんだよ」

「今まさに本音が出ましたけど!?」

「神聖騎士の君の方が体力もあるし、聞き込みも上手だろう。全幅の信頼を寄せている、君にしか頼めない」

「僕の名前も知らないくせにしゃあしゃあと……」

「クオーツ・ジェス」


 グルニエは迷いなく僕の名前を口にした。どうして。僕は名乗ってなんかいないはずだ。動揺している間にもグルニエは僕の個人情報を次々と当てていく。


聖暦せいれき五七九年一月十日生まれ。なんだ二十歳か、その割には幼い顔をしてないか? 出身は首都ジュリスかその周辺だろう。生真面目そうな新入りが遠路はるばる田舎町に赴任とはな。いったい何をやらかした?」

「なん……っ」

「その顔を見るに大方正解で良さそうだな」


 グルニエが楽しそうに微笑む。僕は全然楽しくない。


「どうして、僕は一言も」

「身分証明書にはチェーンをつけておくことだ」


 ひらひらとグルニエが何かをちらつかせる。彼女が二本指で挟んでいるのは僕の身分証。団服の内ポケットに入れていた……首輪を巻き付けた際に懐にも手を伸ばした、ということか。僕は歯噛みする。


「そんな感じで君のプロフィールは一通り確認した。さて青年、私の愛猫をさっさと見つけてくれたまえ」

「待ってください! なんで僕がジュリス出身だって」


 身分証には出身地なんて書いていないはずだ。 

 身を翻そうとしていたグルニエが足を止めた。ロングドレスのスカートが膨らみ、華やかな波を描く。グルニエは一言だけ、とっておきのお菓子をあげるみたいに呟いた。


「そんな綺麗なアルミナシオ共通語、田舎の人間には喋れない」

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