コーヒー好きが幸いした
その日の夜、リカルドは部屋に帰るなりジュディに尋ねた。
「どうしてあんなにあっさりいいって言ったんだ?」
リカルドの予想としてはジュディはためらうのではないかと思っていた。最終的に仕事だからと許したとしても、少しは嫌だと思うのではないかと。
それが、あんなにもすんなりと了承するなんて、リカルドが他の女性と親しくしても全然気にもしない、気にかけてくれていないのではないかと不安になった。
「え? お仕事なのでしょう? リカルドさんはお仕事と
本当になんでもないと思われているようだ。
これも信頼の証、なのかもしれないが。
「リカルドさんは、ご自分が他の女性に目移りするかもしれないと心配されているのですか?」
「そんなわけないだろう」
まったく考えもしないことを聞かれて即答した。
そのさまにジュディはくすっと笑った。
「だったら大丈夫です。わたしも何も心配しません」
心配しません、という言い方にリカルドははっとした。
もしかして不安を隠しているのかと。
ジュディがそういった感情を表にだしてしまうとリカルドはそれを理由に仕事を断るかもしれない。それではいけないと思ってくれているのではないかと。
「そうだね。仕事だから」
リカルドは穏やかに笑って、うなずいた。
「ホスト姿、貴重ですから写真撮ってみせてくださいね。――さぁ、ご飯にしましょう」
……まさかそっちを楽しみにしているのが本音、とか?
思わず微苦笑を漏らしてしまった。
次の日の夕方に問題の店、「キャラメラブルー」に赴いて面接を受けた。
二人とも、軽く変装をして偽名を名乗っている。日本に来た直後に使っていた偽名だ。
オーナーは金にうるさそうな神経質な顔で小太りの、一癖ありそうな中年男性だった。名前が金田だというのだからここは笑うところだろうかとリカルドはひそかに肩をすくめた。
「急に金がいるようになったから短期間のバイト、ねぇ」
金田は品定めをするような目を隠さずに二人に向けてくる。
「ま、顔はいいし、いいんじゃない? 日本語はどれくらい?」
「そこそこいけますよ」
「えぇ、大丈夫です」
レッシュが調子よく応えるのにリカルドもあわせておいた。
「ふぅん。それじゃ明日から入ってもらえるかな。しっかり稼いでくれよ」
挨拶をしてオーナー室を出ると、ちょうど出勤してきたホスト達を鉢合わせた。
アジア系外国人が数人、談笑しながら店の掃除を始める。
「こんにちは。明日からここで働くジョージと、こっちがマイケルです。よろしくー」
レッシュが明るく声をかける。
「あぁ、よろしく」
仲間内で話していた気さくな雰囲気は消え、じろりと睨まれた。
ホストはどれだけ自分に客がつくかで収入や待遇が変わると聞く。ライバルが増えるのはあまり嬉しいことではないだろうとリカルドは納得した。
「みなさんとお店を盛り立てていきましょーぅ。それじゃ、また明日」
レッシュはひらひらと手を振って店を出ていく。リカルドも続いた。
「さてと。服とか買いに行かないとな」
そういう方面は疎いので、レッシュに任せることにした。
次の日、出勤して改めてホスト達に挨拶をする。
自分は裏方の仕事をメインに手伝うのでテーブルのヘルプはジョージに任せるというと、ならばオーナーへのお茶出しはマイケルがやってほしい、と言われた。
オーナーはとてもコーヒー好きらしく、しかも味にうるさいそうだ。
彼に満足してもらうようなコーヒーを淹れる研究をするより、客に気に入られる方が金になる、と先輩達は笑った。
願ったり叶ったりだとリカルドはうなずいた。
オーナーが麻薬の取引をしているのではという疑惑を調べるのにうってつけだ。もしも潜入期間内にそういったものがなければ限りなく白に近いという調査結果を得られるし、怪しい客と密談しているところに出くわすことができれば決定的な証拠となる。
開店前の掃除と身だしなみチェック、予約状況の確認などのミーティングを済ませて、開店の時間を迎えた。
レッシュは赤のシャツに黒のジャケットとスラックスだ。糖蜜色の髪とあいまって、とてもきらびやかに見える。もともと話題の多い男だから話術も先輩ホストに負けていない。今日初めて接客をするとは思えないほどの自然さだ。
カウンターで酒やつまみのチェックや洗い物をするリカルドも時々テーブルに顔を出すが、営業スマイルを浮かべて客に接するよりは、裏方に徹している方が気楽である。
「マイケルさんってホストというより執事みたいね。スーツの色合いもシックだし」
リカルドがカウンターに引っ込んだ後、客の一人が笑って言う。
「そうだねー、執事喫茶に行った方がよかったかな?」
レッシュも話をあわせている。
「シブメン好きだし、次はマイケルさんを指名しようかしら」
「そんなぁ。おれにしてよ」
レッシュが媚びるように言うと客は「うふふ、そうね」とまんざらでもなさそうだ。
ある意味、天職じゃないか? とリカルドは笑みを浮かべた。
「そろそろオーナーのところにコーヒーを持って行って」
先輩に言われてリカルドはオーナー室に向かった。
パソコンに向かって仕事をしているらしき金田にコーヒーを淹れると一言断って、ペーパードリップでコーヒーを抽出する。香りが部屋に広がっていった。
金田をちらりと見ると、鼻をひくつかせて、まんざらでもない顔だ。
「どうぞ」
淹れたてのうまそうな香りと湯気を立ち昇らせるコーヒーを、金田のデスクに置いた。
早速とばかりに金田が一口すすり、ほぅ、と声を漏らす。
「いいな。これからはおまえが淹れろ」
これでオーナー室に入りやすくなった。
順調な滑り出しにリカルドは満足して、うなずいた。
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