05 探偵が事件を解決するのはフィクションだけのはず

浮気調査は尾行が鉄則なのに

 概要


 人称・視点:三人称・リカルド

 時系列:本編後、二〇〇八年の初秋。

 あらすじ:

 富川探偵事務所に依頼人がやって来た。話を聞いた亮は、リカルドとレッシュに調査をするようにという。

 外国人が集う場所なので二人の方がいいのだ、と。

 話を聞いていたので自分達がうってつけだと理解できてもリカルドは盛大に顔をしかめる。

 さらに、浮気調査とは別の任務もあって……。


 ★ ★ ★ ★ ★


 ようやく夏の暑さのピークを越えた九月。

 珍しくも、富川探偵事務所に依頼人がやってきた。


 四十代ごろかと思われる男性で、一言でいうなら、ぱっとしない人だとリカルドは感じた。もちろんそのような失礼な第一印象はおくびにも出さないのだが。


 応接セットで男性と亮が向かい合う。

 リカルドはパソコンに向かい、レッシュ達は邪魔にならないようにとリカルドの近くにやってくる。

 だがやはり気になるものだ。

 なにせこの探偵事務所に依頼に来る客は稀なのだから。


「本日はどのようなご用件でしょう」


 亮がにこにこと笑って対応する。なにせ年単位ぶりの依頼人だ。


「あの、妻の……、素行調査を……」


 第一印象ぱっとしない中年男性は、くたびれた声でぼそぼそと話す。


 妻に浮気をされてこうなったのか、こうだから妻に浮気をされたのか。

 いや、まだ彼の妻が浮気をしたと決まったわけでもないし、素行調査の理由が浮気を疑っているわけでもないと冷静に考え直す。


 どうやらリカルドも依頼人の登場に非日常感を刺激されているようだ。


「素行調査ですね。具体的にはどのような行動に注目すればよろしいでしょうか」


 一言で素行調査といっても何を探るのかによって日にち、曜日、時間帯が違ってくる。目的がある方が短時間、短期間で調査ができるので探偵の労力も、依頼者の支払う料金も軽く済むと亮は説明した。


「もしかすると、ホストに貢いでいるかも……、なんです」


 依頼人がか細い声で状況を説明する。


 最近、妻の様子が少しおかしいと気づいた。

 そわそわしていたり、上の空だったり。

 何か心配事でもあるのかと尋ねると、友人が彼氏とうまくいっていないとかで、よく相談を持ち掛けられていると答えが返って来た。その友人と彼氏の間にはようやく結婚の話も出てきたのにどうなるのか心配だというのだ。


 その時はそれで納得したが、そのころから妻の仕事からの帰りが遅くなってきたのだそうだ。残業だというので信じていたが、先日、依頼人の友人が「おまえの奥さん、ホストクラブから出てきたのを見たぞ」と報告してきた。


 妻がそわそわしていること、残業が増えたことに不信感をぬぐい切れていなかった依頼人は、妻の預金通帳をこっそりと見た。

 昨日の日付で、百万円が下ろされていた。


 妻は本当にホストクラブに通ってホストに貢いでいるのかという疑いを強めつつ、いや、妻に限ってそんなことはと信じたい思いが渦巻いて、今日、ここにやってきたのだ。


 依頼人は話を締めくくって大きくため息をついた。


「つまり、調査の焦点は奥様がホストクラブに通っているかいないか、ホストにお金を渡しているかいないか、というところですね」


 それでは具体的な調査プランを立てましょう、と亮が話を進める。


 調査は、妻がしばしば残業だという水曜日に行うこととなった。


「奥様が目撃されたというホストクラブは判りますか?」

「京都市内の、『キャラメラブルー』、だったかな、そんな感じの名前……、だったと思います」


 はっきりとは判らないと詫びる依頼人に亮は大丈夫ですよとにこやかに答えた。


 英語でというところのブルーキャンディ。青い飴といったところかとリカルドは心の中で店の名前について考えていた。


 話はさらに進み、とりあえず次とその次の水曜日に調査をするという方向で調査の契約が成立した。


「水曜日にターゲットの尾行、ということになりますか」


 依頼人が帰ってから、リカルドが亮に尋ねた。


「うーん、普通はそれだけなんだけどね」


 亮は小首をかしげる。


「ちょっと他に調べたいこともあるから、リカルドさんとレッシュにはそこのクラブに潜入してほしいんだ」


 えっ。

 リカルドは固まった。


「潜入というと、まさか」

「はい。ホストとして」

「いや、それは駄目でしょう。私は婚約中なのですよ?」


 即拒否していた。


「おれはいいぞ。なんか面白そうだし」


 レッシュは気楽なものだ。

 亮は笑ってレッシュにうなずいてから、あらためてリカルドにお願いしますよと頭を下げる。


 うっとリカルドは息を詰まらせる。

 恩人である“アンタッチャブル”直々に頭を下げられたのだ。むげに断るのは心苦しい。


「調べたいこととは何ですか?」


 納得できる理由があれば受けざるを得ないだろう。まずは詳しい話を聞いてみることにする。


「実は、同じホストクラブへの潜入捜査の依頼が、昨日、青井さんからあってね」


 結が言うには、そのクラブは違法薬物を取り扱っている可能性があるのだそうだ。

 従来ならIMワークスから諜報員をITエンジニアとして派遣するところだが、くだんの店には大手エンジニア派遣会社にエンジニアを依頼するようなネットワークシステムはない。

 ならばホストとして雇われる形で潜入捜査を、となるが、ホストはすべて外国人、というコンセプトの店なのだ。日本人は雇ってくれない。


「そこで、リカルドさんとレッシュにお願いできないだろうかと話が来たんだ」


 亮はにこやかに話を締めくくった。


「結君……、なぜ私まで……」


 思わずこぼした。


「レッシュだけだとちょっと心配だから、だって」

「うわ、ひっでーな結のヤツ」

「レッシュはよくも悪くも目立つから肝心の調査がなかなかできないだろう、って。だから店の人の関心はそうやってレッシュがひいて、リカルドさんが調べてくれるのが安心だ。適材適所、役割分担だ。だそうだよ。おれも青井さんの考えにめっちゃ賛成だ」


 亮は満足げにうんうんとうなずいている。

 レッシュはというと、結が自分の「適所」を評価してくれているのだとまんざらでもなさそうだ。

 不本意だが、リカルドも納得してしまった。


「しかし、さすがに婚約中の身としては、ジュディに申し訳ないです」


 いくら仕事といえど男性と親しくするのを目的に女性がやってくる店に勤めるとなるとジュディもいい気はしないだろう。

 リカルドはそう思っていたのだが。


「あ、もしもしジュディ? 実はさ」


 レッシュが早速とばかりにジュディに電話をかけて仕事の説明をしている。さすがに違法薬物のくだりは伏せられていたが。


『ホストですか?』


 スピーカー通話にしてある携帯電話からジュディの驚き声がした。


 ほら、やっぱり彼女もいい気分じゃな――。


『リカルドさんがスーツ着てお酒の用意とか……、すごく似合うでしょうね』


 なんだかうっとりとした声になっている。


「合いそうだろ? やってもいいよな?」

『はい。調査の女の人が来るか来ないかを見張るのがお仕事なんですよね? だったらいいですよ』


 予想外なことに、あっさり了承してしまった。


 本当にいいのかジュディ?


 リカルドは信じられないものを見る目で、楽しそうに話すレッシュの携帯電話を見つめていた。

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