15 陽のあたる場所へ
15-1 俺のそばで笑っていてほしい
クリスマスイブの夕方、オフホワイトのカジュアルスーツの上からコートを着たリカルドは、大阪の繁華街に向かう電車の中にいた。
日本に来た頃から変わらず、電車に限らず公共の場では相変わらずひっそりとした注目を浴びるが一切気にならない。それよりも今は数十分後に待ち合わせをしている大好きで大切な女性に想いを馳せている。
先日、結の心遣いとレッシュ達の後押しを受けて、ジュディに連絡を取った。
「クリスマスイブですが、何かご予定はありますか?」
『いえ、なにも』
「よかったら、クリスマスディナーをご一緒にいかがでしょうか」
『……はい、ぜひ』
とても緊張したが、ジュディの嬉しそうな声を聞いてほっとした。
あぁ、皆が判っていて自分だけ判っていなかったというのは本当だったんだ、と実感した。
ジュディの声は、デートに誘われることを待ちわびていた、ようやく声をかけてくれた、という響きだった。
きっと今までもそうだったのだろう。ジュディはずっとリカルドの誘いを待っていたのだ。
自分が好かれているわけがない、そもそも自分が人を好きになっていいわけがない。
過去やプライド、弱さに引きずられ、とんでもなく遠回りをしてしまった。
今夜は、素直に気持ちを伝えるつもりだ。
決意を胸にしたリカルドを乗せた電車が、目的の駅に滑り込んだ。
駅の外に出ると、冷たい風がリカルドの頬をさっと撫でた。思わずコートの前をぎゅっとつかんで、足早に待ち合わせの場所に向かう。
モニュメントの前には、同じように待ち合わせをする人達であふれていた。さすが大阪の繁華街、しかも日曜日のクリスマスイブとくれば人の多さが段違いだ。
誰もがみな、夢見ごこちな顔をしている。普段の待ち合わせなら相手が来ない不満顔でイライラしている人も少なくないのに、クリスマスのイルミネーションに照らされた待ち合わせのメッカは幸せに包まれていた。
リカルドは辺りを見回す。まだジュディは来ていない。
ジュディと出かけた時はいつも車で迎えに行っていたので、こうやって待ち合わせをするのは初めてだ。リカルドは新鮮な気分で思い人を待つ。
やがて、待ち合わせ時間間際になって、駅の改札からジュディが歩いてくるのが見えた。彼女もリカルドに気づいて小走りになる。
そんなに慌てなくても、とリカルドは微笑んだ。
「こんばんは。お待たせして申し訳ありません」
「私も今来たところですよ。……まいりましょうか」
二人は連れ立って、ディナーの会場であるホテルに向かった。
ホテルのエントランスには大きなクリスマスツリーが飾られていて、女性客やカップル達が携帯電話で写真を撮っている。
「綺麗ですね」
ジュディがうっとりとツリーを見ている。
うなずいて応えながら、彼女のこのような表情を間近で見ることができて、リカルドの心が温かくなる。
これからも俺のそばで笑っていてほしい。
リカルドは彼女に想いを伝える決心を新たにした。
摩天楼のただなかにあるホテルの最上階からの景色は、正直言ってあまり美しいと言えるものではない、とリカルドは思った。
これが、街の灯を見下ろす高台からなら、また違った感想になるのだろうが。
それでもジュディは、窓の外のイルミネーション達に好意的な視線を注いでいる。
「同じような高層ビルなのに、ロサンゼルスとはまた違った雰囲気ですね」
言われて、リカルドはロサンゼルスの夜景を思いだそうとした。が、あまりよく覚えていない。あの頃は夜景を楽しむなどということはなかったのだな、と微苦笑を漏らした。
「どうしたんですか?」
「ロスの夜景はどのようなものだったのか、忘れてしまったので比べられないな、と……」
ジュディは少し困った顔をしたが、またにっこりと笑った。
「それは
言われて、なるほどと口元がほころぶ。この平和な暮らしが、今の自分にとって当たり前になっているのだ。
自分は生きていていいのか、幸せでいいのか、と自らに問いかけたくなることはまだある。だが、支えてくれる周りの人達のためにも、罪の意識を背負いながらも生き続けなければならない、と思えるようになってきた。
「そういう考え方を受け入れられるようになってきたのは、あなたのおかげです。ありがとうございます」
リカルドが微笑むと、ジュディも恥ずかしそうに笑った。
レストランに入ると、すぐさまウェイターが席まで案内してくれる。
リカルドがコートを脱いで壁にあるハンガーに預けたのを見て、ジュディも倣った。
彼女は、モスグリーンのワンピースに身を包んでいる。ゆるくウェーブのかかったダーティブロンドは赤いリボンで結われているし、イヤリングはガーネットだろうか、赤い石が控えめに存在を主張している。
クリスマスカラーか、とリカルドは納得した。
リカルドの主観だが彼女は緑が似合う。クリスマスをテーマにしても赤でなく緑をメインに持ってきたこの配色は、とてもいいと思った。
「素敵なコーディネイトですね」
「ありがとうございます。リカルドさんもお似合いです。青のシャツは初めて見た気がしますが、リカルドさんの雰囲気にぴったりです」
ジュディの褒め言葉にリカルドは目じりを下げた。気合いを入れて服を選んだ甲斐があるというものだ。
きっと彼女もそうなのだろうと思うと、嬉しさも倍増だ。
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