15-2 陽のあたる場所で

 ディナーは、フレンチのフルコースだった。

 女性と二人で向かい合って、他愛のない話をしながら美味しい料理を味わう。

 リカルドにとって、夢のようなひと時だった。


 彼女と付き合うことになれば、このような幸せがずっと味わえるのだ。そう思うだけでリカルドの口元がほころぶ。


 もちろん、告白して拒まれなければの話なのは十分承知している。結やレッシュ達が「大丈夫だ」と言ってくれているし信用もしているが、それでも断られたらと思うと少しだけ怖い。

 それでも、それだから、言わなければならない。もう自分の弱さに屈していてはいけないのだ。


 デザートが運ばれて来て少し経ったタイミングで、リカルドはゆっくりと深呼吸してから、まっすぐにジュディを見つめた。


「ジュディさん、今日は来てくださってありがとうございます」


 ジュディは一瞬きょとんとしたが、また嬉しそうに笑う。


「こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございます」


 さぁ、いよいよだ。コーヒーカップを手にとって一口含んでから、リカルドは話し始める。


「今日は、ジュディさんに聞いてほしいことがあります。……私は日本に来てから、自分が安穏と生きていていいのかと考えることが増えました。幸せを感じれば感じるほど、罪悪感が強くなって……。以前、あなたと夢のことで話した時が、そのピークでした」


 あの時はジュディと気まずくなってしまったな、と少し懐かしむと、相槌をうつジュディも懐古の表情を浮かべた。


「ですが、それよりも大切な問題に向かい合っていると気づいてからは、考えが変わってきました。生きていたい、死にたくないと、思えるようになったのです。それはそれでまた、自分の罪を考えれば贅沢なことなのではないかとも思いましたが」


「生きていたいと考えられるようになったことは、すごくいいことだと思います。……けれど、それよりも大切な問題、って……」


 ジュディが首をかしげた。一体どんな大問題を告げられるのかといった顔だ。


「はい。私のあなたへの気持ちと、あなたの私への気持ちです。ジュディさん、私はあなたが好きです。一人の人としてはもちろん、女性としても」


 本人に、伝えられた。

 リカルドの胸が熱くなる。


 ジュディは頬を紅潮させて。何か言葉を探しているようだ。

 少し待っても彼女からの返事がないのでリカルドは続けた。


「あなたを好きだと気づいても、私はずっとその気持ちに蓋をしてきました。周りに言わせれば隠しきれてないだろう、とのことですが。いろいろと考えて、あなたを好きでいることを言葉にしてはいけないのではないかと悩みました。過去のこと、歳の差のこと、あなたが他に好きな人がいるのではないかとかも考えました」


 言うと、ジュディは慌ててかぶりを振った。


「わたし、わたしは……。わたしも、ずっとリカルドさんのことが、好きです。でも、わたしのような若輩者が相手だなんて迷惑じゃないかとか、ディアナさんのお話を伺うまでは、リカルドさんは婚約者さんの面影をわたしに見ているだけなのではないかと思っていて……」


 一瞬の沈黙の後、二人とも、思わず笑っていた。


「似たようなことを考えていた、ということですね」

「そうみたいですね」


 お互いの気持ちを知ってしまえば、なんということはない。周りがやきもきするのもうなずける。


 今、そこから脱却してジュディと新しい関係を。

 リカルドは、ジュディの目をまっすぐ見つめる。


「それならば、改めて言わせて下さい。私はジュディさんが好きです。将来を見据えたお付き合いをしていただけませんか?」

「はい。……とても、嬉しいです」


 花がほころぶ笑顔のジュディに、リカルドも満面の笑みを浮かべた。


 生きていてよかった。

 日本に来ることができてよかった。


 目の前のジュディと、富川探偵事務所を通じて知り合った皆に、リカルドは深く感謝した。




 ここに来るのは何年ぶりだろうか、とリカルドは思った。


 新しい年を迎えてからしばらく経ったこの日、リカルドはジュディと一緒に、ディアナの墓前にいる。

 おそらくこれが最後の墓参りとなるだろう。


 正式な方法での渡米ではない。亮が「送り届けて」くれたのだ。

 亮の正体をジュディはまだ知らない。おそらくこれからも明かされることはないだろう。だが亮が特別な力の持ち主であることは理解している。


 ディナーの次の日、恋人となったジュディが探偵事務所にやってきて、亮に頭を下げた。


「ディアナさんのお墓参りがしたいです」


 リカルドが日本で幸せに暮らしていることを報告したい、というのだ。

 亮は意外にもあっさりと了承した。一つの区切りをつけるのはいいことだ、と。

 ジュディの気遣いと亮の計らいをありがたく思った。


 よく晴れた空の下、うららかな日差しに包まれたディアナの墓標は、建てられてからの年月による劣化はあるものの、きちんと管理が行き届いていて綺麗である。


「清掃が行き届いてますね。ちょっとほっとしました」


 ジュディも同じところに着目しているようだ。


「彼女の墓を建てた時に、管理料をまとめて払っておいたんだ。ああいう職だったから、俺が急にいなくなることも考えられたし。まさか足抜けするとは想定してなかったけれどね」


 リカルドが軽く笑うと、ジュディも笑みを浮かべた。


 ジュディと付き合うようになってから、リカルドは彼女に対しては、とてもくだけた言葉遣いになった。彼女相手だとそうする方が気楽だ。できればジュディもリカルドに対してそうであってほしいのだが、彼女は敬語の方が落ち着くようなので、なんだかちぐはぐだが彼女がその方がいいならそれでいいと思っている。


 レッシュに言わせれば「あんた、相手によって態度変わりすぎ」だそうだが、別段意識して区別しているわけでもない。相手との距離感が言葉遣いに自然に表れるだけだ。


 リカルドはそっとジュディの手を握って、ディアナの墓標に話しかけた。


「ディアナ。ジュディが俺を陽のあたる場所へ連れ出してくれた。君が最期に残した願いを、決して叶えることはないと思っていたけれど、叶えられたよ。彼女が俺を救い幸せをくれたように、俺も彼女を大切にしたいと思う」


 墓標からジュディに視線を移してから、つないでいた手を離してまた墓標を見る。


(もう、来ることはできないだろう。本当の意味で、お別れだ。ありがとう、生きろと言ってくれて)


 リカルドは手を組み合わせて目を閉じ、ディアナへの別れと謝意を祈りに込めた。


「そろそろいいかなー?」


 亮の声が聞こえてきて、リカルドは祈りを終えた。


「はい。無理を聞いていただいてありがとうございました」


 いつの間にかそばにやってきていた亮に頭を下げる。ジュディも倣った。


「うん。――さぁ、帰ったらジュディさんの引っ越しのお手伝いだよ。みんな待ってる」


 ジュディはリカルドの部屋に引っ越すことになっている。「付き合い始めたら早速同棲か」とからかわれながらも、皆、祝福してくれた。


 リカルドはジュディの手を取って、うなずいた。




 優しく微笑み返してくれる彼女のためにも、これからは、前を向いて生きていきたい。

 まだまだ、迷ってしまうことも、振り返ってしまうこともあるだろうけれども、それでも明るい未来を築いていく。

 彼女と一緒に、陽のあたる場所で。



(陽のあたる場所へ 了)

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