14-2 うらやましさを通り越して
レッシュは少しして落ち着くと、リカルドに問いかけてくる。
「んじゃ、あんたはジュディを誘わないんだな?」
「あぁ、そのつもりだ」
「そっか、じゃあ、それくれよ」
レッシュの視線が、リカルドの手にある封筒に注がれる。
「おまえが使うのか?」
うなずいたレッシュに、渡していいものかとリカルドは結を見る。
思いもよらない話だったのだろう、結は困惑の表情を浮かべてレッシュに視線を移した。
「いいだろ? リカルドは使わないんだし、後で金払うからさ」
言いながら、レッシュはひょいとリカルドの手から封筒を取りあげた。
「テーブルリザーブだから金は使う人持ちだけど……、おまえ、彼女いないんじゃないのか?」
「まぁた心に刺さるツッコミをするなよ。これからつくればいいし、別にカノジョじゃなくてもいいだろ」
レッシュはニヤニヤと笑っている。
「そうだ、それこそジュディを誘ってみるか。ジュディも彼氏はいないんだろうし、寂しいもん同士慰め合おうってな」
レッシュの軽口に、リカルドの鼓動が跳ね、頭を殴られたかのような衝撃を覚える。
「おまえ……、ジュディさんを、好きなのか?」
「好きかどうか考えたことなかったけど、いい
それは、ジュディさんを弄ぶということか?
リカルドは目を見開いた。
「何驚いてんだよ。別にジュディがそれでいいってんなら本人の自由だろ? クリスマス戦線を自分から離脱したあんたに、とやかく言われる筋合いはないな」
レッシュが、さも馬鹿にしたかのような顔で、ふんと鼻を鳴らした。
それは、そのとおりだ。
だが、しかし――。
リカルドの頭の中に、さまざまな感情が入り乱れる。
「ジュディって二十七だよな。四つ差だしおれはあんたの言うところの『年相応の相手』の範疇だぞ。うらやましいか?」
へらへらと笑うレッシュ。
うらやましさを通り越して、憎い。
頭の中が瞬間的に熱くなり、勢いよく立ち上がって握った拳をレッシュの頬に叩きつけていた。
我に返ると、レッシュはしりもちをついてリカルドを睨みあげている。彼のそばに結がしゃがんで、心配そうにレッシュに視線をやってから、リカルドを仰ぎ見た。
信司達も固唾を呑んでいる。
手が、じんじんと傷む。
レッシュの頬が赤みを帯びていく。どれだけの力で彼を殴ったのか。
「それがあんたの本心じゃねぇか」
レッシュが唸るように言う。
「ちょっと嫌みを言われて煽られたぐらいで本気でブチ切れるぐらいに、ジュディが好きだってことだろ。その気持ち、ジュディに伝えたらどうなんだよ」
うっとリカルドは息を呑む。まさにその通りだと思ったから。
言われるまでもなくジュディのことは好きだ。それでも彼女に気持ちを伝えることはためらわれる。
『判ってるんじゃないですか。ジュディさんと年齢的に釣り合わないって』
ジュディの隣人の、悪意を乗せた言葉が胸に突き刺さったままのリカルドは、レッシュに応える余裕もない。
「……なんか、誰かに言われたんだろ。ジュディの友達とかから」レッシュは立ち上がって真正面に立ってリカルドを見上げる。「でなきゃ、ちょっと前までわりと積極的だったのに、急に考えを変えるわけがない」
「急に、ではない。前々から考えてはいた」
リカルドは苦しい胸の内を吐息とともに暴露した。
「ふぅん? まぁそれはそうなんだろうな。細かいこと気にするあんたらしい。で、他人に決定的なトリガーをひかれちまったわけだ。それも仕方ないことかもしれない」
レッシュは一息ついて、眉根を寄せた。
「おれがなんでムカついてっか、判るか? あんたがジュディにアタックすんのも諦めんのもあんたの自由だよ。けど、あきらめる理由をジュディに圧しつけて、さも自分は苦慮して英断を下した悲劇の男ぶってるのが腹が立つんだ」
思いもよらぬ言葉にリカルドは抗議の声をあげる。
「そんなつもりはない」
「つもりがあったら悪意そのものだ」
一蹴された。
「話聞いてりゃ、『歳の差を考えるとジュディさんに迷惑だ』『彼女にはもっと若くて彼女にふさわしい男と幸せになってほしい』『彼女には好きな人がいるだろうから、自分から告白などされたら困るだろう』って、さもジュディのためにって感じだけど、そんなもん、迷惑かどうか、困るかどうか、決めるのは
最初はゆっくりとからみつくような口調だったレッシュの訴えは、だんだんヒートアップして早口になっていった。
言いたいことを言い終えると、レッシュは肩で大きく息をしている。
まことの正論にリカルドの頭も熱くなるが、今度は手をあげるどころか何も言い返せなかった。
「レッシュ……。それは言い過ぎだと思う。おまえだって、リカルドの年ぐらいになって若い人を好きになったら、同じように悩むかもしれないだろ?」
「そこまで決まった相手がいないことを想定してんじゃねぇよ」
フォローに入った結に、レッシュは苦笑を返した。毒気を抜かれたといった表情に、結も「そうだけど」と微苦笑する。
「それにさ」
また少し落ち着きを取り戻したレッシュが言う。
今度は何を言われるのか、とリカルドは少し身を縮めた。
「おれらが、単にからかってるだけとか思われてんのも面白くない。確かにちょっとはやし立て過ぎたのは悪かったけど。波乱万丈なんて一言で片付けられないぐらいの生活してきたあんたが、せっかくこっちに来て人並みの幸せを見つけて行こうとしてんのを、おれらが喜んでないとでも思ってんのかよ? 無責任に背中おしたりするわけないってことぐらい、判れよ」
言い終えるとレッシュはそっぽを向いた。
視線を移して結を見ると、レッシュの言葉を肯定するように、リカルドを見つめ返してきて、唇をふっと緩めた。
判れよ、とレッシュは言った。だがそれは「おれ達をちょっとは信用してくれよ」という願いに他ならない。
ここに至って、リカルドは自分が独りよがりになって周りをまったく見ていなかったことに気付いた。レッシュ達は一生懸命、自分の応援をしてくれていたというのに。
「……すまない」
申し訳なさで、一言、詫びを口にするのがやっとだった。
「まぁ、自分のことが絡むと、誰でも冷静になれないものでしょうし」
透が穏やかに笑ってフォローしてくれた。
憎まれ役を買って出て殴られても思いをぶつけてきたレッシュは、まだ少しふてくされたような顔でそっぽを向いている。
「レッシュ、……私が自分の弱さから目をそらしていたことを気づかせてくれて、ありがとう」
「別に、おれは思ったことを言っただけだ」
「それでも、ありがとう。……それを、もう一度もらえないだろうか」
今もレッシュの手にあるクリスマスディナーのチケットが入った封筒を見て、リカルドが願い出る。
ちらりとリカルドを見やって、レッシュは、ふんと息をつく。
「それって?」
全部言わせる気か、意地悪だな、とは心の中だけの文句にして、リカルドはレッシュの横顔をじっと見た。
「クリスマスディナーのチケットを、私にゆずってくれないか。ジュディさんを誘いたい」
リカルドの決意とも取れる宣言を聞いた瞬間、レッシュはにやっと笑った。
「結果、教えろよ」
正面に向き直った大切な友人が、封筒をリカルドに差し出してきた。
「あぁ、ありがとう」
リカルドは封筒を受け取って、事務所の皆を見回して、頭を下げた。
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