14 想いを告げる勇気

14-1 もっとふさわしい相手と

 今の状態はよくない、とリカルドは思っていた。


 デートと言わないだけのデートを繰り返しているが、付き合っているわけではない。

 ジュディとの関係は、中途半端にぶら下がっている。


 自分がはっきりとした態度を取らないからだ、とリカルドは自覚している。

 恋人として交際してほしいとも、こんな関係はよくないと思うから二人で会うのはやめようとも言いだせない。

 すべては意気地のないリカルド自身の招いた状況だ。


 日本に来てもうすぐ二年になるが、ことあるごとに自分の心の弱さを思い知らされる。


 ジュディと交際したいのは紛れもない本心だが、二十も離れた年の差を思うと踏み出せない。かといって、きっぱりと諦めることもできない。

 するべきことは判っているが行動に移せない日々に、リカルドは悶々としはじめる。




「街中、すっかりクリスマスだよな。飾り付けとかイルミネーションはいいとして、カップルどもがわがもの顔なのがうっとーしー」


 富川探偵事務所のソファでレッシュ達が談笑する。


「ですよねー。レッシュさんは?」

「聞くなよ。来年こそは見つけてやるさ」

「レッシュっていくつだっけ?」

「おまえら、ここぞとばかりにおれを追い込む気だな? ……三十一だ」


 透と信司の質問に、苦笑いで応えながらもレッシュはあまりあせっている様子ではない。


 まだ三十路に入ったばかりの彼ならば、本気になればすぐに相手は見つかるだろう。

 うらやましいとリカルドは心の中で本音をつぶやいた。


「結がチャンプと結婚したのも三十一ぐらいだったっけ? くそぅ、このままじゃ負けちまう」


 レッシュが結への変な対抗心を口にすると。


「いらっしゃいませ。――あ、青井さん、こんにちは」


 受付のあゆみの声が、結の来訪を告げた。


「おっ、結。いいところに。おまえ結婚したのいくつん時?」


 結が事務所に入ってくると、早速レッシュが尋ねている。


「唐突だな」

「今そんな話をしてたんだよ。で、何歳?」

「三十一になる直前だったな」

「な、なに? 既に負けているだと?」

「何の話だよ」

「だから結婚した歳の話だってば」

「え、おまえ結婚するのか?」

「カノジョいないの知ってて、何気にひどいツッコミだな」

「いや、突然できたのかな、と」


 結を囲んでレッシュ達がわいわいとやっている。いつもなら話はせずともリカルドもその輪に加わる所だが、今はそんな気分ではない。

 皆とは少し離れたパソコンデスクの前で、複雑な心境で話を聞いていた。


「で、今日は何の用だ? 亮はいないぞ?」

「あぁ、ちょっと近くに用事があったから寄ったんだ」

「仕事時間中にいいのかよ」

「仕事が終わってからじゃ誰もいないだろ?」

「まぁ確かに」


 ひとしきり笑った後、結は鞄をごそごそとやって、細い茶封筒を取りだした。

 結はそれを手にリカルドに近づいてくる。


 何が起こるんだ? と興味津津のレッシュ達を横目に、結は封筒をリカルドに差し出した。

 リカルドは結と、彼の手にある封筒を見比べた。


「クリスマスディナーのチケットが手に入ったんだけど、行けそうにないから、よかったら使ってくれないか」


 結がにこやかに言う。

 おぉ、と後ろの見物客達が騒いだ。


「そりゃいいな。ジュディ誘って行ってこいよ」


 レッシュが、なぜだか嬉しそうに後押ししてきた。


 差し出された封筒を遠慮がちに受け取ってみたものの、リカルドはこれをジュディとのデートには使わない方がいいのかも、と思った。


「ん、余計な世話だったかな。もしかしてもう別のデートプランがあったりするのか?」


 結がリカルドのためらいを別方向に解釈した。


「いえ……。クリスマスは、誘わないでおこうかなと考えていたものですから」


 リカルドのつぶやくような答えに、場の空気が緊張をはらんだ。


「うまくいっているらしい、って聞いていたけれど」


 結が言いながら、リカルドと情報元であろうレッシュを見る。


「デートはしてたぞ」

 レッシュは「おれに振るなよ」と言いたげだ。


「ケンカでもしちまったのか? それともまさか……」


 レッシュが言い淀んだ言葉の先はたやすく想像できる。告白してふられたのか、といったところだろう。


「違います。特に喧嘩などしていません」

「だったら、なんで」


 心配そうなレッシュや結の顔に、リカルドは何だか居心地の悪さを感じつつも、その結論に至った経緯を話した。


 ジュディとの歳の差をずっと気にしていた。彼女といると楽しいが、楽しいからこそ、彼女の時間を無駄に奪っているのではないかと考えてしまう。

 そしてなにより、彼女には好きな人がいる。

 年甲斐もなく若い女性にうつつを抜かす自分など迷惑だろう。もっとふさわしい相手と交際すべきだ。


「なので、これからは二人で出かけるのも控えて行こうかと考えています」


「いや、ちょ、なんでそうなるんだ……」

 レッシュが、あんぐりと口を開いている。

「ジュディに好きな人が、って、あんたの思いこみだろ? 大体もし本当に他に好きなヤツがいるとして、だったらあんたと二人で出かけたりするか?」


「それは、ジュディさんがお優しいから」

「ジュディから誘って来てたのは?」

「好きな方のご都合が悪かったから、とか」

「おいおい、それじゃジュディはあんたを二番目扱いしてキープしてる、したたかなイヤなヤツじゃねぇか。ジュディはそんな女か? 失礼にもほどがあるだろ」

「それは確かに……。けれど、そもそもジュディさんには私に対する恋心が一切ないのではないかな。例えば、父親と一緒に買い物に行くような感覚なのかもしれない」


 ひとつ息をついてから、リカルドは締めくくる言葉を吐く。


「なのでジュディさんには、彼女に釣りあう方と幸せになってもらいたい。歳相応のお相手と」


 レッシュは、口を軽くわななかせて何かを言いたそうにしていたが、それは呑みこんだようだ。

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