13-3 遠慮している感じ

 ここ最近、リカルドとの距離が縮まってきていると実感できて、ジュディは毎日幸せな気分だった。

 二人で出かけることが増え、しかもリカルドからも誘われるようになり、もしかしてこのままいい雰囲気でクリスマスを迎えられないだろうかと期待に胸が膨らむ。


 しかしリカルドを部屋に招いた次の木曜日、いつものように菓子を持って富川探偵事務所を訪ねるとリカルドの様子が少し違うことに気づく。


 リカルドは別段ジュディを避けるわけでもなく、以前と同じように話しかけてくれる。

 ただ、距離感が数か月ほど前に戻ってしまったかのような気がするのだ。

 どことなくジュディに遠慮している感じがする。


 部屋で話をしている間に気づかずに何か粗相をしてしまったのかと心配になる。

 何か彼の気に障るようなことを言ってしまったのか、してしまったのか。


 単に、事務所の皆がいるから二人きりの時とは違うのであればいいのだがとジュディは首をかしげた。


「リカルドさんは、次の週末は何かご予定はあるのですか?」


 違和感に少し気後れしながらも、ジュディは尋ねてみた。


「特に何もないです」


 いつもと同じように見える微笑を浮かべてリカルドが答えた。


「もしよかったら、買い物に付き合っていただけませんか?」


 ここでデートと言えるようになればいいのにと思いつつ、誘いをかける。


「あ……、はい、ぜひご一緒させてください」


 間があった。


 リカルドの言動に敏感になっているジュディは、一瞬の表情の曇りを察した。


「奈良に出られるのですか? それとも京都?」


 リカルドは戸惑いなどなかったかのように尋ねてくる。


「奈良に行きたいです。お菓子の材料とかも買いそろえたいので遠くより近くの方が」

「それでしたら、車でお迎えにあがりますね」


 にこりと笑ってリカルドが言う。


 あの一瞬の間は、何だったのだろう。

 単に、予定がないか考えていただけかもしれない。そうだといいのだけれど、とジュディは願わずにいられなかった。




 そして、日曜日。

 ジュディの心配は杞憂に終わりそうであった。

 昼食を一緒に食べて、買い物をして、ジュディのアパートまでの道中も、今までのデートと何ら変わりはなかった。

 リカルドは相変わらず優しくて、話が面白くて、頼もしい。

 荷物はさりげなく引き取って運んでくれたりと、ジュディに見せてくれる気遣いも健在だ。


 なんだ、よかった、とジュディはほっとしていた。


 ――だが。


 ジュディのアパートに到着して車から荷物を降ろそうという段階で、リカルドの表情がかすかに硬くなった。

 周りを警戒しているように感じられる。

 たとえるなら、初めて会った時に「敵」を警戒していたような感じがするのだ。


 もちろん、万が一、本当にそうだとしたら真っ先にジュディに知らせてくれるであろう。なのでその類ではないはずだ。


 では、リカルドは何に警戒しているのか。


 ジュディには察することができないまま、リカルドが荷物を持って「参りましょうか」と促してきた。ジュディはうなずいて彼と並ぶ。


「荷物も持っていただいたことですし、お茶、いかがですか?」


 リカルドの雰囲気からして、断られるのかもしれないと緊張しつつジュディは尋ねてみた。


「よろしいのですか?」

 遠慮がちにリカルドが尋ねてくる。

「はい、もちろんです」

 即答すると、リカルドは笑みを浮かべた。

「では喜んでお邪魔いたします」


 よかった。

 ジュディはほっと胸をなでおろして、階段を上がった。


 部屋の前に到着して、ジュディが鞄から鍵を取り出す間、リカルドはジュディの後ろで待っていた。


 背後から、軽く、息をつく音が聞こえる。

 ドアの鍵を開けながら、ちらとリカルドを見ると、隣の部屋のドアに視線をやっている。


(香田さんの部屋? 何か気になることでもあるのかしら)


 リカルドの、なんとなくこの場に居づらいという雰囲気に、ジュディは心持ち急いでドアを開けた。


「どうぞ、おあがりください」


 まずジュディが部屋に上がると、軽くうなずいてリカルドは部屋に入ってくる。


 台所のテーブルに、買ってきた物を置いてもらう。

 片付けようと伸ばした手の先が、まだ袋を掴んでいたリカルドの指に触れた。


 思わず、どきりとしてリカルドを見る。

 リカルドは驚いたような顔をしていたが、「すみません」と言いながらも口元を緩めた。そこにはもう、先程までの緊張した雰囲気はない。


 自分の前で本当にリラックスしてくれているのだと実感すると、ジュディの鼓動はこれでもかと言うほど高鳴る。


「わたしの手が当たったんですから、こちらこそすみません。――コーヒー淹れますね。どうぞ座っていてください」


 リカルドが香田と何かあったのかもしれないという疑問は残ったままであったが、こちらから尋ねるのもはばかられ、ジュディはそれ以上そのことを考えるのをやめた。


 話したくなったら話してくれるだろう。今は少しでも楽しい時間をとジュディはリカルドのために用意したコーヒーを淹れることにした。

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