11-2 もっと積極的ということは

 九月に入ったが相変わらず猛暑が続く。周りの人達は「相変わらず暑いねぇ」などと愚痴をこぼしているが、この暑さに慣れている感じだ。日本人の湿気に対する耐性に感心しつつ、ジュディもなんとか体調を崩さずに生活している。


 いつものように富川探偵事務所で余暇を過ごして帰ろうとすると、階段の下で照子が手を振っている。


「こんにちは照子さん」

「こんにちは。今帰り? どうだった?」


 この照子の問いかけは、リカルドと進展したのかという意味合いだ。


「楽しかったですけど……。残念ながら特にこれといったことはないです」


 ジュディが答えると、照子は「そっかぁ」と笑った。


「よかったらこのあとお茶しない?」


 照子の誘いに、ジュディはうなずいた。


「それじゃ、先に喫茶店行ってて。富川さんに届けものをしたらすぐに行くから」


 ジュディは照子と別れ、以前、彼女と話をした喫茶店で待つことになった。


 照子が来るまでに、ジュディはあれこれと考える。

 リカルドが自分をどう思ってくれているのか、ジュディは推し量ることができない。どうしても希望や不安が混じってしまって冷静に判断できないと思う。

 ならば照子に相談してみるのもいいかもしれない。

 すでに好きな人と結婚している照子なら、好きな人の心を自分に向けてもらえるような案も聞けるかもしれない。


「おまたせー」

 照子がやってきた。


 三十代半ばだというのに、相変わらず照子は若々しい。二児の母とは思えないほどだ。それでいて母らしい温和な表情をしている。それは彼女の服装やスタイルがそうというより、内面からにじみ出る雰囲気からくるものなのかもしれないとジュディは思う。

 内面や生き様が外見に影響を与えると聞いたことがある。きっと夫である結と仲良く温かな家庭を築いているのだろうと思うと、うらやましい。

 わたしもそんなふうになれれば、と想像する自分の夫は、リカルドの姿をしていた。


(わ、わたしったら、まだ結婚どころかお付き合いもしていないのにっ)


 勝手な想像に照れて、ジュディの顔がほんのりと熱くなった。


「それで? どんな感じなの?」


 ジュディの妄想に気づいているのかいないのか、照子がにこにこと笑って話しかけてくる。


「どんな感じと言われましても……。いつも皆さんでお茶をして、話をして、といった感じで」


 探偵事務所での楽しいひと時を思い出しながらジュディは応えた。


「リカルドさんと二人で話すことはないの?」

「以前よりはそういった機会も増えているとは思うのですが。やはり事務所のみなさんと話すことの方が多いです」


 照子は、うーんと唸ってから、言った。


「もうそろそろ、もう少し積極的になってもいいと思うんだけどなぁ」

「積極的、ですか」


 ジュディとしては、毎週二日、お菓子を作って富川探偵事務所に遊びに行っているだけでも、かなり積極的だと思っている。もっと積極的ということはジュディの方からデートに誘うとか、そのようなことだろうか。


「だってもう探偵事務所のみんなって、ジュディの気持ちに気づいているよね? ジュディがリカルドさんと二人で話したそうにしてたら、きっと協力してそういう場を作ってくれると思うよ」


 なるほど、それはそうかもしれない、とジュディはうなずいた。


「いくら超鈍感って言われてるリカルドさんだって、もうちょっとジュディと二人でいる時間が増えたら、気づいてくれるんじゃないかな。デートとかできればそれが一番だけど、ジュディ、なかなかそこまでは踏み込めないでしょ」


 超鈍感、のくだりで思わずジュディは笑った。その笑顔のまま照子の話に耳を傾け、さすが照子は鋭いなと感心していた。


 過去に好きな人はいたことがあるし、軽くお付き合いもしたことはある。だがジュディはいつも相手の申し出に受け身で自分から積極的に行動したことはない。そうしなくてもよかったのだから。


 だがリカルドは今一つ、自分をどう思ってくれているのか判らない。

 もしもこちらからアクションを起こして断られてしまったらと思うと、ジュディは今以上の行動を起こせない。

 拒絶されるかもしれないと思うと、怖いのだ。

 そんなふうに考えていると。


「照子さん、お待たせいたしました。ジュディさんもいらっしゃるとは思いませんでした」


 突然降ってきた聞き覚えのある男の声に、ジュディの笑顔は固まった。

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