05 気になる人
05-1 とても温かい雰囲気
リカルドが目覚め、ジュディは夜遅くにアパートへと帰った。
建物の入り口付近で昨夜のことを思い出す。
リカルドがマフィアの男達から自分を助け出してくれた。
輝くオーラを身にまとい闘うリカルドは、少し怖かったが頼もしくもあった。
その彼も元々マフィアの一員だったというが、今は気にならない。
彼もレッシュも組織を抜け、人の役に立つために働いているのだから。
今日はリカルドの看病をしたかったので仕事を休ませてもらった。早く休んで明日はきちんと出勤しなければ、とジュディはアパートの階段をのぼった。
「あれ、ジュディさん。どうしたんですか? こんなに遅くに」
部屋の前の廊下で声をかけられた。
隣人の
それでも彼は、日本に来てすぐの頃に心細さを感じていたジュディの話し相手となってくれた。ジュディの日本語が短時間で上達したのは彼のおかげでもあった。
しかし悩みや困りごとを話すような深い付き合いではないのでジュディは咄嗟にごまかした。
「友人のお見舞いに行ってたんです」
リカルドが友人というところ以外は嘘ではない。
「友人ですか」
香田は小首をかしげた。見舞いに行くほどの親しい友人ができたのか、とでも思っているのかもしれない。
確かに、今のジュディにはまだ親しい友はいない。職場の人とは仲良くやっているが、彼女達が病気になったと聞いても見舞いに行こうとは思わない。プライベートで誰かと仲良くなるきっかけもない。それこそ同じアパートで顔を合わせる香田が一番近いぐらいだ。
「はい。風邪を少しこじらせてしまったみたいですね」
「それはお気の毒に。大丈夫なんですか?」
問われて、リカルドとのやり取りを思い出す。
手を握り合っていたところをレッシュに見られたことも。
ぽっ、と、頬が熱くなる。
「大丈夫みたいです」
ごまかすためににこりと微笑んで、それではおやすみなさい、と挨拶をして部屋に入った。
一週間後、ジュディは手作りのマドレーヌをバスケットに入れて富川探偵事務所を訪れた。要件は依頼料の支払いだったが、マドレーヌは世話になった事務所のメンバーへのお礼だった。
それともう一つ、確かめたいことがあった。
リカルド達に助けられた日から二日ぐらいは、彼らが犯罪者であったことを全くといっていいほど気にしなかったのに、まるで病気がぶり返したかのように、また気になりだしたのだ。
許せない、というような感情ではない。
なぜ彼らが、普通に接している分にはその辺りにいる人達と何ら変わらないような彼らが犯罪組織に身を置いていたのか。どのような犯罪行為を働いていたのか。
もっとはっきりしたいのは、彼らが人を傷つけたり命を奪ったりという、一番していてほしくないことをしていたのか、というところだ。
特にリカルドはFBIの捜査官であった父に容姿、雰囲気が似ていることもあり、命を踏みにじるようなことをしていてほしくなかった。
「こんにちは」
事務所の扉を開けて挨拶をすると、受付には若い女性が、入り口から見える応接室には四人の男がいた。
リカルドとレッシュがいることにジュディはほっとした。
「ジュディさん。依頼料、振り込みにしてもらったんじゃなかったのか?」
レッシュが問いかけてくる。
「はい。でもやはり直接お渡ししたいと思ったのです」
ジュディが答えるとレッシュは奥の部屋にいる亮を呼んでくれた。
依頼料を手渡して、ジュディは「お世話になったお礼です」とバスケットを応接机の上に置いた。
蓋を開いて見せると事務所内に歓声が上がった。
「でもおれら何にもしてないしな。これ食べるの亮とリカルドだな」
「あっ、いえ、お嫌でなければみなさんもぜひ」
「そうか? でもまぁ最初に食べるのは亮達だろ」
レッシュが言うのに皆がうなずいて、亮とリカルドを交互に見た。
「まぁそういうことなら」
亮がマドレーヌを一つ手に取って、倣うようにリカルドも続く。
自作の菓子を食べてもらう瞬間が一番緊張を覚える。ジュディは二人の様子をじっと見つめた。
亮は思っていたよりも勢いよく、リカルドは想像通り控えめな感じでマドレーヌを口に運んだ。
「おいしいなぁ。バターの風味がしっかりしてて、しっとりしてて」
「はい。甘さもちょうどいい感じです」
よかった!
二人の感想にジュディの口から笑みがこぼれた。
「ありがとうございます。皆様もぜひ」
ジュディの言葉に、待ってましたとばかりにレッシュが、続いて信司と透が手を伸ばす。
しばらく彼らと談笑していて気づく。
とても温かい雰囲気だと。
「こういうの、久しぶりです。日本では友達がいませんから」
「え。意外です」
反応をしたのはリカルドだった。
「よく話したりする人はいますが、友人となるとちょっと違うな、と思うのです」
そう返すとリカルドは「そういうものなのですか」と小声でつぶやいた。
「そんなふうに言うならあんたもここのメンツ以外で友人を一人でも作ってこいよ」
「私は無理だ。しかしジュディさんなら友人ぐらいいそうだなと思ったのですよ」
リカルドは最初はレッシュに、後の方はジュディに向けて応えている。
「無理、って即答だな」
「そういうおまえはどうなんだ」
リカルドに問われてレッシュはしばし宙を見つめてから「うん、そうだな」とつぶやいた。
「悪い。友人はそんな簡単にできるもんじゃないな」
レッシュの応えにリカルドはうんうんとうなずいている。そんな二人を亮達は苦笑して見ていた。
「ま、でも、ジュディさんの友人候補なら、チャンプなんてどうだ?」
「あぁ、てりこさん、いいかもね」
得意そうに提案するレッシュに信司がうなずいた。
「てりこさん、ですか?」
「知り合いの男の奥さんでさ、すごい快活なねーちゃんだ」
彼らがてりこ、本名は
彼女のエピソードを話す信司やレッシュの様子は楽しそうで、照子という女性の人がらを伺える。
「ってことで、もしジュディさんがよかったらだけど、ここで会ったらいいと思うよ」
それはつまり、またここに来てくれということだ。
楽しい時間を過ごしてすっかり忘れていたが、リカルドとレッシュがなぜ犯罪組織に属するようになったのかを聞けていない。
このまま彼らと関わりを持ってもいいのか、信じてもいいのか。
友達のように過ごしてもいいのか。
ジュディは事務所の皆の顔を見回した。
穏やかに微笑するリカルドの顔に向き合った時、とても懐かしいものを感じた。
かつての父が自分に見せてくれた、愛情あふれる笑顔だ。
過去の彼らではなく、
ジュディはうなずいた。
「はい。よろしくお願いします」
彼女の返事を、皆、笑顔で受け入れてくれた。
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