03-3 絶対に守らねば
ジュディはここに入って来た時にリカルドを見上げて「お父さん」と言っていた。自分は彼女の父親に似ているのだろう。
自分に似たFBIの捜査官。
ランドルフ・オーランドか、とリカルドは思い至った。
オーウェンを抜ける直前、FBIがオーウェンの麻薬ルートを探ろうとしているのでは、という話が出ていた。その捜査官の中にリカルドそっくりの男がいる、とも。あのまま組織に属していたなら直接対立したかもしれない。
ということは、ジュディの父親が殺されたのは、もしや……。
リカルドが考えを巡らせる間にもジュディは父親の話をする。
ちょうど年末だった。ジュディの元に父が職務中に銃撃を受け亡くなったと報せが入った。
かろうじて即死ではなかったが致命傷を受けたランドルフは同僚に「娘に、すぐに日本に渡るようにと伝えてくれ」と言い残したそうだ。
それだけ彼が追いかけていた事件は危険なものだったのだろう。
「その、お父さんが捜査していたというのは? ちょっとしたことでもいいので覚えていませんか?」
「すみません、そこまでは判りません」
「さすがに、身内にも捜査の内容は明かしませんよね」
リカルドがつぶやいたのにジュディはうなずく。父は絶対にジュディに仕事の話はしなかったそうだ。
「では僕はその辺りのことを調べてみます。リカルドさんは念のため、ジュディさんを安全な場所へとお連れしてください」
亮が穏やかな笑顔で言う。
だがリカルドは察していた。
亮が言う「安全な場所」とは彼が持つ隠れ家のことだ。そのどこでもいいのでジュディを連れて行って匿え、というのだ。
つまり彼も、危険な人物がジュディをつけまわしている可能性があると読んでいることになる。
「ではいったんジュディさんのお宅へ行って着替えなど必要なものを持って行くことにしましょう。それでいいですか?」
亮に問うと、そうですね、とうなずいた。
早速行動開始とばかりに、リカルドは立ち上がってジュディを事務室の入口にいざなった。
「参りましょう、ジュディさん」
「はい、よろしくお願いいたします」
不安の中にも少しだけ安心したようなジュディの表情に、彼女は絶対に守らねばならないとリカルドは強く心に誓った。
車に乗り込み、亮にジュディの父親についてのメールを送信して、リカルドは車のエンジンをかけた。
ジュディの自宅は奈良市内のアパートだ。リカルドの運転する車で、建物から少しだけ離れた所にある駐車場に到着した時には、夕焼けと夜の闇がまじりあおうとしていた。
アパートは大通りから一筋外れた住宅地にあり、外灯はそれなりにあるものの夕方の中途半端な明るさが却って辺りを見えにくくしている。
日本語で逢魔が時というのだったな、とリカルドは気を引き締める。さすがに魔物と出会うとは思っていないが物陰に誰かが潜んでいても見つけにくいから。
「とりあえず、ジュディさんの部屋まで行きましょう」
リカルドが言うと、ジュディはうなずいた。二人は車を降り、アパートへと向かう。
ジュディは少々不安なのか、リカルドのそばにぴったりとくっついてくる。
大丈夫ですよ、など安心させる言葉をかけるべきだろうか、と思わなくもないが、そう言った後で不審者や襲撃者が現れでもすれば余計に混乱するかもしれないと思いなおした。
ジュディの案内で二人は部屋に到着した。
何事もなかったことにリカルドはほっとした。ずっと緊張し通しだったことに気づいて長く息を吐いた。
ジュディを見ると彼女も心なしかほっとしているように見える。微笑を浮かべてリカルドを見上げてくる彼女は、やはりディアナに似ている。
胸が高鳴るのを感じる。
彼女はディアナではない。判っている。だが在りし日の彼女とまた会えた気がして喜んでいる自分を自覚する。
「ジュディさんは身の回りの物をまとめておいてください。私はアパートの周りに不審な人がいないか、確認してきます」
リカルドが気まずさから逃げるように踵を返すと、ジュディが振り返って声をかけてきた。
「ありがとうございます。あの……。気をつけて」
彼女の心配そうな顔に、リカルドは笑いかけてうなずいてから、外に出た。
主に外灯の光が届かなさそうな場所を警戒してみた。幸いなことに人影はない。とりあえず今のところは安心だ。
しかしもしもリカルドの憶測が当たっているなら、ジュディを見張っているのはオーウェンの、かつての自分の仲間かもしれないのだ。
自分が生きていると知られるわけにはいかない。
早くジュディを連れて亮の隠れ家に向かわねば。
リカルドはアパートの入り口に向かった。
その時。
嫌な気配を感じて、リカルドは反射的に振り返る。
夕日の残滓と夜のとばりの間に溶けるように潜んでいた人影が、ゆっくりと外灯の光の元へ現れる。
影の正体を認めると、リカルドは息を呑んで硬直した。
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