02-4 とっつきにくい相手だと思っていた

 ただこの状況を楽しんでいるだけのように見えるレッシュの態度だが、さすがは高レベルの極めし者だ。レッシュの炎とリカルドの風の闘気が男達を翻弄する。


 近接戦闘のレッシュと、彼の攻撃の合間にタイミングよく飛び道具を打ち込むリカルドの、息のあったコンビネーションに思わず結は見ほれていた。


 しかし、無言で敵を倒していくなら格好いいのだが、レッシュの罵詈雑言に結は思わず笑い出しそうになる。


「あ、こら、まだ倒れるなよ。しょーがねぇな、次! ……こっちは軟禁生活が続いてたからストレスたまってんだよ、ほらほらしっかり闘え!」


 どこの悪役だ、と結は心の中でつっこんだ。


 そして闘いが始まって一分と経たないうちに四人の男は戦闘不能に陥っていた。レッシュはさもスッキリしたといわんばかりの表情で結に近づき、肩をぽんと叩いた。


「いやぁ、間に合ってよかった」


 その、本当にほっとしたような顔に結は戸惑いを覚えた。あのレッシュが、本気で自分を案じてくれたというのか、と。


「……今更ですが、援軍が現れたようですよ」


 リカルドが広場の入り口を見やって言う。結もそちらを見ると、普段のクールさはどこへやら、スーツが乱れるのも構わず章彦が息せき切って走ってくる。


「青井さんっ。大丈夫ですか……、って、なっ?」


 章彦はリカルドとレッシュの姿を見て、ぎょっとなってその場に立ち尽くした。


「……おまえら、生きていたのか。どうしてここに……。まさか、をそそのかして青井さんに偽の情報を渡しておびき出したのは……」


 章彦の瞳が剣呑な色を帯びる。走ったために逆立っているように見える短い髪と併せて見るとネコ科の猛獣が毛を逆立てて威嚇をしているようだ。


「あー、違う違う。おれら、抜けたから」


 レッシュが手をひらひらと振って章彦に足抜けをしたことと、これから「富川探偵事務所」で働くことを伝える。


 章彦は、信じられないという目でレッシュ達を見た後、結に視線を移してくる。


「俺も今日知った。彼らの言うことに間違いはないよ。信頼できるスジの情報が入ってきたから大丈夫だ」


 章彦は、まだ信じられないという顔でリカルドとレッシュを見やった。


「おい、マイケル」レッシュがリカルドに言う。「黒崎にも挨拶してやったら?」


 レッシュが言う挨拶がなにを意味しているのか、結は瞬時に察した。リカルドはどうするのかと結は思わず成り行きを見守った。


「あぁそうだな」


 意外にもリカルドはうなずいて、章彦に向き直った。


「黒崎君、もうかりまっか?」

「……え、ぇ? ……ぼ、ぼちぼちでんな?」


 章彦はどう応えていいのやら一瞬迷った後に、面食らった顔のまま応えた。

 レッシュは大笑い。リカルドも、ふふっと息を漏らして笑った。


 二人の笑顔はとても自然なもので、結は、これならこれから彼らともうまくやっていけるかもしれないと思った。

 ……度が過ぎたいたずらも、仕掛けられそうな気がするのが痛いところだが。


 リカルド達は亮に情報をもらったのだろうということは結にも理解できた。なので彼は章彦にどうしてここが判ったのかと尋ねた。すると、彼が懇意にしている情報屋の名前が挙がってきた。


「いずれ彼にも礼をしなければならないな……」


 結はつぶやいた。リカルド達が来なければ章彦に助けられたことになる。それはつまり、くだんの情報屋に助けられたに等しい。


「こっちにもそういう職はあるんだな」


 レッシュが話に入ってきた。


「ああ。そういうところは向こうとそう変わらない」


 章彦は警戒心をまだ持っていると判る表情と声で答えた。

 するとレッシュは、何を思ったのか章彦に親しげに話しかける。


「じゃあさ、今度顔つなぎしてくれよ」

「どうしておまえに?」

「だってこれからは、おれ探偵さんだし。日本でのコネってあんまりないしさ。仕事するのに情報屋に知り合いがいたほうがいいじゃないか」

「探偵ったって、あの『富川探偵事務所』だろう? ……依頼人、滅多に来ないんじゃないか?」

「まぁそりゃそうかもしれないけどさぁ。ってか依頼人来てっとこ見たことないけど、いいじゃないか。いざって時のためにさ」

「必要性が生じたらな」

「つめてー」


 レッシュは章彦の腕に肩を軽くぶつけている。章彦は少々鬱陶しそうに腕で肩を押し返す。


 二人のじゃれあいを見て、結は、はたと気付いた。

 レッシュはまだ知らないのだ。章彦の養父、和彦こそが、レッシュがずっと追い求めている“カズ”であると。


「大丈夫ですか? 青井」


 リカルドが声をかけてくる。足の怪我のことを言っているのだろう。


「怪我は大丈夫だ。……それよりも、おまえは知っているだろう? “カズ”のことを」


 結の緊張を孕んだ声に、リカルドも眉根を寄せた。


「そうですね。このままうやむやにしておくわけにもいかないのでしょうが……。今の私にはどうすることもできません。何か解決策を見つけなければなりませんね」


 結は首をひねって思案した。この先リカルドとレッシュとは長い付き合いになりそうだ。それならば遺恨のないようにきちんと向き合ってもらうのもいいかもしれない。


「いっそ黒崎さんに会わせるというのも手だと思う。もちろん、黒崎さんが承諾すればの話だが」


 結の案にリカルドはうなずいた。


「そうですね。では、手配していただけますか?」

「判った」

「……青井」

「ん?」

「ありがとう。私達のことを認めてくれて」


 リカルドがはにかんだように笑って頭を下げたので結は驚いた。


「富川さんがついてるからな。……それに、助けに来たのはおまえ達の意思なんだろう?」


 亮は立場上、結が窮地に陥っていると判っても自ら動くことはない。それを知っているからこそ、リカルド達が彼らの意思でここに来たと結はすぐに判ったのだ。


「それは、……まぁ、そうだ。長い付き合いになるからな」


 少し顔をそらして答えるリカルドは、ひょっとして照れているのかと結は思わず笑いそうになる。


「恩を売っておこうと?」


 結が茶化して言うとリカルドは肩を揺らして笑った。


 もっと、とっつきにくい相手だと思っていたリカルドの意外な面を見て、結は心に残っていたわだかまりが薄れていくのを感じた。


 彼らとの新たな関係を確かなものにするためにも、“カズ”こと黒崎和彦とレッシュの問題もすっきりと片付けておかねばならない。


 結は社に戻ったら早速和彦に連絡を取ってみようと一人うなずいた。


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