第5話 窮地

この空間――とてつもなく広い。

 天井も高く横も果てしない。

 振りかえると、入ってきた扉が遙か先に見える。

 そして、白い壁や天井に施された金色の装飾。

 素人目の俺が遠くから見ても、一級品のものだとわかる。

 俺もこんな部屋に住んでみたいものだ。


 床がほぼ無いという点が全てを台無しにしているのだが。


 「テセウスとかいったか、俺を殺す気なのか?」

 「いや、落ちても死にはしない。上がってこられるかどうかは別としてだが」


 平気な顔をしてとんでもないことを言いやがる。


 「俺はここで訓練をしているものでね。都合がいいんだ」


 そう言うと、ノクシャスにチラッと視線を送った。

 ノクシャスは動かない。

 が、俺が乗っていた鉄の棒が枝分かれを始めた。


 「な、なんだこれは?」

 「ノクシャスが開発した魔道具の一つだ。詳しい仕組みは俺もわからん」


 その枝分かれした先が伸び、やがて壁についた。


 ノクシャスはそこを歩いて横に抜ける。


 必然的にテセウスと向かい合う形になってしまった。

 何か始まる予感がする。


 「それにしても、お前から全く魔力を感じないのだが……」

 「何の為に俺をここへ呼んだ? ただ話をするためだけじゃ無いだろう」


 遮られたのが気に食わなかったのか、所々に傷がある顔を歪ませた。


 「お前は俺に似ている。――まずはそこから直さねばな」

 「何様だ、お前はこのギルドの長かよッ」


 ――――その瞬間。


 テセウスの体がブレた。


 「嬉しいねぇ、そんな風に見えるかい?」


 俺に向かって剣を突く。


 速い…………ッ

 10メートルは離れてはずだ――


 俺は咄嗟に顔を逸らした。

 耳のすぐ横を通りすぎる。


 だが、テセウスは逆に踏み込み、腕を下に振り下ろす。

 俺は手に持っていた蜥蜴士の頭を投げ捨て、剣を引き抜き、それを防いだ。


 「「キィーーーーン」」


 耳障りな金属音が鳴り響く。


 「ほう!! あの状態から防ぐか!! 見事な反射神経だな」

 「ぐっっぎぎぃ、何故いきなりッ!!」

 「理由は言うつもりだったが――話は嫌なのだろう?」


 力がッ、押し負けるッ。

 何てパワーしてやがんだコイツはッ。


 足が自然と折れ曲がる。


 マズい。

 このままだと落ちるッ。


 「ほらっ、受け切ってみろ!!」


 その言葉と同時に、一段と力が強くなった。

 腕がメシメシと音を立て始める。


 回復士だとバレたくは無かったが……

 仕方あるまい。

 やらなければ、やられてしまうッ。


 俺は《回復》を体に流した。


 「ハァァあああッ!!」


 ガキンッという音と共にテセウスの剣が弾かれる。

 テセウスは驚いたような表情をして、俺から離れた。


 「!! なんだこの感覚は!! 魔力ではない何か違うものだ……『生命力』といったところか?」

 「?」


 訳の分からないことを言っているが……

 回復士とバレていなさそうだしひとまず安心していいだろう。


 「強いな。あんた。俺が出会ってきた何よりも強い」

 「ふっ、笑わせてくれる。俺の剣を受けた者は即座に腕の骨が粉々になるのだがな。まさか俺の知らない魔術を使われるとは」


 知らない魔術?

 俺は《回復》を使っただけだが……


 「後になって魔術を使われるとは俺も舐められたものだ。今度は俺も本気でいくぞ」

 「何の話――」


 「「パチッ」」


 暗い。

 周りが見えない。


 ノクシャスの魔道具か。


 まさか……

 この状況であの攻撃を、下に落ちずに捌き切れってことかよ!!

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